ないとなう! とは(5)惑星と帝国の歴史
魔界--。ないとなう! の五巻はその一文から始まる。
ないとなう! の誕生した”Starry Knight”は、銀河のいずこかにある惑星セターレフを部隊とするMMORPGである。
その惑星セターレフが、多次元構造で、魔界や精霊界などが複雑に絡み合い、時として人間が行き来出来る世界だというのだ。
そのため、ないとなう! にも、その多次元構造の世界観は頻出する。特に、魔大戦の最中は、魔界の描写は何回もされていた。
ざっくり言ってしまうと、人間界より高次元の世界とされるのが、精霊界と天上界。人間界よりも低次元の時空間とされるのが、魔界と地獄界である。
人間界は、”Starry Knight”、”ないとなう”、で最も重要な物語が描かれる、アスラン達の住まう世界である。
高次元----
天上界
精霊界
人間界
魔界
地獄界
----低次元
このほかに、”異界”と呼ばれる、人間界や魔界ほど安定していない亜空間が多数存在し、そこにしかいない妖怪や妖精、場合によっては魔人や魔獣の集落となっている。
魔人や魔獣は、魔族の生態系に属するとされている。
魔族とは、人間界の生態系には属さない、魔界の生態系の総称である。
その最高位が魔神サタン。彼は、神々に等しき力を持ち、食人を趣味とする、不老不死の生命体である(と言われる)。余りに長い時間を、老いずに最強に近い力をふるって生きているため、人間には理解出来ない発想で、暇つぶしをするとされている。
次が、魔神に仕えて魔界を統治する王。魔王。
魔王は、不老不死でこそないが、非常な長命で、青龍人やドラゴンよりも長く生きる。寿命は大体千歳前後、とされるが、魔族以外の人間が確認出来る事ではない。 今回、人間界に魔大戦と呼ばれる侵略戦争を仕掛けた魔王の名はベルフェゴール。
何故、人間界に侵略を仕掛けたかというと、魔界全体が、深刻な食糧難と人口爆発に悩んでいた事がまずあげられるが、具体的な理由は未だにわかっていない。
だが、魔界の動きが活性化しており、頻繁に、魔獣や魔物が人間界に現れて、食人を含む悪さをしていたため、神聖バハムート帝国だけではなく、人間界の人類は強い警戒心を持っていた。
魔王に仕える、ヒト型の魔族を、魔人という。
魔人は多くは、角や牙を持ち、全身に不安定な紋様を持っているが、人間並みかそれ以上の知性と理性を持っている。感情らしきものもあるとされている。実際に、魔法で体の紋様や、角や牙を隠した魔人が、人間の社会にこっそり入り込み、好みの人間を拉致して食べた、などという事件は太古から存在し、数々の民話にもなっている。
魔法を使って魔人の特徴を隠す事は出来るのだが、どうもその魔法は疲れやすいやすいのではないかともっぱらの評判だ。
人間と意志の疎通は、人語を解するものとなら出来ると言えば出来るが、魔人から見れば、人間は食糧や家畜であると言う事を忘れてはならない。
ヒトの形をしているものが魔人なら、ケモノの形をしているものを魔獣と言う。
これも、人間界とは違う生態系を持つのだが、それでも血も骨もあることは確認されている。肉食獣から草食獣、時として植物の形をした魔獣は、魔人の指示に従って魔法などを用いて人間を攻撃し、魔人と同じく、人間を食べてしまう。
魔物は、道具の形をした魔族である。道具の用途もなせる魔法生命体で、多くは魔神や魔王の手によって作られる、言い方を代えれば生み出されるのだ。魔道具と違うのは自分の意志を持つ事と、その意志は生みの親である魔神や魔王に服従するということだ。
この、魔獣と魔物が、880年代末から、頻繁に、神聖バハムート帝国の田舎や辺境を中心に現れるようになる。最初は気にしていなかったが、次第にその数は増え、次第に大きな街の中にまで見えるようになってきたので、魔界の動きを気にした、現皇帝やその一人娘である皇太子アルマが、調査を開始していた描写が、5巻冒頭から入る。
神聖バハムート帝国初の女性皇太子、アルマース・リーン。
彼女は、本当に異例中の異例の皇太子であった。
風精人が上流階級の過半数を占める神聖バハムート帝国において、彼女の血筋は3/4地獣人。ほぼ地獣人の容姿を持ち、狼の耳と尻尾、それに明るい笑顔と頑強な体力、筋力に恵まれていた。
その性格は利発で明朗快活。誰にでも屈託ない笑顔を向ける反面、非常な努力家であることで知られており、帝国内では無敵の人気を誇るアスランと双璧かそれ以上の人気を持つ。その理由は様々あるが、父である皇帝が、アスランに魔王討伐を命じた際に、国を守るためと言って一も二もなくそのパーティに飛び込んでいき、それを知った従姉の双子姫が、皇太子に続いたのだ。
そして、魔王ベルフェゴールの首を切り落としたのはアスランだが、その寸前まで、太刀で魔王を追い込みアスランを助けたのが、アルマ本人なのである。名ばかりではなく、前線で、戦士や騎士と肩を並べても遜色ない働きが出来るという結果を出したのだ。
魔大戦で大変な時に、「国を守るため、民の幸せを守るため」と言って突撃したのは国民の士気を高揚するためもあったのだろうが、実際に、無尽蔵の戦闘力を持つという事がはっきりしたのだから、人気も高まる訳である。
そのアルマが何故、地獣人の外見と血筋を持つのかというと、ないとなう! ではまだ説明はされていない、原作MMO”Starry Knight”のミッションをこなせばわかる説明がある。スタナイユーザーにとっては知っていて当然のことだが、友原のゆりは中学生で、MMOのアカウントを取ることを禁じられていたため、龍一から聞かされていた事しか知らない。
どういうことかというと、神聖バハムート帝国の皇家は、七代連続、同じ家から皇后を擁立していたのである。……のゆりは、中学校の歴史の時間に、日本の古代から中古において、似たような事があった事を教わっているが。そういうことだ。
ビンデバルドという大貴族の宗家からだけ、皇家は皇后を迎えた。その結果、ビンデバルド宗家は、いわゆる外戚政治に乗り出して、皇帝の発言力を微々たるものにしてしまった。
先帝、アハメド一世は、その父イクバル五世が、嫁の父親とどっちが本当の皇帝かわからない扱いを受けて、苦悩するのを見聞きしながら育ち、”俺はそうはならない”と固い意志を持って、皇位につくと同時に、とある決断をした。
それまで彼はのらりくらりと、ビンデバルド宗家の娘からの婚約話をかわしていた。相手の、ビンデバルド宗家の娘、ユスティーナは、まさか自分が断られると思っていなかった事だろう。何しろ七代連続、同じ家から皇后が出ていたのだから。
アハメド一世は、なかなかユスティーナとの縁談にいい返事をせず、その結果、立太子は大幅に遅れていた。その頃には、ビンデバルド宗家の娘と地固めしなければ、皇帝イクバル五世の決断で皇太子を立てる事も出来ない有様だったのである。そしてそれこそが、アハメド一世が、ユスティーナを嫌う理由でもある。
そういうわけで、いつまでたっても皇太子が決まらないまま、高齢で心労が重なったイクバル五世はついに病に伏してしまう。一刻も早く、ユステイーナと婚約して、立太子を! と、ビンデバルド派が大騒ぎした瞬間。
信じられない事に、アハメド一世は、ユスティーナ・フォン・ビンデバルドとの縁談を蹴飛ばして、帝国の北……ガザル自治区と呼ばれる、地獣人だけが住む土地の姫長と電光石火の婚約式をあげ、皇太子の座についた。
ビンデバルド宗家には何がなんだかわからなかったという。
ガザル自治区とは何かというと、神聖バハムート帝国の中で、獣に近い容姿を持つというだけで、差別を受けがちな地獣人達だけが住んでいる、いわば神聖バハムート帝国という国の中にある別の国である。ガザル自治区にはガザルだけの、伝統と歴史がある。それを守る姫長、アルタンツェツェグが、婚約者となり、風精人の大貴族の姫が蹴飛ばされたのだ。
なんだ!?
そう思っている間に、みるみるうちに、イクバル五世の容態は変化していき、意識ははっきりしているようだが、すっかり寝込みがちになってしまった。ビンデバルド宗家はどういうことだとイクバル五世に、アハメド一世の乱行(?)を止めるように申し入れたが、イクバル五世は、「余が、息子の立太子と婚約を認めた」とか細い声で繰り返すのみ。
実際に、肺を悪くしていたと言う話である。彼は、長い悲嘆に暮れた人生の中、気弱に過ごしてきたにも関わらず、今回ばかりはしぶとく、ビンデバルド宗家のいう、アハメド一世とアルタンツェツェグ姫の婚約解消を突っぱね続ける。ビンデバルドがしつこく責め立てれば責め立てるほど、イクバル五世は弱っていった。
結果として、イクバル五世は逃げ切った。文字通り、死んでも、アルタンツェツェグ姫の婚約解消も、アハメド一世の廃嫡も認めず、完全逃げ切りで楽園へ昇天。
アハメド一世は、ついに、ビンデバルド宗家以外の血を引くアルタンツェツェグ姫を手に入れたのである。
当然。
アハメド一世が着手したのは、地獣人の差別にまつわる差別問題だが、差別を解消すると言う名目で、ガンガン強化していったのが、皇帝の発言力であった。
皇帝の地盤が大貴族達に食い荒らされているから、地獣人や青龍人や常人達、少数の種族達が苦労しているという名目で、皇帝の英断でそうした問題を解決していく仕組みを作ったとか作らないとか、様々な問題が噴出……というよりも噴火と大噴火を繰り返す人生を、愛妻アルタンツェツェグと乗り切ろうとしたのだった。