序章
雀百まで踊り忘れず……でいいんだろうか?
「お前が土いじりが生きがいな事は知っている」
ピートは、大きく深呼吸をしてそう言った。
「それはそれでいいんだ。趣味の範疇ならな。だが、お前は行き過ぎだろう」
「私、変質者じゃないですよ?」
思わずリヴィはそう言った。話の流れからいって、そう言わざるを得なかった。
「何の話をしているか」
ピートはがっくりと肩を落とした。
なんだろう。このイタさ。花も実もあるはずの公爵令嬢18歳の若い身空でなんでこうイタいんだろうか、この娘。
もう、色々な意味で放っておけない。放置が極論のドSであることは論を待たないんだが……。
「お前は、変質者以前に、不思議ちゃんだ。ストレンジャー」
「えっ」
ドS教員にそんな単語で評されてしまい、思わず頬を赤らめ反応するリヴィ。
顔が恐いとかセクシーとか高級娼婦とかそんな言われ方しかされてこなかったのだ。
主にメルに。
(メルはいいんだよ、メルは!)
前世からの仲ではあるし、何より自分のステータス上げのために苦労をかけている自覚はあるため、それぐらいは仕方ないと思っている。
問題は、そういう気を許した人間以外の、リヴィに対するいわれのない評価であった。まあ、気にしない事にしているが。
「だから、何の話をしているか」
ここにひょっとして理解者がいた--そんな淡い期待をするリヴィに対して、ピートは頭痛をこらえるようにこめかみを押さえる。
そして、やや疲れた声で言った。
「不思議ちゃんって事はイタタって事だから! イタタって思われるのはなんでなのか分かってるのか! お前の不思議脳内だけならすむんだが、それどころじゃないだろう!」
「えーっと……どこがですか?」
冷や汗を垂らしながらそんな事を言うリヴィ。
「魔族!(Evil)!」
ピートは一息に言い放った。
「お前な……? 自分一人で土いじりのために公爵家の庭園に、畑やビニールハウスを作るというのなら、まだ分かるんだ。そこでなんで、魔族が出てくる?」
「えっ、だって、手伝ってくれるって言うし、本人達も楽しんでるし」
何が悪いの? といかにも顔に出ているリヴィ。
「魔族と政府の相関関係が分かっているのか、オリヴィア・グラント公爵令嬢」
リヴィは、一瞬だけ沈黙し、次の有効な台詞を死滅しかかった脳細胞の中から検索しようとしてみたが、無駄だった。
「魔族は悪くないと思います」
主観100%のアホな台詞を言うリヴィであった。
「そうか。魔族は悪くないと思うのか。それで、政府って何をする機関?」
「政治をする機関です」
「思っただけで政治出来るかな~?」
「……出来たら、みんな、嬉しいかな~……って……」
スパーン!!
打ち下ろされる定規に、もう涙も出なくなってくる。確かに、こんなに頭を叩かれてばかりの公爵令嬢は、珍しい。
叩かれるような発言ばっかりするリヴィが悪いんだが……。
「あのな、オリヴィア、公爵家というものはな」
そこは教師で、口で噛んで含めるように、王侯貴族が政治を司る王国においての公爵家の政治的立場と重要性、そしてそこに長女として生まれて来た人間の課せられるべき条件について懇切丁寧に教えてくれた。
即ち、また、理路整然と言葉責めしてくれた。
そこで改めて考えなければいけないのが、魔族という異種族の問題である。
魔族は外見は人類によく似ているが、角や尻尾、羽根などを持っている事が多い。そして、概して人間の何十倍も長命であり、卓抜した体力や腕力、知性を持つ。
あらゆる意味で人間とは別格の優れた能力を持つ異種族であり、同時に異なる価値観と文化を持っているとされる。実際は、人間との交流はそれなりにあったので、混合されている部分も大きいのだが。そうはいっても、人の道理や人の理屈で動く事は滅多になく、魔族同士の「センス」のようなものに共感しあって動くらしい--と、学院の教科書などには書いてある。
生命力が旺盛で好奇心も旺盛、洒落っ気に飛んでおり、一般には陽気で開放的に見える事が多い。無論、「魔」とつくものだから、それだけではすまされない陰惨な部分も持ち合わせているらしい。
(だが、オリヴィアは幸いにして、魔族の「名無しさん」や「名無し兄さん」や「名無しおじさん」達のそんな面を見た事はない。勿論、中には「名無し姉さん」や「名無し姉御」だっているんだが。大変な長命を誇る魔族にとっては18歳は「まだまだガキのうち」ならしく「ガキがみるもんじゃない」「聞くことじゃない」ってな扱いをよく受けている)
ここで改めて考えたいのだが、人間の何十倍もの寿命を持っていて、しかもあらゆる点で優れて強力で、知性を持ち、魔族とつくからには魔力も高く、その上「人の理屈が通じない」価値観と文化を持つ異種族が、政治的に見たらどうなのかということである。
当然ながら、白眼視。
当たり前だが、迫害されることも多々ある。
どっちかというと、あっち行け。
そして話題のオリヴィア・グラントであるのだが、王族についで位が高く、先祖代々に渡り政治の中枢にいる公爵家の令嬢。
その彼女の、一番の仲良しのお友達が、「メルをのぞいたら」
魔族 の 「名無しさん」 なのである。
「却下!!」
ピートがまたしてもこめかみに青筋立ててキレるのも無理はない。
もう、あらゆる意味でありえない取り合わせであるだろう。
「でも、それを言ったら、先生だって、魔族の一員の吸血鬼じゃないですか! 私、先生と意志の疎通、出来ますよ? だったら、他の魔族の兄さんや姉さん達と仲良くすることだって不思議じゃないでしょ! インテリジェンスがあるってことは、そういうことです!」
あんまり怒られたもんだから、リヴィの方も3割方むきになって言い返した。
「それとこれとは別」
あっさりいなすピート!
「え、だって」
「だってじゃない。黙って聞け」
冷たく言い捨てられると、気圧されてしまって、リヴィは黙る。
「魔族と仲良く、お前が普段何をしているかというと、……農民だな」
ピートらしくなく、一瞬、考える間を置いて彼はそう言った。
農民という一言にどれだけの意味をこめられるか、ということになるのだろうか。
「公爵家の庭に畑作って、ビニールハウス作って、四季折々の野菜を育てて、それを直販したり、自分で料理して食べたり。正に農民だ。……そのほとんどの作業を、魔族に手伝わせるというのはいかがなものかと思うが」
「何がダメなんですか? ちゃんと契約も結んでますよ」
「だから、公爵家が政治的に迫害されている魔族と折り入って契約を結ぶというのが異常だし、そしてさせているのが農作業。……何回突っ込んで欲しい?」
「0回で」
「なるほど無……無限回数か」
「なんでですか!?」
「冗談だ」
何がどう冗談なのかはよくわからなかったが、滑らかにピートが続ける。
「百歩譲って、それは公爵家内の勝手だと許そう。親の教育方針などもあるだろうしな。ところで、お前が農民だからといって、なんで、学院内にお前専用の畑やお前専用のビニールハウスやお前専用の花壇があったりするわけだ?」
「お兄ちゃんとノアとメルで相談して、学院整備に関する小論文という名の我田引水ワガママ屁理屈を百枚レポート三段重ねで提出したら、読み終わる前に学長が納得してくれました」
「威張って言うな!」
そんなこと言われたって本当の話なので、正々堂々と申し開きをするしかないリヴィなのであった。
「それで自分一人で農作業するならまだしも、なんで学院の中にまで魔族を連れてきて畑仕事をさせる訳だ!?」
「本人達がやりたいって言ってるから」
「魔族が農民を!?」
「はい、かなりのノリノリで」
平然とリヴィは言い切った。
実際問題、名無しの兄やん姉やんたちは、農作業が面白いらしい。魔族ってわりと殺伐しているのかな、とリヴィはぼんやり理解している。殺伐エブリデイに土いじりの緑の癒し効果がきくんだろうか。農作業は苛立つ事も確かにあるが、基本的に育てゲームなので殴りあいにはならないし。
と、思ったんだが、甘かった。
「政治的に白眼視されている連中がヤッケモッケ着て、学院内を闊歩しながらあちこち耕していたら、周囲が驚くだろうが!!」
ここにあったか、殺伐が。
そこに思い至ったのだが、リヴィは素直に頷きはしなかった。
「悪い事してません。トマトやキュウリを作って、ご飯にしているだけです」
「不法侵入が悪い事だろうがッ!!」
「だって、受付が通してくれないんです」
学院の窓口玄関が、なかなか魔族の通行を許可してくれないのだ。
「そこで挫けろよ」
ピートは呆れて言い放った。
「挫けませんよ、勝つまでは!」
リヴィが脊髄反射で返答したところ、もう一回、定規が打ち下ろされて、会話は終了した。
この場合の勝利とはどのへんをさすのか、というと、わりと勝負事でもないのである。要は、リヴィが毎年、しっかり農作業をして命を育み、収穫しておいしくいただければそれでいいのだ。他人との争いではなく、周囲や自然との協調になってくる。
なんでそれが悪い事になっちゃうのか、リヴィはよくわからない。
(農作業って悪いことな訳? 苦手な人はスルーしていいし、興味持った人はどんどんやって欲しいんだけどな??)
根本的なところで食い違いがあるリヴィであった。
「次に、アメリア・グラント、お前もな?」
ピートは軽くこめかみを指先でトントンやりながら、リヴィの相棒兼お目付役に声をかけた。
メルは、笑顔で武装した。
にっこり。
怯えてませんよ。ちっともね?
何しろ、ステータスageの鬼、アメリア。身だしなみオーラからしてリヴィとは明らかに違うレベルである。ただ、そのオーラの影に、幻覚とは分かっているが、悪役令嬢養成ギプスが見せて来そうなのが、彼女らしい。
「何でしょう、先生」
「多少、小耳に挟んだところによると……」
ピートは、彼でさえが、やや遠慮がちに話を切り出した。
教師として気になる点は、学生に告げておくのが職務に忠実ではあるだろう。
「何でも、教室で、美容とダイエットのために早朝ジョギングをしていると話した際に、対立関係にある女子が、同じく早朝ジョギングを始めたそうだな」
「はい。そういうことはありました」
要するに、ライバル格に真似をされたのだ。女子のそういういがみ合いの関係で、そんなことがあったら嫌なものである。
「それでお前、ジョギングの時間を30分早めたんだって?」
「はい。勿論です」
「で、ライバルが抜き返した」
「そうですね。だから、抜き返しました」
「最終的に何時になったって?」
ドキドキハラハラしながらリヴィはその話を聞いていた。ぼんやりさんのために、そんなことになっているなどと、全く気がついていなかったのである。今となっては、あれか、と腑に落ちるエピソードがいくつかあるが。
THE・農民。純朴な上に鈍くさい。
「現在は、毎朝三時半に起きています」
「私より早い!!」
農民が、叫んだ。
そっちにびっくりするブライアン。俺の妹は、朝四時起きだぞ。わりと凄いと思っていたが。
「起きて、ジョギングして、その後一通り体操をして、腹筋と腕立てを40回ずつ、さらにヒンズースクワット100回をしていると言う噂を聞いたが、どうなんだ?」
メルは何も言わなかった。
そして、お嬢様ドレスの腕の袖をまくりあげた。
手入れを怠らない白い腕が剥き出しになる。そしておもむろに、メルは筋肉に力をこめた。
こんもりと盛り上がる力こぶ。
そこらのボディビルダーなんて目ではない。
「……大した筋肉美だな」
そこで、メルは、もっと褒めてと言わんばかりに勝ち誇った笑みを見せた。
「せっかくですので、その後半身浴をしながら魔道テキストをじっくり読んで、肌のお手入れを完璧にして、ピアノを弾いて精神を浄め、適度な緊張感を持って予習復習に励み、その後おもむろにバランスの取れた朝食を摂っております」
(嫌なガキだ)
ピートは率直な感想を抱いたが、それを口にすることはしなかった。
そんなステータス上げの怪人にぶちあたったライバル令嬢がどうなったかについても、ふれることはしなかった。
「普通、朝の三時半にさかのぼるまで張り合わないだろ……。お前、影でなんて言われているか知ってるか?」
メルは相手の目を見て、正々堂々、キッパリと言った。
「知ってるけれど、知りません」
「……」
ノーコメントを貫くしかないピートであった。
メルはトドメに笑って見せた。
にこっ!!
「「「……」」」
どこまでも目指す女に対して、最早、誰も何も言わなかった。
「そして、アンシーなんだが……」
ピートはやや沈鬱な表情になってしまった。
このメルに対して、精神的な打撃を一度だけとは言え与えた存在がアンシーであるということは、一部の人間ならよく知っている事実であった。
何しろ、メルは勤勉かつプライドの高い娘である。
アンシーが懐いてくれたということもあるが、アンシーストームの事もあって、色々と攻略しようとした時期があったのだ。全く若気の至りである。
そしてそもそもが、悪口や陰口に走るのを嫌う、正統派(?)悪役令嬢であるため、正攻法でアンシーを籠絡しようとした。
要するに、楽しい話題で質問攻めにしたのである。
「好きなものは何?」
「趣味とかある?」
「私は、スコーンとか甘い物が好きなんだけど、アンシーは好き?」
それに対して、純真無垢なお姫様がどうしたかという話。
積極的に、それも楽しい事について、いっぱい話しかけられたんだから、当然、期待に応えようとするだろう。
そこで何をやったのかというと。
翌日、学院に、蚕持って来た。
蚕を、リボンつきのふわふわ巾着に綿詰めて持って来て、おっとりにこにこしながらメルの方に寄ってきたのである。
メルの方はもっと懐かれたと思ったから、嬉しい。笑顔で歓迎。
そこでアンシーはろくに説明もせず、綿入れ巾着の中から蚕の幼虫取りだして、メルの掌にぽいっ。
人一人死んだような大絶叫が上がった。
学院の窓ガラスが全壊しなかったのが奇跡だとまで言われる絶叫であった。
メルは、前世の時代から、生まれつき、虫が全く駄目な人だったのである……。
実はこのお姫様、先代国王の浮気相手が産んだ娘なもんで、出自を隠すために田舎の農家に預けられていた。それが、養蚕農家であったのだ。蚕とか絹とか織物とかそっち関係によしみが深く、当たり前だが、蚕はともだち恐くないなのである。
それ以来は、リヴィが主にアンシーの相手をすることにしている。
農民が虫を恐がっていたら、野菜が育たないからだ。かといって、虫なら何でも好きという訳ではないが。人間の都合で、益虫とか害虫とかあるわけで。
一方、アンシーは、養蚕関係やそれに通じる事ならバックボーンとして分かるのだが、リヴィのやっている畑いじりやビニールハウスについて、とんと知識もなければ興味もなかった。
そのため、この二人は、敵対関係ではないんだが、いまいち話がかみ合わないという微妙な空気を持っている。
その上、アンシーストーム問題がついてきたら、リヴィだって、逃げる時は逃げなければならない。そうなると、メルも一緒にダッシュで逃げるという訳だ。
それでもアンシーは親の言いつけを守って、仲良くしようとして、今日だって二人の姿を見るとふわふわした笑顔を浮かべながら、駆け寄ってくるのである。
「ま、純粋過ぎるのもほどほどに……ということだな」
ピートだって、分かる。そりゃ、公爵家に通じるグラントが、現国王のお達しを無視する訳にもいかないだろう。
俺もお前達の事で頭が痛いが、お前らも胃が痛かろうなあ。
その後、ピートはグラント姉妹の保護者かつ責任者と思われている人物に目を向けた。
ブライアンは温和な表情を引き締めて、ピートに向かった。その際に、視線を微妙にずらしてネクタイのところにあて、相手に眼力で迫るような感じを与えないように、自然に気を遣った。
ピートはブライアンを軽く観察してみた。
見た目も挙動も能力も、平均より上である。
しかも真面目な努力家で、今も目上に逆らうような態度は見せない。
全く以て、グラント公爵家の嫡男として及第点。
そこで、ピートは聞いて見た。
「お前、世界の中心は?」
「グラント家です」
ここなんだよな……と、また頭痛をこらえるピートであった。
王家じゃない。
断じて王家じゃないのだ。
彼にとって、一番大切なものは身内。それも、自分と妹と、妹が大事にしているもの。
はっきり言って。いや、ブライアンの性格上、決して、自らはっきり口を開くするような事はしないだろう。そんな迂闊な事をするような甘ちゃんではない。リヴィと血は繋がっているが、本人ではないんだから。
はっきり言う事はしないのだが、ブライアンは、王家のノアやアンシーと、自分達リヴィとメルだったら、あっさりリヴィ達を取るだろう。
仲介役に割って入ったり、バランス調整をすることはいくらでもするだろうが、いざ戦となったら、問答無用でリヴィ(グラント家)の方に立つ。
そういう裏表のある行動は、教師レベルから見れば火を見るより明らかで、本当に嫌な奴だと思ってしまうのであった。
ある意味自分に正直と言えるのだが、それでも、裏表があると分かっている人間を、よく見る事はなかなか難しいものである。
しかし、肝心の妹の方は、何がそんなに頭が痛い事なんか分からないらしく、心配そうに兄を見ていた。
「そんなにお前の妹、可愛いか?」
ピートは、かねてより懸念していた事を聞いてみた。
すると、ブライアンは、転生者でもないクインドルガ人であるにも関わらず、日本のサラリーマンが、距離感のある上司に向ける時のスマイルを見せた。
「はあ、まあ……そんなね……うん。……まあ、そうと言えばそうですね。はい」
裏表があることが分かっている男が(そして妹が本命と分かっている男が)そこでそんな笑い方をしてそんな言い方をした。
ブチッ
三人のこめかみが鳴った。
ピートとメルは同じ理由で。
リヴィははっきりと可愛いと言ってもらえなかったという理由で、ブチッと逝った。しかし、ここで保身に走る男の心理は、みんな大体見当がつくので、深追いはしなかった。
(問題行動は起こしてないが、問題児に分類されるのは当たり前だろ)
ピートはブライアンの事をそう判断した。
そして最後に残ったのはノアである。
ノア・ドラモンド。
れっきとした、クインドルガ王国の王太子で、周囲の評価は「王子様」。……そういうことに、なっていた。
ノアは、生来、素直で真っ直ぐな性分である上に、深みのある知性を持っている。それが、宮廷の中で、いわば最高級の教育を受けて育ったのであった。
家族にはアンシーも含めて癖の強い人物がそろっていたが、ノアは、持って生まれた洞察力と曲がった事を嫌う性分で乗り切った。
それに加えて、栄養のよい物を食べ、健康管理を整えられ、行儀作法や、選別された良い友人を与えられてきたのである。
当然ながら、その容姿は、優れた物であった。王家は代々美女を選んで後宮に入れる事が出来る訳だから、その遺伝も生きていた。
そういう彼であるのだから、当然ながら地位も相まってよくモテたし、彼本人が老若男女、分け隔てなく交流を持つ事を好んだために、華やかで麗しいプリンスとして扱われた。
表面は。
ノアの父親がそれなりに、王族の暗い面を背負った人物であったため、彼も多少なりとその影響を受けていた。
加えて、王宮内の面倒臭い人間関係の事も、色々とつぶさに見て来たらしい。その上で、かたくなにアンシーを守ろうとする姿勢に関して、考えるところのある大人も多かった。
--それはお前の、本心なのか?
同性であるブライアンだけではなく、リヴィやメルたちですらそう思う事があったのだ。
当たり前だが、古い漫画などにもあるように、王者が家臣に内心を気取られたら終わりである。そんなことしたら、家臣が勝手に死んでしまう。
そういう権力者のたしなみを、王子様が知らないはずもなく、彼は、礼儀正しく親しみやすい中にも自分の本音をさらけだす事はなかった。
そういう訳なのだが、先程のように、婚約者のアンシーのナイトとして振る舞おうとしたり、あるいはグラント兄妹の良き友人として適切な行動を取ったりする際に、どうも作り物めいた人形臭さ、もっと言ってしまえば嘘くささを感じる事がある。
それは身近な人間が気がつく程度の事であった。取り巻きはいたとしても、常に畏敬を払われる立場の彼だ。並大抵の人間に気取らせる訳がない。
そしてそんな王子様が、特別な思い入れを見せるのが、アンシーをのぞいては、親友と言っていい位置にいるブライアンである。親友と言い切る事が出来ないのは、ノアは彼にすら滅多な事では本心を見せる事がないからだ。
勿論、ブライアンが猫かわいがりにしているリヴィやメルの事も、一人前のレディとして扱いつつも、なかなかいい笑顔を見せてくれる。
時にはそれが行きすぎて、先程のリヴィの農園レポートのようになってしまうこともあった。
時には……どころか、しょっちゅうあった。
そうなのである。
この王子様、ズレてるのである。
どうも、周囲に心を許せる人間がそうそういないもんだから、アンシーを守る自分に酔っ払って誤魔化したり、特別気に入った人間のためにオーバーなぐらい庇護を与えたりする気風がある。
バランスという意味で凄くズレているのである。
なまじ完璧なぐらい出来がよくて、王太子という地位もある人間が、そういうことをやっていいのだろうか?(疑問・反語)
いいはずがない!
(頭が痛い……)
ピートはまたしてもこめかみを押さえた。
一番まともに見える奴が、周囲に足を引っ張られて、確実に一番まともじゃなくなっているのである……。
「先生、顔色、悪いですよ。大丈夫ですか?」
リヴィがそう尋ねた。
「大丈夫そうに見えるか?」
そこでぼそっとピートは本音を言った。
「俺がお前達といて、体調不良じゃなかったことがあるとでも思うのか?」
いつも厳しい顔をして不機嫌なドSである原因のタネは、リヴィ達にあるらしい。
(幼等部の時代から、ずっと、押しつけられて、最終的に現在担任になってしまった訳だが……飯のためとは言え、我ながらよくやってる)
本当に、大変だったのだ。
魔族の一員である吸血鬼が、四六時中、こめかみビキビキ言わせてなければならないような事を、アンシーだけじゃなく、リヴィもメルも男共もやっていた。
先程、アンシーに切れそうになったのは、その積み重ねがあったからである。年季の入った悪ガキどもがまたやらかしたと思ったからプッツンといきそうになったのである。
だが、辛夷の花が元で、駄洒落でもあるまいしゲンコツ落とすのもどうかと思ってたところにブライアンが助け船を出してくれたので、正に渡りに船となった訳だった。
そのへん、ピートはブライアンと呼吸を読みあっていたとも言えるだろう。
それに、ピートだって、魔族は魔族。
リヴィが連れて来る名無しの兄やんたちに特別、嫌悪感を持っているのかというと、そういう訳でもないのだった。
ただ、ノリが全然違う事は認めている。
ピートは、研究室にこもってコーヒーでも飲みながら、自分の研究分野に邁進していきたいタイプなのだ。だが、リヴィが契約している”名無しさん”達ときたら、まるで違う。ピートがインテリ優等生だとしたら、リヴィ達の方は、古き良き時代のヤンキーに当たる。
幸いにして、リヴィはヤンキーと知り合うようなタイプでは全然ないので、漫画の中でしか知らないが、本当に何世代か前の、雨の日に猫拾ってくるボンタンの人達みたいな感じなのである。
ノリが合う訳ないだろう。
リヴィは、顔のわりには性格が悪い訳ではないし、ステータス値だけみれば問題の無いレベルである。にも関わらず、頭のネジが2~3本飛んでるんじゃないかという言動が多い。
大体にして、あれは、幼等部の中学年の春先だったか……、研究室の窓を開けて論文に集中していたら、異臭がする。
あんまり異質な匂いがするので、なんだろうと思い、研究棟にある植物園に行ってみたところ、畑が耕されていた。
まだ9~10歳ぐらいのリヴィが、令嬢のドレスに襷をかけて、農業用の長靴履いて、垂れ布ついたオバサンムギワラ被って、一心不乱に鍬を振り上げ耕していた。
その時点で、何やってんのとしか言いようがないが、それより問題なのは、その周辺でビール片手にはやしたててる魔族の一群である。
「おもしれーwww公爵令嬢が何やってんのwwwwwちょっと貸してみwwwwうはwwwうはははははwwww」
別の意味で、草を生やして耕しながら、リヴィの姿勢を正してやったり、疲れたら鍬をかわりに持ち替えてやったりしながら、いじるいじる。
そのときピートがしたことは、とりあえず、酒を取り上げる事だった。
「学院内で、幼等部の児童の前で、酒を飲む大人がいるかぁあああああッ!!!」
そこで、魔族にたちのきを要求するとか、リヴィの異常な行動を怒りつけるとかより先に、そこが眼に入るのは性格なのだろうか。
そこは、魔族も理解してくれた。どうやら、花見に来た際に、カツアゲをするタイプではなく、逆に、ゴミ拾って帰るタイプのヤンキーだったらしい。それ以来、リヴィの前で酒を飲むのはやめたが、学院内を長靴にウィンドブレーカーで、鍬かついで歩き回ったり肥料かついで歩き回ったりすることは変わらなかった。
リヴィの方も、説明してもどうもいまいち自分が悪いということに気がついていないらしく、何の罪悪感もないまま畑仕事をしている。
ステータス値にこだわるメルが止めそうなものだが、「正しい筋肉と根性だけはバッチリつきそうですんで。とりあえず、太ることはないでしょう」と意外な見解を示していた。
一番の問題児は、どう考えても、リヴィなのだが、その相棒のメルがこれではどうしようもない。
ブライアンは妹可愛さに甘やかす一方だし、ノアとアンシーは変な協調性を発揮している。
(あのとき、幼等部で一喝したが最後、職員室で何かとグラントの問題を回されるようになり、こいつらが中等部に進学した途端、何故か俺まで中等部に異動、高等部に進学すれば高等部に異動。なんとか次の年に大学の方へ回して貰ったものの、どういう訳か未だに縁が切れない……)
ピートはひっそりと胸の中でため息をつくしかなかった。気がついたら、このステータスだけはやたら高いのに、他は難点しかない問題児達をいっしょくたにして面倒見るようになっているのだが、成長ごとに大人しくなると思いきや、むしろ手がつけられなくなってきているんだが……。
(かわりにあちこちキレそうになっているんだが、こいつら気がついていないんだろうな……)
そんなの勿論分かってる。
ピートが切れてると言うことは分かってる。
(キレているからSなのか、キレてなくてもキレてるみたいなSなのか、どっちにしろ、キレてるよ!!)
学生の感想はそうであり、つきあいが長くても、あっちとこっちの心理学的イメージは通じ合わないというのは、正しく真理なのであった。
読んでいただきありがとうございます。