目次
ないとなう! とは(15)決定的な出来事
その頃、決定的な事件が起こる。
ライヒはオアシス都市によくあるように、交易を中心として栄える都市である。
交易商人がいなければ、交易都市は成り立たない。
その交易商人の一隊が、ライヒに到着する寸前で、魔獣の群れに襲われるのである。恐らく、魔王軍の手下だったのだろう。
何しろライヒの目と鼻の先であったため、交易商人達は、魔獣に襲われている知らせを走らせた。そういう信号である閃光弾を打ち上げたのである。
その光は、ファビアンの居着いているビンデバルド本家にも、正規軍の駐屯基地にも見えた。
レオニー達部隊長は、ファビアンからの魔獣を駆逐する命令を待った。だがいつまで経ってもファビアンは本家から出てこない。それどころか連絡一つない。
ライヒ騎士団が動いているかもしれないが、もしも動いていないのなら、正規軍が駐屯している都市の目の前で、魔獣が、人間を食い散らかしたという前例を作ってしまう。
苛々しながらファビアンの動きを待つ部隊長達。
ついに痺れを切らしたレオニーは、自分の隊員を連れて、ライヒの街の正門から飛び出て、必死に積み荷を守ろうとする商人と、冒険者ギルドで雇われたらしい護衛達を守るために、魔獣の群れに突撃した。
十分足らずで勝負はついた。
日々、鍛錬をかかさなかったアスランやリュウ達である。群れていようと魔獣など瞬殺出来るレベルであった。
護衛達には重傷者が何人かいたが、幸い、死人はいなかった。フォンゼルが白魔法で護衛達を回復し、レオニーも手当を手伝った。
そうして、散々に礼を言われて感謝され、交易商人を無事に商売相手のところまで届けた後、レオニー達は、駐屯基地に帰った。
そこで待っていたのが、ファビアンからの怒声であった。
「勝手な真似をするな!!」
--軍紀違反だと言いたいらしいのである。レオニーは確かに、将軍の出撃命令を待たずに街の外に飛び出て、魔獣と戦闘を行った。それもこれも、交易商人達の命を守るためである。
だが、正規軍は正規軍なのだ。
軍には軍紀というものがあり、軍の武器を用いて、上官を無視しての戦闘などありえないのである。そういうことで、ファビアンは、褒賞を取らせていいぐらいのレオニーを、激しく叱責した。
軍紀違反と言えばそうかもしれない。とはいえ、「俺はビンデバルド本家の嫁が欲しくてライヒに来た」と酔っ払って発言するような将軍が、軍紀がどうとか言えるものだろうか?
ぽかんとなったのはミュラー部隊全員だ。
リュウでさえが、驚愕が顔に出ていた。
「何だ、その顔は!」
元から泥酔している所を、レオニーに苦言を呈された事さえあるファビアンは、つかつかと隊長であるレオニーの方へ歩み寄ってきた。
そして--その、軍服の上からもわかるたわわな胸をつかみあげた。
「女の分際で、でしゃばるなっ!!」
レオニーは驚きのあまり声も出ない。怒りと羞恥で真っ青になって震える。
こめかみの血管が全てぶっちりとイってしまったのではないかと思ったのは、アスランとフォンゼルである。アスランは拳を握りしめて、そのまま、ファビアンに突進しそうになった。
それを止めたのはリュウだった。
無言でそっと、いきり立つファビアンの、レオニーにかけた手を掴んだ。
「軍紀違反はすみませんでした。将軍。--部下に、手をあげることも軍紀違反になりかねませんか?」
傭兵であるリュウは、いくら知恵袋といえど、正規軍の軍紀を全て暗唱出来るわけではない。だが、常識から考えて、男が公衆の面前で女の胸をわしづかみにしているのだ。とてもではないが見ていられるものではない。
「傭兵のくせにっ……!」
怒りに震えるファビアン。
女の分際での次は傭兵のくせに、である。程度が知れるというものだ。
だがリュウは泰然として、ファビアンが手を振りほどこうとしても、びくともしない。そっとファビアンの手首を掴んでいるだけにしか見えないが、まるでぴったりした手錠でもはめられているように、ちっとも動かない。
ぎょっとしてファビアンがリュウの顔を見上げると、リュウは黙ってまっすぐにファビアンの顔を見ている。
リュウの後ろには、今にも飛びかかりそうな形相のアスランとフォンゼル。
更にその後ろには--。
部隊長達が、これ以上なく冷ややかな視線で、将軍であるファビアンをにらみつけていた。飛びかかりこそしないだろうが、恐らく、アスラン達がファビアンを2~3発殴る程度なら、あっさり見逃した事だろう。そんな視線。
「手を離せ!」
ファビアンが怒鳴ると、リュウはあっさり手を離した。
するとファビアンもレオニーから手を離し、ミュラー部隊達全員を見て、また怒鳴った。
「女子どもと雑兵の、みそっかすな部隊がいきがるなっ! 今度同じ事があったら、全員独房入りだ!!」
そういう話に、なってしまった。貴族達の冷ややかな視線は変わらない。
確かに、隊長のレオニーは平民女性。アスランとフォンゼルは士官学校生。リュウに至っては傭兵。そういう雑種としか言いようのない部隊だったのだ。レオニーが公然としたセクハラを受けても、真正面から庇う騎士(貴族)がいないのは、無理からぬ事かもしれない……。
その日、アスランは普段の倍以上、リュウと修行をした。
フォンゼルはその間、自室で魔法辞書を首っ引きにして勉強しながら泣いた。男泣きに泣いた。帝都の貴族クーベルフの嫡男として生まれて、こんな悔しかった事はなかった。今度は上官の先生にあんな目には遭わせないという誓いを立てて、二人の士官学校生は血反吐を吐く勢いで修行をしたのだった。
これが一つの決定的な事件だったのだろう。……後々の、レオニーに関する様々な、架空とリアルでの出来事は
あとがきなど
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