第一章 転生養女エリーゼ
転生養女の挨拶回り
アンハルト侯爵家の挨拶巡回が終わった。
最後の方で、遅れて登場した王家の三姉妹にも挨拶をしてきた。
バハムート帝国の皇帝には三人の娘がいる。まずは第一皇女のアン。アンとは通称で、本名アルマース・アンワールという。
そして双子の従姉姫。故あって皇帝一家に引き取られているが、本来は母方の地獣人の姫の娘だ。皇帝にとっては姪に当たる。
姉をイヴ。アティーファ・イヴティサームが本当の名前だが、皆がヴィーと呼ぶ。
妹をマリ。マルヤム・サーリアが姫としての名前だが、帝国の民からはイヴ姫と呼ばれ親しまれていた。
エリーゼは初めて会う姫君達には緊張してほとんど上の空になってしまい、挨拶や会話は全て養父母に任せてしまった。本当に、うっとりするほど美しい姫達だった。それが、魔大戦では、男性である英雄たちと肩を並べて堂々と魔族と勝負したとは。……まあ、漫画なんだけれど。
軽快な音楽が流れ、新年のご馳走が次々とテーブルに並べられていく。
そろそろ正午を回ったのだ。
どのテーブルにもプレッツヒェンやレープクーヘンが山のように盛られた皿があり、戦勝を表すのか、それらのクッキーの表面にバハムートの印章がアイシングで描かれていた。
切り分けられたシュトーレンは香ばしく焼き上がっており、団子状の蒸しパンのダンプフヌーデルも同じくテーブルに分けられた。それが腹に重すぎる人のためには、パリパリとした薄いピザ、フラムクーヘンが振る舞われた。
焼いたソーセージはやはり薄いパンに挟まれてマスタードを添えられていた。リンゴのピューレを添えられたライベクーヘン、焼きマッシュルーム炒め、焼きアーモンド、それにフルーツチョコレートにベイクドポテト。
五日間も続く無礼講と言うことで、軽食が多かったようだが、そのどれもが、バハムートや、帝国の勝利を想起させるシンボルを刻まれるか描かれていた。
セッティングされている皿には花が盛られ、飲み物も豊富にあった……それこそ、湯水のような勢いであった。
ビール、グリューワイン、アプフェルワイン(リンゴ酒)、酒が苦手な人間にはホットチョコレートやフルーツジュース。
鯉料理のカルプフェン・ブラウ。ガチョウの丸焼き。サイコロ上に切った赤カブのピクルスのサラダ。
エリーゼの暮らすデレリンでも宴はあるが、さすがに帝国の王城の無礼講となると規模も違えば迫力も違う。次々と出てくるご馳走の数々に、エリーゼは圧倒されてしまった。ハインツも、今年の戦勝祝いのような華やかさは知らないと言っていたが、なれたもので、エリーゼに鯉料理を厚く切り分けて取ってくれた。エリーゼは見ているだけで胸がいっぱいになり、クッキーのプレッツフェンとレープクーヘンを一枚ずつと、フルーツジュースを飲んでごまかしてしまった。
アンハルト侯爵たちのテーブルにも次々と人が来て、養女であるエリーゼを物珍しそうに眺めるからだ。緊張してしまって、食べるどころではない。中には、貴族らしい若者が、エリーゼをダンスホールに誘うこともあったが、とんでもない話だった。こんな大勢の人混みの中、華麗な舞台で踊るなんて考えた事もない。
そのダンスの誘いが、気を重くさせて、エリーゼは隙を突いて逃げ出した。アンハルト侯爵夫妻から。
無礼講の会場ではぐれたふりをして、壁の方に向かっていった。幽霊のようにひっそりとしたエリーゼは、気配を消す事は得意であるから、たちまち人混みに埋もれてしまった。あっという間に会場の反対側の壁に着いて、そこにもたれかかり、ほっと深呼吸をした。
どこまでも続く人の波と、ざわめき、笑い声。そしてその向こうに、華やかに着飾った年頃の令嬢たちが、少し年上の青年たちに手を取ってもらって、美しいワルツを踊っている。
そんな姿を見れば、素直に素敵だと思うが、自分が中に入ろうという気持ちには全くなれなかった。
しばらく、エリーゼは、笑いさざめく新年を喜ぶ人々と、戦勝を祝う若者たちのダンスを遠くから眺めていた。同じ会場にいるのだが、エリーゼにはまるで異世界の出来事に思えた。自分とは関わりのない人々。
(私って、どこの子どもなんだろうな……友原家の記憶があるから、私は友原のゆりなのかな。それとも、エリザベートなのかしら。私と同じような人間って、このセターレフに、他にいるのかな。現代日本から転生したのは、私一人なんだとしたら、それって、凄くさみしい……)
笑い合う人々と、自分は、はっきりと違う。記憶を取り戻した時から、それを意識しなかった事はない。
(私……ここにいていいのかな……)
いつもの不安が襲ってきて、エリーゼは顔を曇らせた。
それを、ハルデンブルグ伯爵やアンハルト侯爵に告げた事はない。それを打ち明けるような友達もいない。ただ、腹の底ではいつも考えている。自分は、ここにいていい人物なのか。
(私は、セターレフ以外の世界の人間。かといって、現代日本には戻れない。ここにいる人たちの誰とも、私は違うんだ。さみしいけれど……)
そう思って、距離を置いてしまう背景には、当然のごとく、前世の炎上地獄がある。
毎日毎日、目に見えない敵と戦った日々、中学校を追い出されたも同然の日々がある。
(帰ろう。ここにいても、気分が暗くなっちゃう。父上たちには、あとで、人に酔って頭が痛くなったとでも、言っておこう)
エリーゼは、壁から背中を離し、こっそりと、アンハルト侯爵夫妻の視界に入らないように気をつけながら、パーティ会場を移動して外に出た。
広大な王城。新年の華麗で威厳にあふれる飾り付けが、城全体に施されている。
その美麗な廊下を、エリーゼはそっと静かに歩いて行った。城が新年を迎えるためにちり一つ残さず掃除され、何もかもが光り輝くほどに美しいだけに、エリーゼの幽霊のような姿はかすんで、誰にも気づかれなかったといえる。
エリーゼは、侯爵に、来る途中で、王城では今回、馬車のサービスをしているということを聞いていた。はぐれた時はそれを利用して帰宅しなさいと教えてくれたのだ。単純な話で、貴族・庶民に限らず、パーティ参加者は無料で馬車に乗せて帰してくれるというだけの話である。要するに宴会の送迎タクシーか、とエリーゼは把握していた。
それで、そのタクシー乗り場に当たる出口を探して歩いたのだが、ぼんやりと、(私はここにいていいのだろうか、私はどうしてここにいるんだろう)という、十五歳の哲学的命題(別名中2病)をしていたため、いつの間にやら、目印を見失っていた。
気がついた時、エリーゼは、城の一階の厨房の前の廊下に立っていた。
(あ、あれ……? おかしい。ここは確実に、タクシー乗り場じゃない。なんでこんなところにいるんだ、私??)
私はどうしてここにいるんだろう、と言われても、ぼさっと考え事をして歩いていたら目的地への目印を見失っただけである。その状況にはたと気がついて、エリーゼは真っ赤になった。
城の厨房へのドアは半分開いていた。使用人たちがしきりに出入りして料理を運んだり他の用事をしたりしているため、自然と開いているようだった。
「待ってください、厨房長。それはない! さっき、ハンナに持たせた特別の料理って、アスランを……」
突然、そんな声が聞こえてきた。
(アスラン?)
エリーゼは耳ざとくその単語を捉えた。アスランと言ったら、英雄アスランの事だろう。何やら緊迫した様子で、厨房の方からアスランの話が聞こえてくる。
「そうだ。ハンナは何も知らない。だから、お前も知らない事にしろ!! これは命令だ!!」
「命令だって従えない事があります。アスランに死んでもらおうなんて、とんでもない……!」
(死んでもらう?)
びっくりしてエリーゼは厨房の戸口に、見えない角度でそっとより、聞き耳を立てた。
ハンナとは、恐らく、厨房付のメイドか誰かだろう。そういうふうに受け取った。
そして、中では厨房のトップと、料理人の一人が激しく言い争っているらしい。
「仕方ないだろう。俺も命令されたんだ。ここで、英雄だろうがなんだろうが、アスランの皿に毒を盛らなかったら、俺を首にしてやるってな! あの悪徳大臣どもが!!」
厨房長は厨房長で苦しんでいるらしい。
「……! 脅されていたんですか……!!」
「…………」
ほんの数秒、重苦しい沈黙があった。
「そうだ。大金を受け取ってアスランを毒殺するか、口封じに首になって月のない夜は表を歩けない身分になるか、どっちかを選べってな。俺だって、命は惜しい。まだ、うまい飯を食いたい、作りたい。しょうがねえだろう……?」
いくらかトーンダウンした声で厨房長はそう言った。
「だからといって、人殺しをしていいって法には……」
抗弁する若い(らしい)料理人の声にも覇気がなくなってきている。
「なあ、ヨハン、金ならやる……金を山分けにしよう。だから黙っておいてくれ。ハンナは、何も知らねえ。あいつの持って行ったワインと鯉料理を食べたら最後、英雄とはいえ毒にはかなわずコロッといってしまう。お前さえ黙っていれば、後はハンナが片付けてくれる……」
「そ、それは……」
ヨハンと呼ばれている若い調理人は、厨房長から金を受け取りかねない空気だ。
エリーゼはもう聞いていられなかった。まるで時代劇の一幕のような話だったが、これは、彼女にとってはリアルの出来事だった。
アスランが、暗殺!!
「ハンナが……毒の事も何もわからないハンナが、英雄殺しの下手人になるっていうんですか。あいつ……去年、子ども産んだばっかりじゃないですか……」
ヨハンが、消え入りそうな声で言った。だが、自分でも、もうどうしようもないと思っているようだ。
(ちょっと待って。まだほんの赤ちゃんの子どものいる、お母さんが、何も知らずにワインと料理を運んだだけで、アスラン殺しの犯人になるっていうこと? 本人は何も悪くないって言うのに。そんなことってありえるの?)
扉にぴったりとくっつきながら、エリーゼは胃が震えるような衝撃を受けた。クッキーとジュースしか食べないでよかった。ここまで話を聞いただけで、具合が悪くなりそうだった。
「余計な事を言うな、余計な事を考えるな。俺らは、命令に従ってさえいればいいんだ。ものを考えて行動するっていうのは、そういうことを許された人たちだけしてりゃいい。……お大臣様の考えることはわかんねえ、って、しらばっくれていろ」
厨房長はそういうことを言った。
エリーゼは息を詰めた。
このまま、知らんぷりして帰る事も考えた。--その方がいい。自分と、アスランは何も関係がない。何も聞かなかった事にして、彼の問題は、彼に任せるのだ。絶対、その方がいいと思えた。この国の大臣が、英雄殺しを考えて実行したなどと、一生、黙っていればいい。
「しばらく、会場には近づくなよ……毒で死ぬのは、苦しいからな」
そのとき、なにげなく言った、厨房長の言葉が耳に残る。
やりきれなくて、エリーゼはその場を離れ、息を潜めて廊下を歩き出した。タクシー乗り場を探して。……幽霊のようにひっそりと、影の薄い姿で、足音を立てずに歩いた。歩きながら、先ほどのアスランの顔を思い出した。厨房長の声が聞こえた。
「毒で死ぬのは、苦しいからな」
……苦しいからな……
苦しかった。
自分が、死んだ時の記憶。15年経ってもトラウマになっているぐらい、苦しかった。
ガスで……ガスを吸い込んで死ぬのは苦しかった。
その思いを、他人に味わわせる? 出来ない。
国を救ってくれた英雄に、あの苦しさと惨めさを味わわせる? 意味ない。
エリーゼは跳ね上がったように走り出した。パーティ会場に向かって。
途中で、料理を取りに来た使用人にすれ違い、パーティ会場への近道を聞いた。もう道に迷う事はなかった。エリーゼは、ハイヒールを脱ぎ捨て、ストッキングの足で走ってパーティ会場に駆けつけた。
皆が、何事かと思ってエリーゼを見た。それどころではなかった。
エリーゼはアスランの姿を探し、未だ、仲間とたむろしているアスランの方に一直線に走って行った。
ちょうど、若いお母さんと言っていい容貌のメイドが、アスランに盆を携えて持って行くところだった。
アスランは笑顔でメイドに礼を言い、何事か雑談した。
それが、見えた。
そしてアスランは、メイドの盆からグリューワインらしきグラスをとり、何やら仲間と冗談を言いながら……メイドも何も知らずに一緒に笑っている……それを飲み干そうとした。
そこに、エリーゼは追いついた。
「待って!!」
そう叫ぶなり、エリーゼはアスランからワイングラスをひったくった。
ワインがわずかにこぼれた。
そこに、熱帯魚の水槽があった。パーティの観客の観賞用である。帝国の版図には熱帯魚の地域もある……その熱帯魚の水槽に、エリーゼは残ったワインをぶちまけた。
唖然として声も出ない人々。
その人々、アスラン、甲、志、リュウ……メイドのハンナ。彼らの前で、ぷかぷかと熱帯魚たちが色とりどりの腹を見せながら水面に浮かび上がっていく。どの魚も、一瞬にして死んでいた。
さらに、エリーゼは盆にあった鯉料理を水槽に放り込んだ。残っていた熱帯魚と、南海の亀が死んだ。色を変えて即死した。
「毒!?」
志が叫んだ。
暗殺されかかったアスランも、即座にそれを理解した。
「毒! なんで毒が運ばれてきたの!!」
志が騒いだ。気が動転しているらしい。
「よければ、少し話をうかがいたい」
真っ青になって硬直しているハンナに甲が話しかける。アスランはハンナの方を見た。そこでエリーゼがアスランに飛びつくようにして、捕まりそうなハンナとの間に立ち塞がった。
「待ってください。彼女は料理を運んだだけなんです。悪いのは……」
そこまで勢いよく言いかけて、エリーゼは口ごもった。厨房長の言った、「悪徳大臣」って誰のことだ? このパーティに参加していたらどうする? そこまでは、考えていなかった。
「何か知っているのか、アンハルト嬢」
甲がきつい眼差しをエリーゼに向けた。エリーゼは、ますます声が出なくなった。自分は厨房の方にいって、話を立ち聞きしただけだ。それで偶発事故でこんなことになって……。大勢の人々の注目も浴びている中、子持ちのハンナをかばっているのはいいが、今にも気絶しそうな緊張と不安を感じてしまう。
甲がエリーゼの方につかつかと近づいてきた。背後でメイドのハンナがひっと小さな声を立てた。確かに、ただならぬ空気だった。エリーゼは、自分の知っている事情をどう説明しようかと、頭の中でぐるぐると考えていた。ここで大声で言っていい事だろうか。
甲がエリーゼの手に持ったままのからっぽの皿を取ろうとした時、アスランが割って入った。
アスランは甲を止めて、エリーゼの方をしっかりと見た。
「エリザベート。ずいぶん、顔色が悪いが、大丈夫か? それに、裸足だし」
アスランはそう言って、何気なく、エリーゼの額に触れた。どうやら頭の熱を測ろうとしたらしい。その手が触れた途端、緊張が限界まで高まって、エリーゼは後ろにひっくり返りそうになった。いわゆる、腰が抜けたというやつだ。
「危ない!」
アスランがそのエリーゼの細く小さい体を片腕で軽く抱き留めた。背中に手を回して支えてくれる。
漫画のように目がくるくる回ってしまうエリーゼ。
声なんか何も出ない。
「危険だ。これは一度、救護室に連れて行った方がいいだろう」
リュウがそう言って、甲と志に目配せをした。アスランはそれを見て顔をしかめた。エリーゼ同様、彼女の事を何か疑っている空気を感じたのだ。
「エリーゼ! ……エリーゼ!!」
そのとき、騒ぎを聞きつけたハインツとゲルトルートが、顔色を変えて駆け寄ってきた。彼らには何も事情はわかっていない。ただ、娘がアスランたちに何かしたようにしか見えないのだろう。
「アンハルト侯爵。エリザベート嬢が、貧血を起こしたようです。これからリュウが案内しますので、救護室にお嬢様を」
そこで、アスランがそう言ってくれた。養い親といえど親は親。エリーゼはほっと一息をついた。
それから程なく、リュウに連れられて、アンハルト侯爵親子は城の救護室に向かい、そこでエリーゼはベッドに寝かされながら、ハインツと色々と話をすることになった。隣でリュウが聞いていたが、親たちが見てくれているので安心して話す事が出来た。
その間、パーティ会場では、アスランが甲とともに、ハンナの身柄を安全に確保したり、別の意味で色々と話があったらしい。
ハインツは、嘘をついている様子でもない、養女の話をよく聞いて、情報を精査した後、それをアスランたちの方に持って行った。アスランたちも、そのときにはハンナは何も知らない、ただのお母さんだということがはっきりしていたらしい。当然、毒を盛られた料理の出所は厨房であるから、すっかりそちらに手配がいき、エリーゼの証言がとどめとなって、厨房長が新年早々しょっ引かれる事となったのだった。
エリーゼが具合がよくなったのは夕方過ぎの事だった。
もう、王城の周囲は日が暮れていた。世界は紫色の宵闇に包まれ、夜空に星が輝いていた。
そんな頃合いになって、ゲルトルートに介抱されたエリーゼは、やっとのことで起きだし、ハインツのエスコートに任せてパーティ会場に戻った。
そこでは、アスランが、やっと事件を一段落させたところだった。
大勢の女性たちに囲まれ、心配されているアスランは、まるで昔絵本の中で見た、太陽神とその光に魅了されたニンフたちのように見えた。エリーゼは、別世界だと思った。いつものように、自分と彼との間には、見えない世界の境界線があると思って、身を引いた。
(私はここにいていい人間じゃない)
(私は他の人とは違う……)
そんな、強い強い自意識過剰と被害者意識。
「エリーゼ!」
そのとき、アスランが誰よりも早く、エリーゼの登場に気がついた。
「エリーゼと呼んでいいよな? ありがとう。お前は、命の恩人だ」
エリーゼが返事をするよりも早く、アスランは気安く彼女の名を呼んで、ハインツの手から少女を奪い取った。
「踊ろう、エリーゼ。次の曲は、俺の好きな曲なんだ」
「ま、待って……私、ダンスなんか……」
「俺に任せろ」
アスランは体を動かすことなら何でも得意だった。エリーゼは、運動不足気味だった。だが、そんなことは気にするなといわんばかりに、アスランはダンスホールの中央へ彼女を連れて行った。
途端に、軽快なワルツが演奏され始める。その曲名を、エリーゼはいえない。今まで、どこかのパーティでダンスを踊るなんてことは一度もなかったから。知らなかったから。興味がなかったから。今までは。
--今までとは何もかもが違う日々が、始まる。
おぼつかない足取りでアスランの動きに合わせながら、エリーゼは、彼の腕の中で、初歩的なダンスのステップを踊った。
踊りながら、焼け焦げてしまいそうだと思った。あまりの羞恥と、胸の高鳴りに。
彼の、宵闇にあっても、青空のように光り輝く瞳を見ているうちに、……焦げて焼死しそうだった。だが、誰も彼らの事を笑わなかったし、怒らなかった。皆が、拍手しながら見ていた。皆が、優しく受け入れてくれていた。皆が、アスランとエリーゼを歓迎してくれていた。
そんな、新年の幕開けだった。
読んでいただきありがとうございます。