ないとなう! とは(4)
その後、アスランは冒険者ギルドに少しはなじみ、その段階で、ギルドの方が、簡単な狩りや力仕事ではなく、彼にワンランク上の別の任務を与えた。「貴族の護衛任務です。一週間ぐらいかかるかもしれませんが、確実にやり遂げてください。いつも通り、レオニーさんとリュウさんと一緒に行動することがおすすめです」
というのが、ギルドの受付嬢からの言葉だった。
アスランは素直に、レオニーとリュウに声をかけ、そのシュルナウの貴族が、シュルナウの西に離れた都会ヴァルトタイヒへ往復する間の護衛を引き受けたのであった。
その貴族の名前をグスタヴ・フォン・ヒンデンブルグという。
アスランのジグマリンゲンとはほとんど縁のない貴族で、シュルナウでもあまり著名ではない、地味な方に入るらしい。爵位だけは伯爵。
そのグスタヴが、遠く離れたヴァルトタイヒに何の用事があるのだろうと、アスランはいぶかしく思ったが、貴族の内情を冒険者が探るのは御法度と受付で言い聞かせられ、黙って、護衛にだけ集中することにした……はずだった。
簡単に言うと、グスタヴは、目立っては困る立場の貴族なので、地味で目立たないように振る舞っていたのであった。
課外授業でアスランはグスタヴが供もつけずにヴァルトタイヒに行くまでの護衛任務につく。
ヴァルトタイヒでの彼の行き先は、賭博場。それも、違法の地下賭博。冒険者ギルドには帝国公認の健全な賭博場だと偽って、アスラン達を騙して雇うのだ。
ちなみにグスタヴの行きつけのその地下賭博がどれぐらい違法かというと、神聖バハムート帝国の法律で禁じられている、人身売買--奴隷オークションが行われるぐらいの違法である。
そんなところでグスタヴは賭博で赤字を作っており、その補填を行うために先祖伝来の家宝を賭博場のマスターに渡す事になっていた。
ヒンデンブルク伯爵とは名ばかりの貧乏貴族になってしまったのはその賭博のせい。元は由緒ある家柄なので、その家宝たるやとんでもない高価なものである。
神聖バハムート帝国初代皇帝……ルシュディーが、帝国創世の時代に、闇の貴族と謳われた魔人を斬り捨てたと言う伝説の、この世に5振りしかない”創世の剣”。
その創世の剣を、狙っていたのが、実は、アスランの永遠のライバルにして親友と言われる甲きのえ・シュヴァルツである。
甲きのえはその頃から、アハメド二世とその第一皇女アルマが、魔族の動向に神経を尖らせて、魔族の生態調査をしていたことや、魔族の住まう異世界である魔界への調査班を作ろうとしていたことなどにも噛んでいた。
魔界へ行くには、時空の扉を開く「鍵」となる存在が必要であり、そのために必要なのが魔神すらも斬ったと言う伝説を持つ初代皇帝ルシュディーとその血盟の子孫に伝わる帝国創世記……そのまま、甲きのえ達が”ジェネシス”と呼んでいる魔法の宝のシリーズである。
何でそんなとんでもないお宝が、違法賭博の借金のカタになっているのかというと、これまた悲運としか言いようがないのだが、一応、ヒンデンブルク伯爵家は血盟の子孫ではない。千年近い時の流れの中で、血盟の子孫とゆかりがあった家の一つである。
無論、現ヒンデンブルク伯爵グスタヴも自分のしていることはわかっているため、こっそり個人的に違法賭博にジェネシスの宝を渡してしまう訳である。それは家の使用人には言えない事であるから、冒険者の護衛をつけるわけだ。こっそり納品して、こっそりと技術者に作らせた偽の剣を家に飾って何食わぬ顔で賭博からは手を引くつもりだった。
甲きのえは元々、ジェネシスの宝が、何故ヒンデンブルク伯爵家にあるのか、忍びらしく調査していたのだが、何と伯爵本人が、借金のカタに違法賭博に売り飛ばしてしまうつもりだという事に気づいて呆れてしまう。
だが、かといって他人の家の台所事情に首を突っ込む訳にもいかないので、こっそり交換してしまうつもりなら、隙をついて本物の”創世の剣”も自分が他のアイテムと交換して盗み取ってアルマのものにしようと思い立ち、アスラン達の護衛のあとを見えない位置から追跡開始するのだ。
アスラン達にしてみれば、家の使用人がついてこないのは不自然だが、賭博などは人聞きのいい話ではないし、何か貴族らしい秘め事があるのかもしれないと思い、グスタヴには特に問いただしたりはせず、真面目に護衛の任務をするのだ。
その後、アスラン達が、賭博場に行き、マスターのいる支配人室に、グスタヴの護衛としてついていく。
グスタヴが借金のカタに、ジェネシスの宝をマスターに手渡した時……
不意に、雪鈴シュエリンが鳴く。警戒心の強い声で。
雪鈴シュエリンの声を聞き取ったリュウが叫ぶ。
「貴様、魔族--魔人か!!」
魔族でも人類に似た姿形をしているモノを、魔人と呼ぶ。知性も人間並みにある上に、魔法の数々も使いこなすので、タチが悪い。
その魔人だと聞いた所で、雪鈴シュエリンが……続いてレオニーが動き、魔人である支配人のフードつきローブを奪い取り切り裂く。
中から出てきたのが、魔族の角と牙を持つ長身の青年。そして、肌に烙印のような模様がついているのも、魔人らしい特徴だ。
雪鈴シュエリンは子竜なので、普通の人間よりも遙かに感知能力がある上に、必ずというわけではないが、時々、幻覚や変装などの見破りが出来るのだ。雪鈴シュエリンは、今回は、魔人がグスタヴから剣を受け取った時に差し出した手、そこにかすかな模様が浮かんでいるのを見て魔人だ! と叫んだのだ。
魔人が出現すると同時に、レオニーの背後で気合いをためていたアスランが抜刀……魔人に斬りかかる。
精神力を溜め、魔力レベルの破壊力をまとわせた上でのアスランの斬撃は、それこそ、今まで誰も……それこそリュウでさえがかわしきれなかったそれこそ一撃必殺の剣である。
弱点らしい弱点はないとされるが、あえていうならば、上記した通り、抜刀するまでに時間がかかる。
その今まで誰にも止められた事のないアスランの剣を、止められる。
魔人にではない。その場に忽然と現れた、甲きのえによって。
しかも、甲きのえは、一見、何の変哲もないクナイ一本で、アスランの斬の一撃を止めた。
「!?」
勿論、誰から見ても--「お前誰やねん!」のこの一幕。
愕然として硬直してしまったのは、魔人でさえがそうだった。
その、虚を突かれている魔人から、甲きのえはジェネシスの宝をあっさり盗み取り、煙玉をぶん投げたかと思うと、そのまま遁走。
魔人が驚いて、甲きのえを追いかける。それこそ角牙模様をあらわにしたままなりふりかまわず追いかけて、賭博場の方まで出てしまう。
賭博場にいた大勢の客は、魔人の姿を見て、逃げようとしたり応戦しようとしたり大騒動!
魔人は大丈夫だったようだが、煙に巻かれたために一歩遅れたアスラン達が賭博場に着いた時には、魔人とみて斬りかかってきた警備員や勇気ある客に魔人が逆ギレして大暴れをし始めたところだった。
それを見たからか、借金が消えると思ったからか、グスタヴが「魔人を倒せ!」とアスラン達に命じる。
アスランもレオニーも、目の前で、一般客を手にかけて暴れる魔族を見れば、拒否する理由はない。魔人を倒すために斬りかかる。
一人、リュウは、ジェネシスの宝の事を知っていた。満百歳、知恵袋。そのため、雪鈴シュエリンに甲きのえを追跡するように命令する。
その後、三人で、魔人を倒すために激闘開始。
その際に、レオニーが、パワー押しの魔人を、流石士官学校教員と言える剣技と頭脳でいなしたために、アスランの斬撃が綺麗に入り、彼女の実力がはっきりする。その間、リュウは二人のサポート役。
そこではっきりするのが、アスランの剣はまだ若く伸びしろがあるが「荒削り」だということだ。先ほどの斬の一撃が、甲きのえに止められたのも、彼の方が知識と技が上回っているからだろう……という推定。
アスラン達が戦っている間、グスタヴは他の客を賭博場の外に全員逃がすように動いていた。グスタヴがいない賭博場の室で、リュウはアスランとレオニーに、「あれはジェネシスの宝ではないか」という話をする。
帝国創世の宝が何故か、目の前から盗まれた。何の事情があるかわからないが、グスタヴ本人に戻した方がいいだろうと言う事と、何故魔人が賭博場をやっているのかという事が出てきて、レオニーがグスタヴから話を聞いてみる係(名目上護衛)。
アスランとリュウが、雪鈴シュエリンと甲きのえの後を追跡。
リュウは、雪鈴シュエリンの位置なら常時、把握している。
そういうわけで、ヴァルトタイヒ郊外……。
甲きのえは、上空からずっと雪鈴シュエリンがついてくることに気づく。
それで、一回立ち止まって様子をうかがうと、上空で雪鈴シュエリンも止まる。
走り出すとついてくる。
それをもう一回繰り返した後に、甲きのえは、雪鈴シュエリンを「式神かその類い」と判断。
自分を追跡してくる式神とその主を確かめる必要があると判断し、甲きのえは手裏剣を飛ばして雪鈴シュエリンを追い落とそうとし始める。
びっくりして逃げるのは雪鈴シュエリンだ。
雪鈴シュエリンは、魔法のブレスは使えるし、感知能力や飛行能力はあるが、なんといっても体が小さい--HPが少ないのである。
大の男に追い回されて、手裏剣なんて投げられたら、たちまち墜落してしまう。
慌てて飛んで逃げようとするが、甲きのえはなんといっても忍び。
ヴァルトタイヒ郊外の街路樹にまずはジャンプ、そこから三階建ての民家の屋根の上に登り、屋根から屋根へ飛び回りつつ手裏剣を投擲。雪鈴シュエリンを本当に、墜落させようとするのだ。
そこに追いついたのがアスランとリュウである。
高いところに上って子竜をいじめているものだから、滅茶苦茶目立つ甲きのえ。……これでも忍びの男。
リュウ激怒
アスランも激怒
「うちの子竜に何してくれんだ!!」
……と、アスランのほうがなぜか怒って屋根に登って怒鳴りつける。
甲。彼は思わずアスランが式神の使い手かと思って「どこのどいつだ」と誰何。
アスラン。「お前こそ何なんだ」と既に印象最悪。
実はリュウの方がカンカンなんだが、そこはぐっと抑えているのだ。何しろ雪鈴に追跡させたのは自分なので、気を悪くする人はするだろう。
だが、かわいいかわいい子竜の女の子が怪我させられそうになって、ピイピイ泣きながら自分の方に戻ってきたもんで、すごい気分悪い。
アスランはその感情を共有して怒っている状態だ。
「オレになんの用があって、式神モドキをつけさせたんだお前ら?」
その様子を見て、自分が追い落とそうとしたのが、どうやら式神じゃなくて、生物であるらしいことを認識しつつ甲が尋ねる。
「名乗るほどのものではないが、そちらにあるのは創世の剣ではないか?」
リュウが、怒りをこらえながら甲が奪った剣について尋ね返す。
「……」
そこで黙って創世の剣を隠すようにかばうようにする甲。
忍びとして忠実な部下である甲きのえは、アルマに何が何でも、創世の剣を渡さなければならないのだ。
「失礼ながらそれは我々の雇い主の大事な品なのだ。返していただけないか」
だが、リュウはそう言った。
そもそも、魔人の手にわたったヒンデンブルグ伯爵の借金アイテムをいきなり横から取っていったのは甲。
返せというのが当然の流れというのが善人リュウの常識なのだ。
だが甲にしてみれば、魔人がきっとこいつら冒険者を後始末してくれるだろうという目論見があって、先ほどの行動に出たのであった。要するに全員、魔人が食ってくれると思っていたのだ。何しろ目立たない軽装備できたため。
そして、惨殺死体をかき分けるのが面倒くさいし、そもそも魔人は甲きのえでも強敵なので、剣パクってきたところだった。もちろん、返す気なんて全然ない。
黙ってこちらを見ているサングラスで匿名性の高い男に、アスランはすぐ気がついた。
「人から盗んだものを、返す気がないんだな?」
「そうです」
「返しやがれッ」
……というわけで第一回アスラン(リュウ)VS甲戦。
結果から言うと、創世の剣はアスラン、リュウの二人がかりで取り戻したが、甲きのえは捨て身の自爆技で逃げ切った。
これは、アスラン・リュウの2対1 だから勝てたようなもので、二人とも満身創痍。あらかじめ安全な物陰に逃がしておいた雪鈴シュエリンが、甲きのえ逃走後にヒールブレスをかけていなければ、二人とも死んでいたかもしれない戦いだった。
そういうわけで、甲きのえにしてみれば、アスランはアルマ姫の任務の妨害にしかならない上に、やたら正論をぶつけてくる世間知らずの貴族の若造。しかも正論ふりかざしながら2対1で自分の事をぼてくり回して正義面するという意味のなさ。
アスランにしてみれば、 お 前 は 何 が や り た い ん だ の訳のわからない忍び?? という印象で、お互いに、第一印象は最悪なのであった。剣は盗むし雪鈴シュエリンいじめるし、盗んだモノは返さないと断言するし何なの。そりゃ怒られるでしょ。
ないとなう! の壮大な伏線である、アスランと甲きのえの二人のいがみ合いは、ここから始まったのだった。
その後、何巻分もかけて、甲きのえとアスランは衝突を繰り返し、出し抜いたり出し抜かれたりの繰り返しなのだが、流石に魔大戦で魔王決戦の際は手を組んで同じパーティメンバーとして頑張った、その後、何となくつるむような雰囲気になっているが、本来はお互いにいけ好かない奴と思っている、ライバル関係ということである。
その後、ようやく、グスタヴのところに、かろうじて創世の剣を持って帰るアスラン達。
グスタヴは、レオニーの説教により、違法賭博や魔人との関わり、諸々の事をヴァルトタイヒの弾正台に自首する事になっていた。
グスタヴは、自分が魔人に痛い目に遭わされたのに、リュウとアスランが創世の剣を取り戻してくれたことや、レオニーからの心のこもった声かけにより、本来の貴族としての自覚を取り戻した。
「ジグマリンゲン卿」
グスタヴはまっすぐにアスランを見てその名を呼び、創世の剣を彼に渡した……。
ここまでが、ないとなう! の四巻である。