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短編

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光と闇の合体技

 そんなわけであるから。
 ビンデバルド本家が田舎の愚か者なら、ファビアン・フォン・フェアルストはシュルナウ貴族の愚か者で、どっちもどっちなのであった。
 田舎だろうが、都会だろうが、どこにでも馬鹿はいる。

 アスラン達はそういうことを、話で聞いて知ってはいたが、現実にこれほどのことがあると、二十歳にして知ったのだった。

 当然ながらトップがその調子では、いつまで経っても、魔族の討伐作戦などは実行されない。それどころか、討伐作戦の立案すらない。話がどこからか伝わって、ライヒ騎士団は沈黙している。要するに、無視されている。
 ライヒ騎士団に伝わったのだから、地元のライヒ市民からは、「なんでいるんだ」という顔で見られるようになる、まさに、何しに来たのかわからない、正規軍。

 ライヒ騎士団からの無視も辛いが、守ってやろうというつもりできたライヒ市民から冷たい目で見られる件が一番こたえる正規軍の騎士達であった。

 当然、妙な空気が正規軍の宿舎全体に広がった。簡単に言うと、士気が上がらない。
目的のない時間ばかりが過ぎていく。

「チャンスだぞ、アスラン」
 そこで、そういうことが言えるのが、リュウであった。リュウは、装備を固め、自らも槍を携えて、アスランに剣を渡した。ジェネシスの宝器である、創世の剣ではない。正規軍の下士官に与えられる、ごく普通の長剣である。

 ずっしりとした重さを手に感じるアスラン。

「これだけの時間があれば、お前は新しい技と未知の力を手に入れる事が出来る。将軍は何もするなとは言っていない。戦いの日が来るまで、男子たる者、己の力を限界まで高めるのがいい」
「……リュウ」
「お前がこの世に生まれてきた以上、お前にしか出来ない何かがある。そのために、己の限界を超えて、強くなれ。アスラン」

 リュウの後ろには、レオニーとフォンゼルが控えていた。
 満百歳のリュウは、風精人ウィンディ常人オルディナから見れば年寄りの知恵袋だが、長命な青龍人ドラコの中では若者のうちに入るのだという。実際に、青龍人ドラコの権力者に若造扱いされた事も何度もあるのだそうだ。
 それぐらい、世界は広い。--視野を広げ、視点を高く持つためには、自分の限界を知る必要がある。そしてその限界を超える事も、必要な時が来るだろう。

 そういうわけで、アスランは正規軍の長剣の重さを両手で持って確かめつつ、リュウやレオニーとともに、厳しい修行を始めたのであった。

 リュウは、宿舎の裏にある広いグラウンド、演習場の一つにアスランを連れていった。
 アスランは、そこでしばらく、リュウと武器を撃ち合って、組み手の稽古を行った。

 やはり、技の完成度はリュウの方が高く、アスランの主神ミトラのオーラを放つ技のことごとくを最小限の動きでかわし、程なく、アスランをたたきのめした。以前よりも厳しい面持ちである。手抜きをしていないらしい。

 アスランは、今まで、リュウから一本取ることが出来たのは、単純に子どもと思って甘く見られていただけと知り、一瞬顔を歪めたが、そこでボヤいたりはしなかった。

 そのアスランに、リュウが声をかけた。
「今のでお前の力は全てか?」
「……」
 アスランが答えなかったのは、答えようがなかったからだった。
「お前の隠された力も含めて、全力を出してみせろ」

 アスランは無言で、ミトラのオーラを解放するのをやめて、長剣を今までとはまるで違う形に構えた。
 その瞳に、今までにはない冥い輝きが宿る。そして解放されたのは--マウロアの力であった。

 全知全能の主神ミトラの兄、冥府の神マウロア。

 ミトラに主権を奪われる前は、天上界に君臨していた時代もあったのだという。
 そのマウロアの持つ、死へ優しく誘う力が、リュウの前で暴れ出した。

 最初に、アスランがリュウに放ったのは日頃とは真逆の力--しかし、その速度も完成度も遙かに優れた魔法であった。

 暗黒の矢。
 視覚化出来るほど凝り固まった神々の長兄の闇の力が、光速でリュウに飛びかかる。

 アスランが使う光の矢は、光速だが常に一筋の光だ。それに対して、暗黒の矢は複数。一度に二桁近い力がリュウにたちまち襲いかかった。

 リュウは咄嗟に、口の中で水鏡の呪文を唱えた。あらゆる魔力を神々の聖なる力で跳ね返す、透き通った鏡の力。
 いくつかの暗黒の矢は鏡によって跳ね返されたが、何本かは突き刺さり、そして最後の一本が鏡を貫き、リュウの鎧を装備した胸を貫いた。

 途端に襲いかかったのは、強烈な眠気だった。苦痛のダメージもある。だが、リュウは、思わずその場に昏倒したくなるような激しい眠りに体の自由が奪われるのがわかった。

 そこをしのいで槍を持ったまま立ち向かうリュウ。

「暗黒……眠り……間違いない。お前はマウロアの……?」

「そうだ。俺は光の加護を受けた聖騎士。だが冥府の神と闇の女神の技も使える。……誰にでも言える事じゃないけどな」

「……二足わらじということか」
 光の矢は一度に、一本しか放てない。だが、暗黒の矢ならば、同じ速度で倍以上の数を放てる。普通に考えれば、アスランは、聖騎士よりも……暗黒騎士としての完成度の方が高いのだろう。

 だが、暗黒騎士を、リュウは、正規軍の騎士の中に見た事がない。神聖バハムート帝国においては。
 神聖バハムート帝国とミトラ教会の関係性の問題なのだろうが、ミトラ聖騎士の称号と地位を約束するのはミトラ教会の役割となっている。ミトラの聖騎士であるからこそ使えるのが聖属性、いわゆる光属性の力の数々だ。
 それに相反するのが、闇の力。冥府の神マウロアと、その妻ピリナの力である。

 リュウはやっとの思いで精神力だけで闇の司る安息の眠りの力を振りほどき、深呼吸をしてアスランに向かった。

「そうじゃないかと思ったが、やはり、アスラン。お前にしか出来ない事がある」
 アスランは黙っている。
 ミトラの聖騎士にとっては、マウロアの闇の力は特別に忌まれる事であった。
 そこには様々な事情がある。
 だが、表だって言われる事は、神話の中で、ミトラは娘のピリナを、マウロアに強奪されて妻にされてしまっている。愛娘ピリナをマウロアに無理矢理拉致されたことにより、ミトラの妃である山の女神マウナは悲嘆にくれ、豊穣の力を失いかけたほどだった。
 そのときから、世界に冬が来るようになったと言われている。


 そういうわけで、ミトラ教会や、正規軍の聖騎士達からは、暗黒騎士は憎しみの塊とされ、特別嫌われている。そのため、アスランは今まで、暗黒の力を使った事がなかったのだろう。

「私に、お前の闇の力を全て見せて欲しい」
 所が、竜騎士であるリュウはそう言った。

「……何故?」
「冥府の王の闇の力と、神々の王の光の力を合体させる」
 リュウは前から考えていた事を言ってみた。
 アスランが、強い事は知っている。だが、聖騎士としての正規の剣が荒削りに過ぎる。だが、強い事はこの上なく強い。どういうことだ、というと、彼は本来聖騎士ではなかったのではないか、……そこから想像をすすめれば、聖騎士にとって禁断としている力をかくしているのではないか?
 そうなれば、闇の力だと決まったようなものだ。
 そうして、年長者として、リュウが考えたのは、闇の力をコンプレックス、ネックとして、若いアスランが苦労をしながら生きていくのは嫌だな、ということだった。

 マウロアの力はミトラ十二神の中でも特殊な力だが、だからこそ、若くしてその使い手となったアスランには無尽蔵の才能があったのだと思う。その才能と実力を、弱点として生きていくなどと、考えるだけでも辛い。

 それで、リュウは彼に手を貸して、光の力と闇の力を共存させようと思いついたのだった。そうすれば、暗黒の剣を持っていても、聖騎士として堂々と生きていけるかもしれないからだ。
 そういう内容を、リュウはアスランに告げた。

「……そんなことが出来る? 根拠はあるのか?」
「私も伊達に世界中を旅してきてはいない。かつて、戦乱の長引いた国の魔法使いが、アカラの炎の力と、ナイアの氷の力を同時に発動させる、特別な極大魔法を使っているところを見た事がある。相反する炎と氷の力を同時に使いこなす事が出来る人間がいるのだから、光と闇を合体させることも、論理的には可能だ」

 光と闇を合体させる技。
 それが、聖騎士が暗黒剣を使う免罪符になるかどうかはわからない。
 だが、リュウはアスランが、マウロアの暗黒剣の使い手であることは、とっくに気がついていたという。ならば、いつかはバレる隠し事なのだ。

 アスラン自身、心身ともに辛い試練を乗り越えて手に入れた、暗黒剣の事を聖騎士として隠しながら生きていく事は、自分に自信を持てなくなりそうで、嫌な事だった。

「やってみる」
 アスランは、そう言った。光と闇の双方を兼ね備えた騎士となること。
 それが、魔王軍を前にしながら、膨大に増えた無為の時間を殺す方法であった。


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あとがきなど
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