目次

ISEKI

CategoryA
今星
悪か?

GENNDAI

CategoryB
メールメイト
短編

OT0NA

CategoryC
BL

第二章 ないとなう!-Nation Salvation-

ないとなう! とは(1)

 ゲルトルートと語り合った後、エリーゼは、すぐに自分の部屋に戻った。
 ゲルトルートは危険そうな事は何一つ言わなかったが、それがかえって、エリーゼにハインツの危機を悟らせた。
 ハインツが危機に陥ったのは、どう考えても、自分がアスラン暗殺未遂事件に関与したからだ。
 ここは漫画の世界”ないとなう!”。--自分の知っている漫画内には、そんな事件はなかった。
 だが、ないとなう! は連載中の漫画で、エリーゼの知らないところで漫画は進んでいる可能性がある。その事については考えても仕方ない事だと諦めていたが、こういうことになると、エリーゼもぼんやりしてはいられなくなった。

 自分の部屋に帰ると、エリーゼはノートと鉛筆を取り出して、ノートに、自分の知っているないとなう! の概略をまとめ始めた。どこかに、自分とアンハルト侯爵家、ひいてはアスランを有利に導く材料があるかもしれない。とにかく、エリーゼは、貴族の陰謀事件に巻き込まれて、前世の無理心中のような目にあわされるのはまっぴらだった。



 さて。
 エリーゼこと、友原のゆりが前世において、はまっていた少年漫画”ないとなう!”。

 正式名称。
 ないとなう!-Nation Salvation-。
 とは、どんな漫画であるのか。それが、この惑星セターレフの世界観にも繋がる訳である。

 ないとなう! とは、友原のゆりが亡くなる五年前から開始された漫画である。彼女が死ぬ直前までに出ていた巻数は25巻。
 原作者の名前は、善哉ゼンザイ。zennzaiとも書かれ、インターネット上のスラングではヨシヤと呼ばれていた。

 ないとなう! は正しく、現代日本でなければ存在し得ない普通ではない誕生の仕方をした漫画である。それは、直球で言ってしまえば”コンビニで買える同人誌”--であった。

 同人の大元になっていたのは、日本だけではなく世界中で爆発的な人気を誇るMMORPG、”Starry Knight”。略称スタナイ。スタナイの大人気には伝説的な人気を誇るユーザーや、ほとんど鮫○事件と化した謎の怪事件や噂のイベントが数々ある。
 その、伝説の騎士とも言えるユーザーや、噂やネタの連携、それを、原作Starry Knightのミッションやクエストとうまく絡めて、まとめて漫画や小説に書き下ろしたのが、善哉ゼンザイ--通称ヨシヤであった。

 善哉ゼンザイの正体が男なのか女なのか、一人なのか複数なのかは、一切が謎とされている。
 ネットからの反撃を恐れてであろう。一応、女性ではないか--? とはささやかれているようだが、その理由があやふや。
 善哉ゼンザイが同人誌の年に二回ある超巨大イベントにおいて、「弟が本を頒布しますので、よろしくお願いします」と数回、ネット上のつぶやきで発言した事があるのだ。それは端的に弟とかヨシ弟と、噂されているスレッドなどでは表記されている。
 そして、弟が、同人誌イベントにまで出動して、ブースを仕切ってせっせと健気に働く存在と言ったら、何故かネット上では「姉だろう」という事になってしまい、半ば公式の事実とされている。
 
 漫画や小説の表紙絵などはすっきりとして見やすい絵だが、なんとも言えずにコ○ケ臭があることで有名で、相当な実力者であることは間違いないが、誰にでも受け入れられる上級者の絵というものは、どうしても男女の区別がつきづらいものである。
 ネタも、なんとも言えないコ○ケ臭がする以外は、中性的。
 ないとなう! に対する男性の攻撃は腐臭がヒドイと言う意見があり、女性の攻撃は「イカくさい!」に尽きた。
 まあ、何事も、大きな人気が確立されると、同じようにアンチもつくという訳である。アンチさんに攻撃を受ける程度には有名な個人サークル(?)ということで、コ○ケで大規模な頒布をするだけではなく、販路を押さえて街の書店やコンビニにでも手に入る本とすることが出来たのであった。

 その善哉ゼンザイがかいていたのが「ないとなう!」で、同人誌である故に、どうしても値段は高めであったが、それを、のゆりが読む事が出来たのは、兄の存在による。
 のゆりとのばらの上の兄、龍一りゅういちは、両親に似て仕事が生きがいのような男性だったが、子どもの頃からテレビゲームが趣味で、自分のPCを手に入れてからはMMORPGをするようになった。日本で初めて開発されたMMORPGであるStarry Knightも、サービス開始当日からアカウントを取り、ログインして、スタナイ世界を満喫していたのだった。

 PCを持っている訳だから、ネット上のあらゆる情報やネタを収集して楽しみ、攻略本や雑誌、アンソロジーや関連の漫画にも目を通していた。時には、ネット上の有志が作った動画を楽しむ事も多かった。

 龍一は、誰にも言われずとも友原製薬の跡継ぎのつもりで、学生時代には勉学に励み、社会に出てからも、同業他社で覚えるべきことを吸収する事に必死であった。ストレスは高かったが、そのストレスやフラストレーションを、Starry Knightで晴らして快感に昇華していた事は親の目には明らかで、あまりのめり込みすぎるなと軽く窘めた事はあっても、禁止する事はなかった。
 龍一の方も、仕事第一の生活をしていることは変わらなかったし。

 その龍一に、休日にかまってもらいたがっていたのが末の妹、のゆりである。
 のゆりにとって、会社を拡充させる事が共通の夢で、働く事が生きがいだった両親にかわり、日常的にかまってくれたのが年の離れた兄と姉だったのだ。
 姉がのゆりの弁当を作り、普段の家事を仕込みながら、何くれとなく面倒を見てくれたのは勿論嬉しかったが、のゆりは、兄とも遊びたかったし、色々話を聞いて欲しかった事もあった。

 しかし、龍一とて三十歳手前とはいえ社会人なのだから、十歳年下の妹と、タップリ時間をとって遊んでやる事は難しい。それに自分自身の趣味だってある。
 ちなみに、両親は、まだ中学生ののゆりには、MMORPGのアカウントを取ることは禁止していた。

 それで、龍一は、休日には自分のPCの隣にのゆりの席を作ってやり、自分がゲームのクエストのボスモンスターに華麗に勝つ所を見せてやったり、一緒にネタ動画やストーリー動画を見たりしていたのであった。
 美麗なCGの中にいきいきとした存在感を持って動くアバターや、複雑に絡み合った濃密なストーリーの魅力などは、のゆりにもすぐ伝わった。
 それで、まだ中学生ののゆりが、スタナイのアカウントが欲しいと両親にダダをこねた事もあったが、両親は頑として譲らなかった。大人でもネットは諸刃の刃で恐いところなのだと繰り返すばかり。18歳になって自己責任がとれるようになったらしてもいいとそればかり。

 実は龍一は高校生の時からMMORPGをしていたのだが、そのときは、出来のいい彼にしては珍しく、両親と大喧嘩をして勝ち得たのであった。確か、高校の期末テストを、全科目90点以上取ったらアカウントを取ることを許してやると言われ、龍一はそれをやり遂げた。中には100点満点の答案もいくつもあったという。そういう親との激闘を繰り返して初めて勝ち得るのが”大人の権利”なそうである。
 のゆりは自分も同じ事をやってみようと思っても、元々のミーハーな性質が邪魔をして、自分から出来そうもないと引っ込んでしまった。

 のゆりはこのときばかりは早く大人になって、「自己責任」というやつが伴う行動がとれるようになりたいと願った。
 そして今は仕方なく、龍一の見せてくれるネット動画や、龍一が選別した同人漫画や動画を見ているうちに、善哉ゼンザイの存在を知ったのである。
 龍一自身、善哉ゼンザイのファンであることも手伝って。

 龍一から聞いた話では、善哉ゼンザイは、コ○ケでしか頒布しないようなアブナイ同人誌も出しているらしい。だが、当然ながら龍一は、中学生の妹にはそういうものを目に触れさせないように上手に避けさせた。
 逆に、善哉ゼンザイの醍醐味である、伝説的なユーザーのネタとスタナイ本編のミッションやクエストを見事に混合して、一本のストーリーに練り上げた「ないとなう!」を勧めたのである。
 これを読んでおけば、スタナイ世界の物語の大筋は全てわかるというものだ。

 それで、ないとなう! には、漫画もあれば小説もあり、動画も、同人ゲームも音楽も、全てついてくると言う訳だ。基本は、現代日本初の超大型大人気MMORPG。

 龍一にかまってもらいたい気持ちも手伝って、のゆりはたちまち、ないとなう! の大ファンになっていった。
 友原製薬がさらされて大炎上を起こすまでは、中学いっぱい、のびのびと、漫画や小説や、動画で遊び、廃部寸前の陸上部で友達と走り込んだり飛び跳ねたりして、学校帰りにはファーストフードでくっちゃべり、寝る前には友達とLINEで絡んでふざけあって……という、そこらへんになんぼでも転がっていそうな中学生だった。
 優秀だった兄姉に比べて、学校の成績は中の上。走るのは速いが運動神経も可もなく不可もなく。家族の中では、末っ子は半ばペットがわりの猫かわいがり状態。ただし、危険な事からはしっかり守られ、悪い事をしたら怒られ、よい事をしたら褒められていた。
 愛すべき末っ子甘えん坊という地位である。

 それで、のゆりにとっては、ないとなう! は、仕事で忙しい兄に遊んでもらった記憶と直結しているし、変な意味ではなく大人の渋いネタもいくつも知っている。
 ないとなう! やスタナイ原作の動画から、色々と雑学や実在の歴史や科学のネタを勉強する機会も多かった。
 そういう、のゆりにとっては前世の大切な宝物のような記憶なのである。
 のゆりが、高校に行ったらやってみたい夢の一つに、龍一がやったように、バリバリ勉強して成績をあげて100点満点の答案をたくさん持って、Starry Knightのアカウントを取るという事もあったのだ。
 そうしたら、大好きな兄と冒険に出かけられただろうし、もしかしたら、優しい姉ののばらもついてきて、三人きょうだいでパーティが出来たかもしれない。

 無論、それはただの夢で、現実では友原製薬はさらされて炎上を起こし、皆が一家心中するところまで追い詰められた。
 その際、兄のスタナイのアカウントもさらされた。--ネット民が、兄の事をどのように扱ったかは、のゆりも知っている。到底、口には出せない悲惨さだった。
 印象に残っているのは、兄のスタナイ仲間が、何回も、龍一をかばって、正確な情報を流したり、煙幕のためにフェイク情報を流したり、時として、のゆりの方にかすめるような接触を行い、のゆりを守ろうとした事である。当然、のばらのことも、影から護衛していたようだ。
 ゲームで培った絆というのはそれほど強い。--敵も多かったようだが。


 それでは、Starry Knightから発進した、ないとなう! はどういう世界で、どんな物語を持っていたのか、それをおさらいしないと、現在、アスランやエリーゼが置かれている状況が理解出来ないだろう。


 まず、ないとなう! の舞台は宇宙のいずこかにある惑星セターレフであるとされている。

 セターレフは地球型惑星で、独特の人種が様々な文明や文化、歴史を築いてきた。
 大陸は主に二つ。西側と呼ばれる世界、ベネディクタ・テラ大陸と、東側と呼ばれるシャン・リーミン大陸。他にもいくつかの大陸があるが、それらは「新大陸」と称される事が多い。

 その人種が。

 常人オルディナ
 風精人ウィンディ
 青龍人ドラコ
 地獣人モフ

 後は、のゆりが知っている限りには、ないとなう!本編と外伝に、紅魔人ブレス空翼人エアリーという種族があり、それぞれ人種問題や独自の文化についての物語を持っている。
 今後、物語の根幹にからみそうなキャラクターも結構いた。

 原作RPGの方では、ストーリーは惑星一個の一万年近くにわたる歴史と言っていいほど重層で、主人公達が住まう「現代」の「神聖バハムート」帝国から、過去から未来へ渡り、さらに最初はテラ大陸における魔族からの侵略戦争を描いていたが、別の大陸に渡るシナリオも多くあるという。シャン大陸、つまりリュウの実家である華帝国のストーリーも当然出てくるのだ。
 また、ストーリーの出発地点と出来る「本国」は、神聖バハムート帝国だけではなく、隣国グリフィニア王国や、ファイダ自治区などなど、数カ所から選ぶ事が出来る。
 ないとなう! の執筆者である善哉ゼンザイが、神聖バハムート帝国を本拠地とする「アスラン」を選んだだけの話である。


 ちなみにアスランとは、その漫画(小説)内の容姿や特徴、口調から、恐らく、「あいつだろう」と、Starry Knightのゲームユーザーなら誰でもわかる伝説的な存在であった。その名はあえて伏せられて、善哉ゼンザイが用意した「アスラン」--アラビアの言葉で「獅子」の名前をつけられたのであった。

 神聖バハムート帝国において、数百年前に虎牙戦争と呼ばれる皇位継承争いがあり、その際にも数々の英雄譚が生まれている。神聖バハムート帝国を本国とするミッションでは、その虎牙戦争と現代の皇位、それと魔族の侵略の関係性を探究するものである。

 真龍暦を持つ神聖バハムート帝国では龍が特に最高位を示す存在ではあるが、数多くの聖獣が存在するこの世界では、虎や獅子もまた独特の神聖なる存在と重なる事が多い。

 皇位継承争いが、実際のミトラ教の聖者とその伝説に絡み合い、数々の教会の秘蹟と魔界に存在する魔獣との戦いとなり、その熾烈さは、帝都シュルナウだけではなく神聖バハムート帝国のみならず、テラ大陸各地に飛び火して焼き尽くしたとされる。

 そして勝ち残ったのが、後に獅子心皇帝と呼ばれる、ディルガム1世であった。ディルガム1世が、切り開いたディルガム朝が、現代のアハメド2世にまで伝わる帝国の皇統である。ディルガム1世は、一度は、救世を望んだ急進派のミトラ教会の一派と激しくやり合った末に、異端の聖体と戦う羽目になり、それを倒して仲間を救ったものの、一時的に帝国から逃亡。
 だがその後、正統なミトラ教会が自浄効果を発揮して、数年たらずでディルガムの業績は再確認され、英雄として承認。ディルガムは、そもそも皇帝の落胤であったということで、英雄皇帝として帝位に就いたのであった。

 その際の各地を転戦した仲間の名前に、ジグマリンゲンやアンハルトがある。
 貿易港を押さえていたジグマリンゲンは、特に、様々なイベントで顔を出している。善哉ゼンザイはそこをうまく利用して、虎牙戦争における英雄の後裔、アスランをキャラとして組み立て、ミッションのストーリーに絡める事に成功したのだ。

 ディルガムもアスランも、楽園大陸ミヌーの言葉では、「獅子」を意味する。
あとがきなど
読んでいただきありがとうございます。
close
横書き 縦書き