第27話 ないとなう! とは(20)ライヒ教会の祈り
甲が、ミュラー部隊とファビアン将軍の事件について気がついたのは、割に早かった。甲は、その後、志に窘められて、自分がアスランの切れ方に釣られた事を反省した。
同時に、自分と同じぐらい、アスランがオノゴロ語に精通している事が気にかかった。オノゴロ王国は、テラ大陸から、カイ・ラーの海(地球になおせば太平洋クラスの海)を挟んだ隣の大陸にくっついている島国である。
風精人の貴族が、オノゴロ王国に興味を持っていてはいけないとは言わないが、あそこまですらすらと話せる事には違和感がある。
(しかもあいつ、いきなり人をゴミ間者と……何でいきなり、あんなに切れやがった。元から切れやすい奴には見えるが)
自分と志がオノゴロ語の話者である事は隠した上で、何故、アスランがオノゴロ語を話せるのか調べようと思い、甲は、過去視の出来る式神を用意した。
式神を使う術式は極秘である。
簡単に言うと、触ったものの過去を調べられるサイコメトリが出来る術式を用いて、小鳥そっくりの式神を作り上げ、駐屯基地の宿舎に放った。
式神は、アスランの部屋の辺りに張り込んで、アスランが朝に窓を開けた拍子に部屋の中に飛び込んだ。
「うわっ……なんだ、人なつこい鳥だな」
アスランは、鳥をいきなり追い出そうとはせず、笑いながら見ている。フォンゼルの方がびっくりしているようだ。
しばらく、鳥の正体を疑いもせずに、戯れかかってくるのに自分もからかうようなそぶりを見せていた。最初は渋い顔をしていたフォンゼルも、式神とは気づかず、鳥に、食べかけのパンのくずなどを与えて遊んだ。
しばらくして、鳥--式神は、窓から飛び去った。アスラン達と遊ぶ事によって過去の情報を一部収集して。
甲は、過去視を出来る鳥から、アスラン達の記憶や感情の一部を読み取った。そうして、彼らが今一番気にしている事は、部隊長で先生であるレオニーの立場である事を知った。その強烈な記憶を、自分の脳に入れてしまったのである。
(なるほどな……!)
自分の直接の上官のレオニーが、人前で殴られるよりも恥ずかしい思いをさせられ、脅されている。軍隊であるから、直接の仕返しも出来ない、その怒りとやるせなさもあって、毎日、熱心に訓練に励んでいる時に、ちょっと息抜きしただけで、甲に絡まれた。それで思わずぶち切れてしまったらしい。
「そういうことかよ」
甲は思わず口の中でそう言った。隣で、志が不思議そうにこちらを見ている。
「志、お前が見習っちゃいけない大人の話だ。……ちょっと聞いて見るか?」
こちらにも言い分はあるが、そりゃ悪い事をしたと思わざるを得ない甲だった。
それと同時に、甲は、アスラン達の思考から、もうすぐ魔族が来る事を知った。テオの記憶である。義勇軍が出来たということを知った甲は、そちらにも式神を飛ばすことにした。
猛反発を受けているファビアンについては、放置したいところではあるが……。
ところで、何故に、テオはミトラ教会を選んだのか。
それは、実に単純な理由で、ライヒのミトラ教会も、オアシス近くの竜穴の上に建てられているからである。
ライヒは、オアシスの恩恵に浴するだけではなく、人が集まり、繁栄しやすい竜穴がすぐそばにあったため、古代から栄えてきたのであった。その竜穴を守り、守られてきたのがミトラ教会である。
西方、ライヒを鎮圧した後、正規軍が来たと思って興奮していた魔族達だったが、正規軍にまるで動きがないので、相手を臆病な無能だと考えるようになってきた。正規軍どころかライヒ騎士団も機能していないように見えるのだ。
それならば、役立たずの軍団など無視をして、北方の鍾乳洞と手を組みたかった。
血盟の家のサディーク将軍は流石に勇猛果敢で、その名に恥じない戦いぶりで、魔王軍を苦戦に強いていたのである。
もしもそこが、「日替わりダンジョン」でなければ、鍾乳洞は一週間で落ちていただろうと言われているほどだった。
--日替わりダンジョン。
どういうことかというと、ダンジョンの地形、地図が、一日ごとに変わるのだ。
のゆりが思い出したのは、日本では誰でも知っているゲーム「不思議な××××」であるが、正しくそういう状況なのである。
一日ごとにマップが変わるダンジョンから、毎日のように魔物が溢れて人里を襲うという悪夢に対して、サディーク将軍はよく持ちこたえ、逆にダンジョンを破壊し尽くさない勢いで獅子奮迅の働きを見せているのである。
南方のナジュラ将軍も、サディークに負けていられないとばかりに、順調に神の塔を攻略している。
その状況でのファビアンのへたれ具合なのだが……。
そこで西方魔王軍達が考えたのが、自分たちの押さえ込んだ竜穴から、鍾乳洞の竜穴へ、物資輸送の魔法を使えないかという事だった。
魔王軍の方に、生命体は無理だが、「モノ」だったら自由自在にワープさせられるという魔法がある。
魔王軍が、オアシス都市の近辺で交易商人を頻繁に襲っていた事は既に書いた。そうして得た装備品や食料などを、ワープで一挙に送ろうという訳である。
それを、阻止しているのが、ライヒのミトラ教会の竜穴であった。
ミトラ教会に集うライヒ市民の祈りと信仰の力で、竜穴は清らかなパワーを放ち続けている。それに対して、既に血まみれで魔王軍に落とされたザイデの竜穴のパワーは汚されて、魔王軍に自由自在に使われているのだ。
魔王軍が、穢れたザイデの竜穴の力をもといに、北方に物資輸送させようとしても、目の前のライヒの竜穴の聖なる力が邪魔をする。
それだけではなく、ライヒのミトラ教会の司祭達が、日々、落とされたザイデのために祈りを捧げるために、せっかく、魔に落としたザイデの竜穴も、力が弱まる始末である。
つまり、騎士団達はへたれと断じる事が出来たのだが、ライヒのミトラ教会が、今の魔王軍にとっては目の上のたんこぶなのであった。
健全な信仰は何より強いのかもしれない。
それはさておき、そうなると、どこも考える事は同じで、へたれな騎士団ごと、ライヒのミトラ教会をぶっ壊し、竜穴を奪ってやろうと考えるのは、魔王軍としては当然のことであった。
そのことを、テオ達義勇軍は、偵察隊を放つ事で聞き出して、ミトラ教会にそのまま報告したのである。元から、シュタイン子爵家であるテオとローゼは、ミトラ教会とは接点があった。テオが就職できない事やら、ローゼが結婚を無期延期された事を相談したのもミトラ教会だ。
……ミトラ教会は、ビンデバルド本家とことを構えたくはないが、真面目な信者のために力になりたいとは思った訳だ。
そこにさらに、魔王軍の現在のターゲットが、ビンデバルド本家でも騎士団でもなく、ただ真面目にライヒの市民のために祈りを捧げて尽力している自分たちと聞いて、さすがに黙っていられなくなったのである。
ミトラ教会は、本家には目立たない形で義勇軍と手を組んで、自衛をすることとした。本家が、ライヒ騎士団を動かす気がないことは知っていたため、義勇軍でも何でも、使えるものは使って、教会、ひいては市民を守るつもりである。
滅亡したザイデの市民の鎮魂のために祈っていたらとんだとばっちりを受けてしまった……ぐらいの認識である。
いずれにせよ、前もって動きがわかったことは良かった。ミトラ教会は、知恵のある司祭達が、義勇軍を組織化したリーダーのテオとその姉ローゼと、頭を絞って計画を立てた。
十日足らずで、魔王軍は、ザイデから進軍してきた。
西方の砂漠、乾燥した空気と照りつける光の中。
魔王軍が、ライヒに到着した時、迎え撃ったのは、ライヒ市民の義勇軍とミトラ教会であった。