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ISEKI

CategoryA
今星
悪か?

GENNDAI

CategoryB
メールメイト
短編

OT0NA

CategoryC
BL

序章

そもそも星人の話 2

 何か問題が起こったり、さらに問題が長期化した際に、口癖みたいに「そもそも」と切り出す人がいる。

 あなたもですか? そうですか?

 そんな人達と「そもそも星人」の差は、その、問題解決のための「そもそも」が、信じがたい超展開を起こすか起こさないか、それだけである。

 その超展開の結果は、goodでもbadでもいい。ただし、酒場やカフェで語った際に、周囲が大受けする事が約束出来る程度の超展開であることは、必須である。話のタネになってバカ受けさせられない程度の「そもそも」度では「そもそも」星人とは言えないのだ。

 それはさておき。

 そもそも--。

 ブライアンが、親に黙ってそんなことをしたのはなんでだったのか、現在に至るまで不明である。恐らく、妹が書斎を散らかしたのを、かばい立てして誤魔化す気満々だったんだろうが--。そこで妹に甘い顔を見せつつ、それでいてビビらせてやろうという事を考えるというのが、彼の複雑な性格を示していた。

 そしてさらにそもそも--。

 リヴィは、米田菜月の時代から、ゲームなどのメディアについては疎い性質であった。メジャーな漫画なら少しは読むが、その内容も、「○に届○」のような正統派少女漫画がほとんどで、ファンタジックな世界にはとんと疎かった。

 後は、受験勉強の範囲内に出て来そうな昔の小説を何冊か読んだ程度なのだ。

 よって、魔族といっても、リヴィは全くピンときていなかった。

 ちなみに受験したのは文学部の日本文学科なので、例えば「ファウスト」のような本は名前しか知らなかった。

 だから、魔族といっても、頭の中にイメージされたのは、何故か……

 ブレーメンの音楽隊であった。

 なんでそこで童話、しかもなんでそこでブレーメンなんだかは、リヴィにもわからないし、ましてやブライアンにわかるはずがない。

 後は、ハーメルンの笛吹きとか、とにかくやたら音楽がうるさそうなものがリヴィの脳内に炸裂していた。

 さらに言うなら、リヴィはなんか楽しそうだと思ってすっかりワクワク状態であった。

 ブライアンは裏庭にリヴィを連れていった。

 そこに書物と必要な道具を並べた。もしかして、既にやったことがあったのかもしれない。慣れた手つきで平らな地面に、指定のインクで滑らかに大きな魔方陣を描いた。

「契約の名において、母なるマリアンナと父なるライエルの名において、出でよ、魔界の貴公子たちよ!! その壮大なる野望と遠大なる魔力をもて、我が使役に従え!!」

 古代魔法語ハイ・エンシェントを、現代訛りのたどたどしい言葉で唱え上げ、ブライアンは地面の魔方陣を鋭く掌で叩いた。

 魔方陣のラインの上を、ブライアンの魔力が閃光となって走り抜け、七芒星セプタグラムを順繰りに貫いていった。

 その直後に黒煙が閃光のラインから噴き上がり、濛々たる黒灰が屋根の上まで上がっていった。

 やがてその煙の中から現れたのは、一人の勇猛な魔族であった。

 隆々たる筋肉を、賑々しい金属で装飾された黒革の装備で覆い、流れる金髪は日を受けて輝き、そして男らしく甘いマスクを持っていた。

 ブライアンは妹を振り返った。

 ヤバイ。

 かなりヤバイ。

 宇宙ヤバイを百回唱えてもいいぐらいヤバイ。男として兄としての本能が告げる。これはヤバイと!!

 振り返った妹は、目をキラキラさせていた。

 涙に濡れているのかと思ったら、そうではなかった。

 6歳児、目をキラキラさせて、大興奮に、頬を紅潮させて、顎の前で両手の指を組み合わせちゃって、多分、あと十年もたっていれば、遠慮というものをすっかりなくして黄色い奇声をあげてるんだろうなあって顔をして、兄じゃなくて魔族をみている。

 魔族は笑った。白い歯キラッ!

 それは、ブライアンではなくて、明らかに「性別・女子」の方に向けたものであった。

「し、使役--ッ!」

 急急如律令的な何かを言おうとしたその瞬間に、魔族は逆らった。

「使役されて、やんね」

「な、何故っ!?」

「え、そこ、聞く? 結果、知りたい?」

 耳の穴かっぽじきながら、魔族はそう答えた。

「どういう意味だっ!」

「まあまあ、そう怒りなさんな。お嬢ちゃん、怯えちゃうよ?」

 そして魔族はなれなれしく近づいてきて、リヴィの頭を撫でた。

「お嬢ちゃん、お名前、なんてーの?」

「オリヴィア! リヴィでいいよ。おじさんはー!?」

「おじさんかー。おじさんじゃないんだなー。お兄さんて呼んで欲しいかなー?」

「お兄ちゃんはねー。もういるんだー」

「そっかー。そこの坊ちゃんお兄ちゃんなのかー」

「そうなのー。とっても優しいのー」

「優しいか-。そうかー。それじゃなー、俺の事は”名無しさん”でいいかなー?」

「わーい。名無しさーん!」

「そう、名無しさーん」

 あっという間に、友好関係を、結んだ……。

 怯えるどころか、お友達。

 それが全ての間違いの元だったと、ブライアンは信じて疑ってないんだが、正直、彼が人の事言える行動を取っていたかどうかは、神様だってツッコムだろう。

 そういう訳で、ブライアンが積極的に参加しない形で、リヴィの農園活動はスタートされることになった。

 ブライアンは、自分だけがリヴィのサポートを出来るのであったら、いくらでも農園活動に出張ってきただろうが、魔族がいるからちょっとやりづらくなっていた。

 一方、リヴィはすっかり魔族に気を許してしまった。元々、それほど人見知りする性質ではなく、ぼんやりしたところと同時に開けっぴろげであっけらかんとしたところを持っていた。

 故に、リヴィは、ブライアンが離れると、魔族を使役していい契約システムを魔族本人から教わった。それと同時に、口の利き方を覚えて、魔族に農作業の協力を頼む時にはどんな言い方をしていいか、何をやったらいけないかを、直接教わった。それは、人間界でも通じる常識の範囲内であった。

「で、リヴィたんのお願い事は何なんだ?」

「私、畑仕事がやりたいの!」

「……はい?」

 魔族は、先程のブライアンほどではなかったが、自分の耳を疑った。

「畑って……あれですか? 耕したり肥料まいたり、虫取りしたり水やりしたり、晴れの日も雨の日も、休む事なく働き続ける第一次産業?」

「うん、それだよ!」

 リヴィは幼女の愛らしい顔に満開の笑みを見せた。

「私、自分で育てた穫れたての野菜でサラダを作って、大好きな人達に食べてもらうんだ!」

「ほお……」

 名無しさんは顎を撫でた。それは、6歳そこらのガキンチョにしては、小生意気なぐらいよく出来た願い事だと思ったのだ。何かと欲まみれに育ちがちな公爵家に、なんでこんなのが産まれたんだ? さっきの兄貴がよかったのか??

「お兄ちゃんとね、パパとね、ママとね……」

 リヴィは指を折りながら、知ってる名前を次々にあげはじめた。中には、先程スルーした使用人の名前もあった。

「あ、あと、勿論、名無しさんにも、収穫出来たら、その中で一番いい野菜をあげるね!」

「へえ、そうなんだ」

 名無しは思わずまた笑ってしまった。

(何を言い出すかと思ったら、随分変わってるが、可愛いお願いじゃないか。畑仕事はちょっと辛いが、面白いからやってやろう)

 何事も舐めてかかっていいことなどないが、その中でも、第一次産業というのは格別に辛いものである。魔族として数百年生きて来た以上、スキルを持ってない訳じゃないんだが。

(俺一人でやるのは、壁が高いから、仲間に一声かけてみるか。なんてったって、面白そうだし)

 リヴィの頭をまたぽんぽん叩きながら、名無しはそんな事を考えた。

 そういう訳で、名無しは同じく名無しの兄やん姉やんおじやん姐御、などなどにも顔を繋いで、リヴィ--オリヴィアの事を紹介したのであった。

 その頃、現代日本での菜月の友達、クインドルガ王国ではオリヴィアの従妹であるアメリア・グラント(倉橋彩芽)は、やはり、数日間寝込むハメになっていた。

 アメリア--メルの母は、オリヴィアの母であるエルノラの妹である。名前はユーニスと言う。

 中流貴族の家庭に生まれ、姉が公爵家に嫁いだ縁が、グラント傍系の男爵家に嫁ぐきっかけとなった。子どもの頃から仲が良く、結婚した後も、自分が娘達を産むと、それを連れて互いの家を往き来するような関係である。

 性格も似たようなところがあり、ユーニスは娘の事故を知った後は、顔を真っ白にしてつきっきりで看病し、食事もろくにとらないありさまであった。

 一方のアメリアは高熱まで出してしまって、うなされながら、前世の夢を見た。

 中学時代にスマホを親に買ってもらった時から、ゲームとネット小説に目覚めた事。snsなどで発表することはしなかったが、パソコンでせっせと乙女ゲームのシナリオや、小説の勉強をしたこと。

 そのために、志望大学のランクは少し控えめにして、地元の公立大学を選んだこと。

 中途半端にしたくないからこそ、そうした。本当にやりたいことは、シナリオライターか小説家としてデビューする事だったから、「受験のために手を抜く」なんて甘っちょろい事はしたくなかった。

 スケジューリングに血反吐を吐きつつ、隙間時間を徹底的に利用して、読みまくった悪役令嬢の数々や、テストの後に徹夜の勢いでやりこんだ乙女ゲームの数々を思い出した。

 同時に、まだ誰にも読ませていない、自分の小説の事を思い出して、夢の中で悔し涙を流した。あの作品を完結もさせないで、何やってるの私? 完結させなきゃ発表も投稿も出来ないのに。そのはるか手前で、何をやってるの私?

 何しろリヴィより賢いため、6歳ながらに正確に状況を把握してしまった。

 そこは確かに賢いんだが、二の句が継げないのは、「悪役令嬢の小説を書き上げたかったのに、キー!」という悔し涙を流しながら覚醒するということであった……。

「ああ、可愛いメル、目を覚ましてくれたのね!!」

 泣きながら瞼を見開いた愛娘に、ユーニスは一も二もなく飛びついた。

「メルや、お母さんを許しておくれ。お前から目を離して、危険な目に合わせるなんて。ああでも、誰が許してくれるって言うのかしら! 神様だって用はないとおっしゃるわ!!」

 姉も姉なら妹も妹。エルノラもエルノラなら、ユーニスもユーニスであった。

「ざまぁはいや……ざまぁはいや……」

 大好きな母親に抱き締められながら、メルはぶつぶつと呟き続けていた。

「どうしたの、メル……アメリア!」

 娘の様子がおかしいことに即座に気がついて、ユーニスは跳ね起きてその可愛い顔をのぞきこんだ。

 途端に、くわっとメルは両目を見開いた。

「ざまあ展開は解せぬー!!」

 のけぞってしまうユーニス。

 がばっと上半身をベッドから起こして、メルは虚空を睨んで語った。

「別にいいのよ? ざまあ展開が好きな人は好きな人同士で、楽しめばいいと思うの。だけど、私は、悪役令嬢の真のプライドは、ざまあではなくて、悪役をなくして解決することだと思うのよ。なんで悪役令嬢を、主役にするわけ? ヒロインにするわけ? それは、王道に対するアンチテーゼであると同時に、一つのフラストレーションの解消よね? で、王道で、悪役がやっつけられて酷い目に合わされているのを見て、持ち得た疑問を解消するのだとしたら!!」

 メルは天を仰ぎ、見えない太陽を指差した。

 何かオペラかミュージカル中の音楽が流れ出しそうな荘厳な雰囲気であった。

「それは悪役などいなかった! 悪役がいたとしても、愛と正義の前に改心して、全ての問題がピースフルかつハートフルに解決される、金無垢のハッピーエンドじゃないかしら! そうよ、そうなのよ。私が読みたいのはそれなのよ! そして、その悪役令嬢ゴールデンハピエンの物語について、熱く語り合える強敵ともが欲しいのよ。私、そのためにこそデビューするわ! デビューするはずだったのに!!」

 きいいいいいくやしいいいいいいいいいいいいいい!!!!

 優しい母親を前に、男爵令嬢は泣き伏した。

 悪役令嬢お取り巻き(血縁)、悔しがって縦ロール振り乱して泣き吼えてますが、あんた、それ、ざまあエンドになってません……? そんなツッコミが、世界中から入りまくるが本人には聞こえていない。

「め、メルちゃん、どうしちゃったの?」

 かわりに母親が、泣き叫ぶ娘の頭撫でたり背中撫でたり、大変な事になってしまった。

 しばらく泣いていたメルだったが、お上品で優しい素敵なママンになだめすかされ、やっとの事で正気に戻った。

(メル……? 私の名前は、メル? それにこの部屋……? 見覚えがある!)

 6歳児、ママに抱っこしてもらいながら、自分の部屋の調度品などを一つ一つ見定めて、あることに気がついた。

「メルちゃん、リヴィちゃんと池に落っこちて、とんでもない目にあったのよ。でも、こうして気がついてよかった。ママ、これから、もっと気をつけて、メルちゃんのことを見てあげるからね。機嫌を直して、ママの可愛いメルちゃんでいてちょうだい」

 ユーニスの方は、娘がてっきり熱にうなされ悪夢でも見たのだろうと思い込み、膝の上に抱き締めながら、優しい声で言い聞かせている。

(リヴィ……メルにリヴィ……? それにこの部屋と調度品、って言ったら、答えは一つしかないじゃない。ここ、異世界(恋愛)だわ!)

 そこで脳裏にタグが閃くというのが、彼女の末期症状を現していた。

 それはさておき。

(つ、つまり、ここはあの名作「憧れのクインドルガ」! 私はそこの悪役令嬢!? ええッ、これってきっと、神様が私の頑張りを認めてくれたっていう証拠!?)

 今度はハートに黄金の羽根を生やして天まで登る心地のメル。

 しかし、即座に現実はそう甘くないことに気がつくのであった。

(ちょっと待て!? そうすると、私、このままじゃラストで親子共々破産して、若い身空で首吊って死ぬコースじゃないの!! そ、それに、私バス事故で転生したけど、あのとき確か誰か一緒にいた……?)

 メルはそっとユーニスの腕から抜け出して、立ち上がった。

 腕を組んで、虚空を睨んで、考え込む。

(そう。確か名前は、米田菜月……。ちょっとズレてるけど、悪い子じゃ全然なかった。発想は突飛もないけど、ネタにしたいぐらい面白かったし、あっけらかんとして明るいし、態度も友好的だし。セオリー通りいくんなら、多分、あっちがリヴィに転生しているんじゃないだろうか? 早々に確認しないと、ヤバイわ)

 そこでさらに気がついた。

(あれ!? そういえば、菜月って、悪役令嬢ものまるで知らないって言っていなかった? それこそ、乙女ゲームの一本もやったことがないって! ちょっとそれって、……!? それも、悪役令嬢もののコンセプトの一つだけど、スカシでも何でもなくて、本当に乙女ゲームにも悪役令嬢にも興味がないんだったら、これは地雷じゃないの!?)

 メルは、背筋が震えるような衝撃を受けた。

(あの子は性格上、他人に積極的に迷惑をかけたり、嫉妬で攻撃したりするような事はないだろう。小説書きとしてそれなりに人の性格見て来たけれど、間違いないわ。そのかわり、夢見がちで、かなりスットンキョーな事はやるかもしれない。それが、悪役令嬢ものとして吉と出るか凶と出るか、わかったもんじゃないわ。と、なると、……お取り巻きはいやだけど、ここは私がしっかり、菜月……リヴィと連携を組まなきゃ!)

 二分足らずで、メルは結論を出した。

 そして次に大切な事を心の中にメモしはじめた。

(後は、なんといっても、ステータス上げよ。これは必須よね。当たり前だわ、原作通りにいくんだったら、オリヴィアはありとあらゆる地雷を踏みまくって、最終的にはギロチン送りか、そうでなければ一族郎党とともに牢獄死。それにつながるようなイベントを回避するためには、ステータスをあげて学院の人気者になること、これは絶対十分条件よ。そして当然、それはおとりまきで血縁の私にも必要なこと。--やるしかないわ!)

 メルは握り拳で己自身に誓いを立てた。

(伊逹に、人の何倍も、乙女ゲームや悪役令嬢をやりこんでないわよ! 現代日本の女オタの真価、このゲーム内に見せつけてやるわ!)

 大昔のスポ根漫画のように、瞳の中に炎を燃やして、メルはこの先の人生、破滅イベント回避のために費やすと決めたのだった。

 そうと決まれば話は早い。メルは猛然とペンを取り上げると、思い出せる限りの「憧れのクインドルガ」の攻略情報と、悪役令嬢もののセオリーを書き上げ、一体どうやったら、自分とリヴィだけではなく、グラント一族を破滅から逃れさせられるか、全力でレジュメを作り上げた。

 嗚呼、わずか6歳にして、そんな……コ○ケカ○ログが届いた同人女のような目つきで、がりがりがりがり書いている事が……乙女ゲームの丸暗記している攻略情報と、悪役令嬢のセオリーとポイント。

 それでも、メルはさわやかだった。とっても元気でさわやかだった。さながら、スポ根少女漫画のヒロインのような、泥臭い爽やかさで微笑んで、水を得た魚のように、「ぼくのかんがえたさいきょうのあくやくれいじょうぷらん」を何ページも書き綴り続けるのだった。

 そんなこんなで、一週間もたっただろうか。

 メルは、母親に頼んで、リヴィのいるグラント公爵家を訪れた。

 分厚いノート一冊分のレジュメを持って。

 エルノラは、ユーニスとメルに、久々に会えた事を喜んで、早速、日当たりのいいテーブルに、お茶会の用意をしてみせた。それは本当に、上品なイギリス貴族のティーパーティを思わせた。少なくともメルはそう思ったが、その席に、肝心のリヴィがいなかった。

「エルノラおばさま、リヴィはどちらにいるんですの?」

 ぎこちないお嬢様口調で、メルがそういうと、エルノラとユーニスは笑い崩れた。

 おしゃまな子どもが可愛らしい事を言ったと思ったらしい。

「リヴィなら、庭で、新しい遊びをしているわ。ブライアンも一緒にいるから、大丈夫よ。あの子は、とても子どもと思えないぐらい、しっかりしてるし」

 エルノラがそう言ったので、メルは使用人に連れられて、公爵家の広大な庭園をくぐり抜けた。

 そして、見た物は--。

 本当に困ってしまった事に、そこに農家の子どもがいた。

 魔族いっぱい連れて。

「ギャ------ッッッハハハハハハハwwwwwww」

「腹イテェwwwwwこんな公爵令嬢ありか!?wwwwww」

 名無しが連れてきた仲間の魔族達が昼間から菓子やら肉やら食い散らしながら、(しかし、ゴミはちゃんとゴミ袋に入れている模様)、どこで調達したかわかんないモンペにほっかむり姿のリヴィが、へっぴり腰で畑耕しているのを見て大笑いしている。

 メルは真っ青になってレジュメを取り落としそうになった。

「何よこれは!?」

 メルの大声よりも、取り囲んでいる魔族達の笑い声やはやし立てる声の方が、大きくてかき消されてしまう。

 リヴィは体がまだ小さいために、鍬を持っていてもあっちにふらふらこっちにふらふらとろくでもない動きになっている。

 それを、結構イケメンな魔族が後ろから鍬やら肩やら支えてくれて、リヴィの軌道が定まるようにしてくれていた。

 リヴィはどうやらそれが心苦しいらしく、顔を真っ赤にしながらも、懸命に、鍬を振って自力でなんとか、畑を作ろう、種を植えよう、そして芽が出るところをみようと頑張っている。

 メルは当然ながら、ゲーム内における魔族の役割を分かっている。

(おかしい……。魔族は他の、王子様や騎士様クラスの討伐イベントで登場するはず。なんでここで、恋愛ライバルイベントの分岐で魔族!? しかも、何やってんのよ、リヴィは!?)

 何をやってるのかは、一応、わかっているのだ。

 畑耕しているんだろう。

 そして、野菜作りたいんだろう。

(菜月、お前ーーッ!! 入学式で言った私の提案を、そのままここでやってんのかーッ!? 市から畑借りろって言ったし、公爵家だって公とつく以上、市の一部みたいなもんかもしれないけどなーッ!? ここで本当に畑作って素質を試そうとするバカがいるかーっ!?)

 これは新種のブーメランなんだろうか。

 自分が親身に相談になった事が、華麗に180度裏返ってズッパリこっちに向かって来ている。

 もうどんな顔をしていいのか分からないメル。

 もうこの時点で、ここでこんなありえない行動を取っている以上、相手は米田菜月だとよくよくよくよく理解出来た。

 理解出来たついでに、なんか○| ̄|_ こんなポーズになってしまったが、それはそれ。メルは立ち直りも早かった。弾みで落っことしてしまったレジュメを自力で拾い集めると、恐るべきスピードでダッシュ。

 常人を越えた魔族達の死角をかいくぐり、畑の溝をジャンプすると、ホップステップと飛び上がり、レジュメのノートを丸めて翻し、行った!

スッッパァアアアアアアアアアアン!!!

 レジュメでリヴィのほっかむり頭に、ノートラリアットを炸裂!

 何しろ魔族に支えて貰えないと、鍬もろくすっぽ震えないリヴィのへっぴり腰。

 今度はリヴィがよろめいたと思ったら、鍬を取り落として、2秒で…○| ̄|_ 。

 物も言わずに振り返るとリヴィの腕を掴むメル。手首握り締めて強引に起こすと、そのまま連れて走り出す。

 モンペのままよたよたついてくるリヴィ。

 そのまま、畑の近くの沈丁花の茂みに連れ込むと、ドキドキする鼓動も何のその、魔族から見えない聞こえない位置に頭突っ込んで、リヴィもそうさせた。

「ちょっとあんた、菜月でしょっ!?」

 単刀直入に切り出すメル。

「へっ、えっ、何っ、あのっ」

 明らかに挙動不審になって、変な声を連発するリヴィ。もうその時点で、転生者の米田菜月だと認めたようなものだ。

 その表情を冷静に確認して、メルは正直に告げた。

「私よ。倉橋彩芽。聞き覚えはあるでしょ?」

「彩芽……悪役令嬢の……」

 リヴィははっとした。自分が見た長い夢の事を想いだしたのだ。その時から、リヴィは、畑作りがしたくて仕方なくなってしまったのである。

「やっぱり、菜月なんじゃない」

 メルは、従妹としてではなく、前世の友人として、ほっと安心しきった笑みを見せた。

「また会えて嬉しいわ」

 ちょっとだけ涙ぐみながら、彩芽として言った。

「うん、私も!」

 菜月も、異世界に生きているという緊張が解けて、微笑んだ。涙がにじんだ。

 二人はほとんど同時に、一緒に涙を拭った。

 その後、彩芽はメルとして切り出した。

「あのね、リヴィ。たぶん、あなたは分かってないと思うんだけど、ここは、ゲームの世界なの。私、あなたに言ったかな。「憧れのクインドルガ」……なかなか評判のいい乙女ゲームだったのよ。あなたは、その中に出てくるライバルヒロイン、悪役令嬢のオリヴィアなの。そして私はそのおとりまき、アメリア。意味、分かる?」

「乙女ゲー……そういや、そんな話していたっけ」

 リヴィはぽりぽりと自分の頬をかいた。

「したわよ。で、あなたは多分、ていうか、このままだと確実に、ギロチン送りになるわ」

 リヴィはほけーっと口を開いていた。

 どうやら、単語が脳内にしみとおるのに時間がかかっているらしい。

「ギロチン……、え、……ギロチン!!??」

 ようやく意味が分かった途端に、悲鳴のように叫ぶリヴィ。

「落ち着いて。今、事情を話すから。こっちのレジュメ読んでね」

 メルはノートを開いて、あらかじめ作っておいた表やマーカーをひいてある構文たっぷりのページを順繰りに読ませた。

 そうしながら、「憧れのクインドルガ」の概要と、メルの作戦を理解させた。

「なんだってそうだけど、作戦通りにいくかどうかなんて、わからない。未来は誰にもわからないってのは真理なんだからね」

「うん」

 リヴィも、話の内容を聞いて、顔をひきしめている。

「やんなきゃいけない最大の事は、「努力」! 本当に、これよ。ステータスが低かったら、なんにもならないから。次にやらなきゃいけないことは、「貢献」! 自分のことばっかりじゃなく、人の事を考えて、人に心を開いて、誰にでも親切に笑顔でいることよ!」

「う、うん」

 勢いに飲まれて、リヴィはやや顎をひいている。

 そのリヴィにずずいっと体を寄せていって、メルは言った。

「そのためにも、勤勉や慈愛や誠実や、そういうことを教えてくれる大聖堂は要チェックよ? あそこは平日でも無料で、魔道や学問の色々な講座があるし、ボランティア活動とかも出来るし」

「メル、ボランティアとか、興味あるの?」

 メルは、軽く小首を傾げた。

「興味はあるのよ。小説書きにとっては、なんだって経験だもの。だけど、前世では、機会がなくってやれなかったの。さっき言った”努力”と”貢献”を学ぶためには絶好のチャンスかもしれないわね」

 ふむふむ、と、リヴィは頷いた。

 現代日本では、農業人口の高齢化が問題になっていた。そのため、リヴィは、出来る範囲で、老人介護やそれにまつわる仕事、ボランティアなどにもアンテナを張っていたのである。

 そういうことを話すと、メルはちょっと困惑の表情を見せた。

「うーん。それはねえ……。好感度高いんだか低いんだか、若い娘としては微妙よね」

「えー、どうして!?」

「老人のマダラボケってあるじゃない。普段は、とっても正義感強くて思いやりがあって……みたいな人が、歳を取ると、時々人格が変わったようになっちゃうっていう。特に、大きなストレス、たとえば、退職とかそういうののショックでさ」

「あ、聞いた事ある」

「そういうときって、心理的なショックに年齢が持ちこたえられなくて、挙動不審になることがあるよね。そういうときに、若い異性がそばにいると、なんか脈絡のない行動を取っちゃうものなんだって」

「ええ……そうなの!?」

 行間にこめられたものを察して、リヴィは青ざめてしまった。

「うん。ちゃんと治療したり対応したりすれば、治る時は治るみたいなんだ。でも、その間、家族同士で隠したり、あるいはちょっといがみあいがあって複雑になったりして、ボランティアとかもなかなか入りづらいみたい。昔の言葉で言うと、素人にはオススメ出来ないって奴ね」

「なるほど……」

「生半可な事をして痛い目にあうよりは、家族同士で解決することもあるみたい。だからさ、努力も貢献も、中途半端な気持ちじゃいけないのよ。それに、人間同士、社会に出るといい人ばかりじゃないわ。足引っ張ってくる奴は、いる」

 そこで、メルは、リヴィの両手をつかんで握り締めた。

「だからこそ、連携なのよ。協力するのが、大事なの。自分が足を引っ張られたり、裏切られたくなかったら、それだけの人間にならなきゃダメ。覚悟決めてね? こっから先、落っこちようがどぶにはまろうが、最後まで歩かなきゃ意味がないんだから!」

「う、うん」

「バリバリガンガン、ガッツでいくわよ!!」

 メルは、片手でリヴィの拳をつかみ、もう片方の拳を空高く突き上げた。

 まるでヒーローものの主人公のようだった。

 リヴィはふと思った。

(なんかさあ、多分、こういう、ヒーローみたいな介護ボランティアとかって、どうなんだろう。戦隊ものみたいな強化服を着て、こうやって、瞳の中に炎を燃やして、老人達にさわやかな笑みで「今日の敵は何かな!? なあにい、ウンコが出ない? そんな時は下剤だ!! ささ、俺が今からスーパーハイテク座薬乱舞をお見舞いするから、そこに横になるがいい!!」とかさー)

 幼い頃に何回か見た昔のテレビを思い出しながら、リヴィは考えた。

(女性の方も、なんか特撮ヒーローみたいな衣装を着て、当然仮面をつけてるのよ。顔がなんか❤みたいな仮面の女性にセクハラするのって、かなりのイロモノだし、そこで変な業がきても、「とうっ!」って合気道しちゃうの。そして、「フラチな行動は許しません! 天にかわってオシオキです!!」って、幼稚園のドリルやらせたらどうだろう。1 あいさつは大きな声で 2 お友達には親切にしましょう 3 園内のマナーを守りましょう、みたいな書き取りを10ページぐらいさせるとか……)

 話してみたところ、メルはこう答えた。

「発想としては悪くない」

 と。

 そしてつけくわえた。

「で、その老人ホーム、誰が入りたいんだ?」

 リヴィは、答える事が出来なかった。

あとがきなど
読んでいただきありがとうございます。
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