目次

ISEKI

CategoryA
今星
悪か?

GENNDAI

CategoryB
メールメイト
短編

OT0NA

CategoryC
BL

序章

攻略対象とおひとりさま

「……と、いうわけで、まずはステータスageなんだけど」

 メルは日本語で書かれた攻略ノートを指し示しながら、リヴィ……悪役令嬢オリヴィアに転生した親友に話しかけた。

「えーとこのゲーム、”憧れのクインドルガ”、省略して”がれドル”は、魔法学校ラブコメっていうことになるのね。三年間、高等部で自由にステータスageをしていく、ステータスをageると自動的にフラグが立っていって、条件が整うとイベント発動、イベントを無事にクリアすると、好感度や評価ステータスがガンガン上がっていくシステム。いわゆる「○○めきメモ○○○」と同じなの、この、日常のステータスageは」

「ごめん、その○○めきメモ○○○って知らない」

「黙れ○よぷ○」

 メル(彩芽)は、前世でスマホでアプリの落ちゲーぐらいしかしなかったというリヴィをそう当てこすった。

「ぷ○○よ? 私そんなに太ったかな」

 思わず二の腕の肉をつかんで見るリヴィ。思わず、メルはリヴィの頭を丸めた攻略ノートでひっぱたいた。

「ボケている場合か! それでね、○○めきメモ○○○と違う点は、何と言っても普通の学校じゃなくて異世界の魔法学校っていうことなのね。一週間ごとに好きなステータスをあげていく事が出来るんだけど、土日、クインドルガでいう光曜日と闇曜日は、街に出て買い物をしたり、色々なイベントを見たりこなしたりすることが出来る、ここも重要。いわゆるデートは光曜日か闇曜日しか出来ない事になっているから」

「……う、うん」

 今まで、曜日ごとにデートが出来る日があるなどと知らなかったリヴィは、びっくりしながらも頷いた。

 ちなみに本人、今まで光と闇曜日は、農作業ばかりしていた。農園カフェを作りたいという夢を目指して、休みの日は健康的に畑いじりで汗を流していたのである。

「もちろん、光闇曜日にステータスageをしてもいいんだけど。だけど、一ヶ月に一回はその光闇曜日は潰れていくから、この先は」

「え……? 潰れるって、どういうこと?」

「そのまんまの意味よ。月の頭の光曜日と闇曜日はどんな予定もキャンセル。何があっても行かなきゃいけない場所が出来るから」

「えー!! ちょっと待って!? 休みに畑見られないって、どういうこと!?」

「黙れ農民。行き先はダンジョンだ」

「……は?」

 思いも寄らない言葉にリヴィはぽかんと口を開けた。

 メルはけろっとして言った。

「今まで、言っても信じてもらえないだろうから、言わなかったけど。高等部からは、魔族との戦い始まるからね。主に月1のダンジョンで。で、卒業試験とかも、魔族との戦いだから。ステータスageて、ダンジョンで魔族倒して、その吊り橋効果で好みの男子と愛を育む、そしてゆくゆくは、女王か王妃として国を掌握する、そういう夢のようなゲームだから。それで乙女に人気があったのよね」

「……」

 リヴィはまだ黙りこくっている。

「まあ、乙女には人気だけど、男子にはナンダソレって目で見られていたけどね。あまりに女に都合がよすぎるゲームで。だけど、元々少女向けだからそこらへんは関係ないから」

「…………農園は??」

 やっとの思いで、リヴィは、自分の命に次に大事な夢の事について問い直した。

「うん。それ、ミニゲーム」

「へっ!?」

「”がれドル”のおまけのミニゲームで、金策に詰まった時とかに使われるのが、お野菜システムなのよ。好きな野菜を作って売るって、本当はアンシーがやっていたことなんだけど。あとまあ、野菜で料理を作って憧れ男子に配ったり、近所の貧民に配ったりして、好感度や評価を調整するためのシステムなのね。そのミニゲームをなんで、リヴィがやっていて、しかも、評価も気にせず畑に没頭しているのか、私にもよくわかんないんだけど、まあ、ミニゲームとはいえ評価に多少は関係あるんで、やらせておくかと思ったの。体力あってスタイルがいいぶんには、誰も何にも文句はないんだし」

「ミ、ミニゲーム……?」

「そう。シミュレーションRPGの一番関係ないとこのおまけのミニが、お前の本命ならしいけど、そこはこの際、言ってもしょうがないから。これからのメインはステータスageとダンジョン探索と、オステキ男子と愛を育む事になりますんで。まあ、ミニゲームのサ終って訳じゃないから、安心して」

「ちょっと待ってよ」

 さすがにリヴィは食いついた。

「私が今までやってきたことって、ミニゲームなの!? 本編が高等部から始まるってことは知っていたけれど、ダンジョン探索と魔族討伐なんて、聞いてない! ミニゲームで野菜作りしていたのに、ある日突然、月1でダンジョンクエスト!? どうしろっていうのよ!」

「だから、体力あるじゃん」

 頭をぽりぽりかきながら、メルが言った。

「体力ぅ!?」

 当たり前だが、体力が高くなければ、畑いじりは勤まらない。

「それと、学院の講義を真面目に受けて、遊びも出歩きもおしゃべりもほとんどしないでやってきたでしょ。王立学院の勉強以外は、畑いじりに血道をあげて。てか、畑ってバカじゃ管理出来ないよね。魔法調整も、他の手作業の調整も。そのへんの知識と魔法と行動力も、リヴィは今のところ問題ないじゃない」

「あ……はあ……???」

「本来は遊びとデートに費やす光曜日と闇曜日を、幼等部時代から全部ミニゲームの農作業につぎ込んで、結果として、あんたの畑は学院内にまで進出してエライ勢いだし、その上、私がそうさせたんだけど、他に勉強と礼儀作法の特訓以外していないんだから、多分、ぶっつけ本番でも、ダンジョン潜って大丈夫よ。私も、小説書く勉強しながら、魔法とか知識系の特訓してきたから、いわゆる黒魔道士なら何とか出来るかな~? って感じだし。いずれ、魔族はもうすぐそこまで来てるから」

 ぺらぺらとメルは世界観の説明と、自分たちの状況の説明を行った。

 驚いているのはリヴィ一人である。農作業していたから、ダンジョンで魔族倒しても何の問題も無い……? って、異世界ものじゃ、それは普通の事なのか?

 メルがけろっとしているということは、そういうものなんだろうけど。

「魔族はそこまで来てるって、どこに来てるっていうのよ!」

「裏山」

 メルはあっさりと答えた。

「う……?」

「学校の裏山。そのへんは、ゲームの都合で、五月末から開戦なんだけどさー? 学校の裏山にダンジョンが出来て、そこに月1で潜っていくっていう凄い設定なのよがれドルって。まあ、道に迷わないし、目印もしっかりしてるし、使いやすくていいんだけど」

「学校の裏山って……」

「ほら、人間、便利にはかなわないじゃない。もう少し設定凝るよりも、話がとんとん拍子に進む上に、イージーな女性ユーザーが使いやすいように、学校の裏山にしたっぽい」

「なんで魔族は学校の裏山なんかに集う訳?」

「何の集いなのかわからんけども、それは魔族側の事情が色々あるらしい」

 メルは真面目な顔で頷いた。その様子で、冗談を言われている訳でもないらしいと理解して、リヴィはがっくりと肩を落とした。大好きな畑仕事、というか、畑は一回始めたら簡単に投げ出せる事ではないんだが、それが月1とはいえ、完全に予定キャンセルになるのである。畑仕事だって年間目標があるのだし、それを大幅に変更しなければならず、リヴィは今から頭の中で計算を始めていた。

「えっと、この世界のダンジョンって、山の奥とか、森の奥とかだけじゃなく、人間の多く住んでいる都会とかでも、瘴気の濃いところ……ってゲーム内では説明されているんだけど、いわゆるダークな雰囲気で、禍々しい空気の悪いところには、魔族の中でも高位の、いわゆる貴族と呼ばれる連中が先兵を送り込んでくるのよね」

「魔族の……貴族?」

「うん、まあ。ふわっとしか説明されていないんだけどさ。魔族も階級社会らしくて、爵位があるらしい。で、今回、四月頃に学校の裏山に先兵として送り込まれてきたのは、ベルフェって言う魔族の伯爵。伯爵っつっても、まだ卵なんだけど」

「?? 魔族って、卵生なの?」

 リヴィはまたまたびっくりして突っ込んだ。

「どうやらそうらしいのよね……。そういう瘴気の濃いところ? に卵を産み付けたり送り込んだりすると、その卵を守るために、近隣の魔族が、魔人も魔獣も魔物も何もかも、勝手にやってきて集いを開いて、卵の周りにダンジョン作るの。ダンジョンは年を追うごとに深く複雑になっていく仕組み。大抵は地下の方に掘っていくんだけどね。で、卵が孵ると、周囲の魔族達は自動的に伯爵の部下になって、人里や街を襲うと、そういう仕組みになっている」

「は、はあ……。伯爵……」

「大丈夫、リヴィは公爵令嬢だから!!」

「あれ、そういう問題!?」

 そんなことを言ってるメルは男爵令嬢なのだが。

「そういうわけで、私たちも高等部でガンガンレベルアップしていくけれど、伯爵の卵が作るダンジョンも、年ごとに複雑化して難易度が上がっていくのよね。そういうシステム」

「なるほど……」

「で、だから、オステキ男子とのキュンキュン恋愛が必要になってくると」

「ちょっと待て。なんでそうなるの」

 リヴィはもう一度、説明を求めた。

「いくら、リヴィが優秀な農民で、私が押しも押されぬ作家志望だからって、二人だけの力で、ダンジョン攻略出来る訳がないじゃない」

「そりゃそうだ」

「それで、ゲームシステムだと、ノアか五公爵の嫡男か、隠しキャラか、どれかを選んで、攻略する必要があるの」

「……女子じゃダメなの?」

「ダメ」

「どうしてもダメなの?」

「どうしてもっていうなら、アンシーになる。アンシー以外の女子は、基本的に、ダンジョンに近づけない」

 考えてみれば、貴族の令嬢が、いくら魔法の力などを持つとはいえ、魔族の先兵(裏山暮らし)に戦いを挑む必要がない。男子だったら、やはり騎士階級なわけだから、ちょっくら、腕試しにダンジョン潜るかという話にもなるだろうが、それは、王国のナイトとしての業績作りになるだろう。そういうことを、貴族階級のオヒメサマが好き好んでやるはずがない。

「アンシー誘ってもいいの?」

「いいけれど、最終的には、卒業試験はアンシーとガチ勝負なのよ?」

「でもさ……」

「あと、ダンジョン内でのアンシーストームどうするの? 私の魔力じゃ、今のところ、アンシーストームは完全に抑えきる事は出来ないわ。ダンジョンでアンシーの魔力が暴れ出したら、まっしぐらに撤退するしかないわよ」

「そっか、それがあるか」

 リヴィは考え込む顔になった。

「で、攻略対象なわけだから、当然、誘えば誘うほど、恋愛イベントが勃発するの」

「……」

 リヴィは困ったように、メルの書いたノートを見るしかない。

 そこには、リヴィも名前だけは知っている、五公爵家の男子と、その家族のデータが書き込んであった。

 何しろ、乙女ゲームなど、前世では一回もやったことがなかったので。恋愛イベントと言われても、どんなことが始めるのかさっぱり見当もつかないのだ。それで、否とも応とも言えず、黙って呆けたようにメルの方を見るばかり。

 メルはメルで、完全に人ごとの様子でこう言った。

「大丈夫。私のやったゲームは、CERO15。18禁的な内容は全然出てこないから。そりゃ、たま~に、水もしたたるいい男的な画像はあったけど、画像が襲ってきたような事はないんで、全然安全よ。多分。きっと。ううん知らないけどね?」

「……。お前のやったゲームはそうなんだろうけど、メル。あんた冒頭で、このゲームのパソコン版って……」

「うん。R18内容もあったらしいけど、私プレイしてないからわからないって言ったじゃん。大丈夫じゃないの?」

「ちょっと待って。私たち高校生だけど、R18にどうやって出演していたのよ」

「R18版はパラレルなんだってば。王立学院高等部じゃなくて、王立魔術学校に、18歳以上で全員登場するの。ゲームシステムは色々流用しているらしいけど、シナリオもエロゲになってるし、完全別物って考えていいんじゃないかなあ」

「本当に大丈夫?」

「うん、私は」

 メルは全く言い笑顔でそう言い切った。

「……”私は”?」

「憧れの攻略対象をなんとかするのはリヴィとアンシーの役目だもん。私、最初からリヴィのとりまきで関係ないから。リヴィが男たらすならいくらでも協力はするけれど、そこはステータスageに響かない程度にお願いね。お願い聞いてくれなきゃ、どついちゃうぞ☆」

「そっか。メルは大丈夫なんだ。メルが大丈夫なのはわかったけど、私はどういうふうに大丈夫なの?」

「そこはわからない。おまけシナリオもやってないし、R18版もやってないもん。原作オリヴィアの扱いは、傾国の悪女レベルってか、実際そういう振る舞い方が多かったけれど、ゲームの裏で何がどうなっていたかなんてわからない。だけど、原作アメリアの貞操が無事だったことは確か鉄板だから、私は絶対大丈夫!!」

「…………」

「だから安心して。私は協力するから。絶対安全な立場から、リヴィの恋が実るか、リヴィの夢が実るかまで、協力するから大丈夫だからね?」

「何がどう大丈夫なのよ!!」

 リヴィは何だか嫌な予感がしてきた。乙女ゲームやりこみ放題のオタク少女だった倉橋彩芽。彼女がフルコン直前までやりこんだゲームの男子なんだから、それこそ魅力があふれているはず。それなのに、転生したメルは全然、自分が攻略する気はないらしい。それは一体どういう意味なのだろうか。

 実は、ゲーム男子達は凄い問題児達なのではないかと、戦慄したのである。

 そんな、乙女ゲームの専門家がやりこみたくないような男子とR18含めてなんとかしてたらしこめと言われたって、協力すると言われたって、全然嬉しいはずがない。

「それじゃ、とりあえず、攻略対象について説明するけどー?」

「ちょっと待て。その前に、メル、説明してよ。なんであんた、攻略対象を一緒に攻略するとかしないわけ?」

「え……説明しなきゃだめ?」

「当たり前でしょ! ゲーム散々やりこんだあんたが全然攻略したくないってどういうことよ!?」

「んー。ゲームで遊ぶならいいんだけど」

 メルは小首を傾げて言い切った。

「結婚したくないタイプばっかりだから」

「…………」

 リヴィは何度目かに沈黙した。沈没した。どういうことだ。

「ほら、ここって、近代ヨーロッパの貴族を模写した世界っぽいじゃない? そうすると、王立学院の高等部卒業か、大学部卒業と同時に、結婚ってありありなのよね。だけど、ゲームやりこんだからわかるんだけど、ゲーム内で遊ぶんならかっこよくて楽しくてとってもいい感じだけどさあ、結婚するならどうって言われたら、どれも嫌って感じ??」

「何それ……」

「ゲームはあくまでゲームよね。だけど、リヴィには向いてる男がいるかもよ! 頑張れ!!」

 ぐっと、拳を握り込んで、メルはリヴィを励ました。ゲームをフルコン直前までやりこみまくった悪役令嬢小説家(志望)にそこまで言われたリヴィ。全然心はときめきもきらめきもしなかった。はばたきもしなかった。

「あのね、メルっ……!」

「言いたい事はわかるけど、リヴィ、お前等がたらすもんをたらさねーと、ダンジョン攻略出来ないんだ。ダンジョンイベントは強制発生。お前、ギロチンエンドの前に、魔族の餌食になって死ぬか死んだ方がマシの目に遭いたい?」

「いえ全然」

 そこはあっさり、リヴィはそう答えた。なるほど、ゲーム内では素敵な男子達は、リヴィかアンシーしかたらせない(凄い言葉だ)。そしてこの場合、リヴィが男をたらせないと、ダンジョン用のユニットが編成出来ない。ステータスageの鬼であるメルが、それを犠牲にしてでも、男を呼び込ませようとするのはそういうわけか。

 背に腹はかえられないから、リヴィに高等部からは男関係オープンにしろと言う事になったらしい。中等部までは、学校の授業と畑ミニゲームでガンガンステータスageだけさせておいて。

 だけどそんないきなりの方針転換をされたところで、今まで、クラス内でもメルが睨むので男子と話した事もろくすっぽないリヴィ、何をどうすればいいのかわからなかった。皆目見当つかなかった。男子をたらす? どうすればいいのだ?

「水でもぶっかけろっての、たらすって」

「それを言うなら醤油か味噌じゃない?」

「そういう問題!?」

「いや、わかるけどさ。私もちょっとは免疫つけさせればよかったかなって……。てか、私も同じで免疫ない方だしね? 乙女らしいことなんて、ゲームぐらいしかしたことないし」

「メルってどういう男が好みなのよ」

「それは私がお前に聞きたい。リヴィ。とりあえず、攻略対象は、8人いるけれど、一人ぐらいは引っかけろよな?」

「無茶言うな。誰か一人ぐらいいて欲しいけど、ゲームなんて私わからないんだから」

「そうだねー。とりあえず、順番に、ステータスだけノートで説明するから、どれか気になるの教えてよ」

「そんなもん?」

「まあ、何事も、基本情報からだ。ちなみにイラストつけているけれど、私は基本的にマンガイラストしか描けないからね? リアルを求めるなよ」

「……まあ、ここそもそもゲーム内だしね……」

 リヴィはだんだん驚くのにも疲れてきて、メルに言われるがままに、ノートの方をのぞき込んだ。

 すると、そこにはなかなか端正な絵で履歴書のピンナップのようなイラストに描かれた男子がいた。1ページに一人ずつ。

「まずは、ここよね。五公爵家筆頭、水と氷のグラント家の嫡男。ブライアン兄さん」

「……お兄ちゃんが攻略対象になるの?」

「私はプレイしてないけれど、R18版でそういう関係になったリヴィとブライアン兄さんが並んで磔エンディングになるそうだよ。シナリオ次第にそうなるみたい」

「何でそうなるの!?」

「”私はプレイしていないけれど”。私が書いたシナリオでもないんだから、文句言われても困るわよ!」

 とりあえず、ブライアン・グラントの個人情報が、ゲーム内などでさらされそうな程度に書かれている。

 ブライアン・グラント 19歳 

 クインドルガ王立学院大学部 魔法学部魔法法律科

 趣味/心理学本を読むこと、妹を愛でること、グラント家の拡充

 特技/情報収集・根回し・保身

 性格/保守主義・シスコン・意外と硬い

「……え、お兄ちゃんってこんな感じ?」

「意外とね。抜き書きするとそうなるのよ。だけど、ここにシスコンって書いているでしょ。妹からすると、相当甘くてうざいぐらに優しい兄貴のはずよ」

「……そういや、原作オリヴィアの兄なんだっけか……」

 悪役令嬢の兄が、そんなにいい抜き書きになるわけがないと、やっとリヴィは気がついた。

「まあ、クインドルガ王国には、五大公爵家といって、私たちグラント一族が筆頭になる、魔法と権力の結びついた家門があるわけだけどさ。そこの長男に産まれて、アンシーの当て馬であるオリヴィアの兄って役割になると、まあ順当な特徴ではあるわけよ。あと、覚悟決めて欲しいんだけど、ここから先、私たちがノアをたらしていいように、アンシーがブライアン兄さんをたらすことだってあるのよね。そうならないように、とにかくガード固めて、ステータスageて、周りに愛想よく振る舞うのよ?」

「う、うん……まあ、やってみる……」

 大好きな兄まで盗み取られる可能性があると言われ、リヴィは顔面蒼白になってそう言った。

「で、次に、リヴィ向きだと思うのが、この、土のアダムズ家のエドワードなんだけど……」

「うん。名前は知ってる。確か、お兄ちゃんと同い年ぐらいの人だよね。前に、パーティで挨拶ぐらいはあったような……?」

 そうはいっても、公爵令嬢であるリヴィにパーティで挨拶をしてくる人間はやたらに多い。公爵家、侯爵家、伯爵家……などなど、そうでなくても大商人や富豪、有名人なども、公爵家筆頭グラントの威光に引かれてやってくるのだ。生来ぼーっとしている上に、男と話すなと言われていたリヴィは、同じ公爵家のアダムズの事もよくわかっていなかった。

「挨拶ぐらいはいつだってあるでしょうね。お前、男と話しちゃいけないもんだから、すぐ忘れていたんだろう。愛想がいいし礼儀正しい、常識人で、いつもにこにこしていて、怒っているところ見た人が滅多にいないの。そういうタイプで、”土”の家柄だから、植物やら肥料やら森林やら田畑やら、そっちの方にも強いはず。まあ、リヴィの好きそうなタイプじゃない? あんたも、人の事言えない、ブラコンだもんね」

「ブラコンっつーか……まあ……優しい人は好きかな。男女問わず……」

 控えめながらに、リヴィはそう答えた。メルが真っ先に、兄のブライアン以外にあげたキャラクターだ。彼女の目には、リヴィに似合いそうなタイプということなのだろうが、何しろ、メルがさきほど「結婚したくないタイプばっかり」と言い切っている。恋愛すなわち結婚というわけじゃないだろうが、何か重大なオチがあるんじゃないかと警戒したのだ。あと、ブラコンは余計だ。

 そういうわけで、リヴィはメルが示した次のページのイラストのエドワードを見た。

 土と言う家柄のためか、濃いブラウンの髪と目の見るからにおっとりした感じの好青年が描かれている。大学部の黒の制服。

 エドワード・アダムズ

 クインドルガ王立学院大学部農学部生命科学科

 19歳 ブライアンと同期で仲がよい。愛称テッド。

 趣味/土いじり 登山

 特技/土魔法全般超得意 子どもや動物に好かれる 雑学王

 性格/のんびり 優しい

「???」

「何変な顔してるの、リヴィ」

「……メル」

 リヴィは、恐る恐る、メルに尋ねた。

「あの……こういうタイプと、結婚したくないってこと?」

「え、何?」

「土魔法のアダムズ家って、私の知ってる限りじゃ、父親が農林水産省のトップじゃん。金と権力には今のところ困らないわよね? それで、この容姿にこの条件で、お前、どうしても結婚したくないって、どんな隠し味が入っている訳?」

 するとメルはこう言った。

「私と釣り合い取れないから」

「は?」

「あのね、リヴィ」

 メルはゆっくりこう言った。

「こういう、優しいおっとり完璧男性の隣で、私が鬼の形相で、悪役令嬢小説書きまくって、締め切りがー! とか、萌えー!! とか、ライバルに吠えるとかして、家事や育児をおろそかにしていたりしたら、世間は私になんて言うかしら」

「…………あんた、家事や育児をおろそかにする気なの。今から」

「したくないけど、することになるかもしれないじゃん。締め切りに追われた漫画家のネタなんて、山ほど知ってるけどさあ」

「漫画家と悪役令嬢小説家って、同じなの?」

「いや、違うと思うけど。どっちにしろ、私が、悪役令嬢と推し活やっても周りが許してくれる環境じゃなきゃ、嫁に行くのは嫌だわ。独身の方が、なんぼかマシ」

「爽やかに言わないでよ。まあ、小説家でおひとりさま狙いってことなのね……?」

 リヴィは再び、メルに同じ事を聞いてみた。

「それじゃあ、メル。あんたの理想の男性って、どんな感じよ」

「…………?」

 メルはそこで初めて眉間に皺を寄せて考え込んだ。考えて考えて、やがて彼女はこう言った。

「老紳士?」

「老ッ!?」

「まず、金があるのと金稼ぎの能力があることは必須よね。あと、包容力があって、怒らなくて、かまってくれる時には距離感がちょうどよくて、原稿中は放置してくれる程度に自由を認めてくれて、何があってもにこにこ話を聞いてくれて、それでいて、世間様が許してくれるとしたら、よっぽど年上で、持病でコロッと逝きそうな感じの人を私がこう……ねえ……??」

「やめてw」

 思わずリヴィは草を生やして笑ってしまった。そんな都合のいい結婚があるか。なるほどコイツ、一生おひとりさまだ。

「じゃあリヴィ。お前の理想の男性って誰よ。兄以外に」

「へっ?」

「兄以外に」

 今度はリヴィが考え込んだ。ノートを見つめて、ブライアンとテッドのイラストを見比べながら考え込んだ。そのまま、時計の針が進んでいった。一分経っても、二分経っても、反応はなかった。

「ちょっとー、もうすぐ講義始まるわよ?」

 メルがそうせかしてから、リヴィはようやくこう言った。

「……理想の男性……名無しさん?」

 メルはまたしても、ノートを奪い取って、リヴィの頭を殴りつけた。

「言われなくてもわかるでしょうね? 相手は魔族です!!」

あとがきなど
読んでいただきありがとうございます。
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