ないとなう! とは(14)ライヒの光と影
修行の日々が続いた。アスランは朝から晩までリュウにつきっきりになってもらい、光属性と闇属性の合体技を編み出そうとしていた。
同じ頃、同期で同僚のフォンゼルも、レオニーから、座学から実技に渡るまで、徹底的に教え込まれていた。フォンゼルは、アスランのように光属性と闇属性の合体などと突飛な事はせず、テキストの再読から始まって、実戦において丹念で細やかな動きの出来る、魔道士のプロフェッショナルを目指していた。
本来は騎士であるフォンゼルだが、剣術よりも、魔法全般に対しての素養が高く、本人も強い関心を持っていたのだ。……その方がアスランと棲み分けが出来ると言う意味もあったのだろう。
レオニーはそれに協力した。
それだけではなく、レオニーは、リュウが手が回らないような場合は、アスランの事もサポートした。リュウは、風精人よりも頑健な青龍人の肉体を持ち、常に雪鈴からヒールやサポートを受けながら行動する事が出来る。だがその彼も、暴れ回るアスランの動きに、時々追いつけないような事があった。それだけではなく、雪鈴が怪我をして体調が悪い時などは、彼が手当てをしていた。
ある雨の日。
砂漠地帯のライヒにも、雨は降る。
リュウが、どうしたわけか風邪を引き込んだ雪鈴の面倒を見ている間、レオニーがアスランの稽古の相手になった。リュウから話は聞いていたが、本当に、若いアスランがマウロアの暗黒剣をハイレベルに使いこなすのを見て、レオニーは驚いた。当然、話を聞いていたフォンゼルはいい顔をしていない。フォンゼルは、士官学校に転校してくるなり、魔獣を一撃で倒したアスランの剣の強さの理由がわかったが、それを、理屈ではない面で非常に面白くない事と感じているようだった。
アスランは気にしていないが、フォンゼルの方は今、彼に対してギクシャクしたそぶりを見せている。
それもあって、レオニーはアスランに尋ねた。
「アスラン。ジグマリンゲン家は北方で、代々、聖騎士の家柄よね。その跡継ぎになるだろうあなたが、何故、マウロアの暗黒剣を使えるの?」
それは、リュウも、アスランに聞かなかったことだった。
アスランは押し黙った。彼は、滅多に嘘をつかなかったが、ごまかさなければならないような場面では、沈黙してしまう事がよくあった。
「ジグマリンゲン家の次男だったということが、嘘だった訳でもないでしょう。何かの事情があって、暗黒剣を授かったの? 何故?」
黙っているアスランの口を割らせようと、レオニーはしつこくその事を聞いた。フォンゼルとの仲を取り持ちたいと言う事も大きかったが、彼女本人が、どうしても気になって仕方なかったのだ。
「過去の事だ」
しばらく黙っていたアスランがそう答えた。
「過去?」
「先生は、俺に過去の恋人の数を聞かれたら、答えられるのか?」
レオニーは絶句した。
以前は、レオニーの事を呼び捨てにしていたアスランだったが、彼女の実力を認めてからは、自然と先生と呼ぶようになっていた。
誰にでも、聞かれたくない過去はある。レオニーも、本来は貴族の青年を射止めるようにと親に言われていた時代があった。……その頃の事を思い出したくないように、アスランも、思い出したくないことが、あるのだろうと思った。
雨はなかなか降り止まなかった。
その頃--。
ファビアンの居着いているビンデバルド本家に、とある二人連れが出没するようになる。
片方は常人の義兄。もう片方は、地獣人の義弟だ。
義兄の名前を、甲・シュヴァルツ。
彼が、義弟の冒険者、地獣人の志を伴って、西部に現れたのであった。
その理由は実に単純で情けない事である。
彼は現在、皇太子アルマの命令に従って、ジェネシスの宝器を回収する任務中である。そのジェネシスの宝器が、ライヒのビンデバルド本家にもあることがわかったのだ。
どういうことかというと、話は例のイクバル五世の時代までさかのぼる。イクバル五世は、皇家アル=ガーミディの家長であり、皇帝であったが、ビンデバルド宗家に権力を奪われていた事は既に書いた通りである。
……つまり、彼は、ビンデバルド宗家の出身である皇后に全く頭が上がらなかった。その皇后に、よりにもよって、神器ともいえるジェネシスの宝器を取り上げられ、ライヒの本家に渡されてしまっていたのである。
ジェネシスの宝器は奪われるわ、自分の息子を自力で立太子させることも出来ないわという屈辱を受けたイクバル五世。そのため、息子のアハメド一世がクーデターに近い形で無理矢理皇太子となり皇太子妃を立てた時には最後まで協力し、死ぬまで息子を信じて力になったというわけだ。
そういうわけで、皇家であるアル=ガーミディ家のジェネシスの宝器を回収しにきたのだが、当然、皇家の忍びと言うことも出来る甲が、おおっぴらにするわけにもいかない。イクバル五世の恥は皇家の恥である。
帝都シュルナウから遠く離れたライヒで活動する際には、信用出来る仲間がいた方がいい。そういうわけで、志も連れてきたのである。
志は、地獣人への偏見が激しいビンデバルド本家に出入りする際に、兄に教わった変化の術を使って少女の姿に変身していた。
そうして、女性の冒険者だが、職を探しているという触れ込みで、ビンデバルド本家に現れる。
元の素材がよかったために、相当な美少女に化ける事に成功した志は、たちまち本家のドミニクに気に入られ、小間使いを兼ねた護衛として雇われる事となった。
そこで、志は、ドミニクとファビアンの距離が近い事を知る。ファビアンは、魔王軍と戦おうともせずに、口実を設けては本家を訪れ、ドミニクとビンデバルドに繋がる姫の話ばかりしている。ドミニクも女の噂は楽しいらしい。
志は、すっかり呆れてしまった。
甲の方は隠れた位置から式神を駆使して、シュテファニーの人脈を調べた。その結果、彼女には複数の愛人がいて、なかなかの酒池肉林というか、淫蕩にふける傾向があるということがわかった。
(何やってるんだ、一体)
忍びとして、様々な人の裏側を見てきた甲だが、顔をしかめるような事が多々あった。
と、言うのも、ジェネシスの宝器は、使い方次第で、魔族を魔界に自由自在に吹っ飛ばす事が出来るのだ。目の前に魔王軍がいて、ライヒの市民やザイデの周辺の民は本当に困っている。仮にも女王と呼ばれる立場ならば、すぐにもその宝器で魔王軍を追い払うべきではないのか。
かつては皇后の座に推されていた女性が、自分の私利私欲や淫蕩三昧で、ろくに民を守ろうともしない生活を見て、甲は胸が悪くなった。