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桃の木荘のアイドル!


第一章 アイドルゲームでアイドル(卵)爆死


第一話 アイドルとの出会い


 加藤未徠は、悩んでいた。
 加藤未徠かとうみらい、今年の五月で24歳。未徠と書いてミライと読む。何故素直に、未来と名付けなかったのかと、十代の頃、教室で突っ込まれるのが面倒さに親に聞いて見たところ、単純に、画数なのだそうだ。姓名判断で、未徠の方が画数的に良い意味がつくのでそうすればいいと親戚の叔父に勧められ、未徠にしたと。徠は来の俗字であるから、未徠は未来と同じ意味、気にするなと親に言われた。

 しかし、普通の小学生や中学生は、未徠の徠の字やその意味など知らないのである。説明する事の面倒さを訴えると、親ではなくて姉の望美が出てきて、
「未来という名前だったら、普通の日本語で書いていたら、先々の未来のことなのかライちゃんの事なのか、わからない。未徠っていう、普通じゃない字でいいんだよ。未徠って書いただけでライちゃんのことだってすぐわかるからね」
 などと、言われた。
 そこで、未徠は、自分の名前の悪目立ちする事や説明の面倒さについて、家族に不満を訴えるのはやめた。
 同時に、望美のぞみという、普通の日本人が読んだら一回で読める名前を持つ姉に、未徠のライの字の説明をする苦労など、わかるはずもないと思った。
 未徠という名前を持つ苦労は未徠という名前を持つ人間にしか分からないかもしれないとも、思った。

 実に、加藤未徠はそういう性格であった。
 目立ちたくない。
 変わった事はしたくない。
 面倒くさい事は嫌い。
 人に迷惑をかける事は嫌い。
 何事もすんなりと、周りに溶け込めて、どんな意味でも人と摩擦を起こさない人間が好き。
 将来の展望というのは明るければ明るければいいが、トラブルや変わった事は大嫌い。
 人と摩擦を起こしたり、不義理をしたりする事はおっかなくって大嫌い。

 そういう性格であるために、自分の未徠ミライというキラキラネームっぽい名前が苦手であった。
 ただの未来でも、目立つかもしれないし、やたらキラキラしている。その上、俗字を使って未徠では、やたら派手に目立ってすかしているように見える。その上、中学生ぐらいだと、徠の字が読めないので、相手にプチ迷惑をかけることになる。自分の名前の字なのだから、未徠本人が説明するが、そのたびに、「なんで普通の字じゃないの」などと、既に三桁の数は聞かれていた。

 そのまま中学、高校、大学と、プチ迷惑をかけた名前で育った未徠は、現在も、目立つ事が嫌いで悪目立ちはもっと嫌い、明るくて素直な姉の望美は望美という名前だけで得をしていると思い込み、姉に対してひがみっぽいヘタレでチキンな性格に育った。

 その彼にとって、これから行う仕事はとても心理的負担を伴う事であった。出来たらしたくない事でもあった。だが、しなければならない事であった。

 何かと言うと--家賃の取り立て。

 地味で真面目でひがみっぽい性格のまま、高校を出て、大学を出て、色々あって就職浪人をした彼は、大地主であった両親から、不動産を引き継ぎ、とあるアパートの管理人をしていた。
 アパートの名前を、桃の木荘。
 その桃の木荘の二階の端の住人が、三月から五月まで、家賃を滞納しており、六月頭の現在になっても、何の連絡もないのである。
 女の子で学生だとは聞いているが、詳しい事はほとんど聞いていない。親からアパートほか賃貸家屋引き継ぎの際に、変わっているなとは思ったが、他に覚える仕事が山ほどあったため、ついつい後回しにしていたのだ。

 未徠は、ジメジメとした小雨が降る中、布団を取っ払ったこたつテーブルの下に足を突っ込んで座り込み、親から貰った、滞納している女の子の個人情報をにらみ付けて、なけなしの勇気をかき集めていた。

 家賃を滞納している女の子の名前は、森村唯愛もりむらいちか
 唯愛と書いていちかと読むそうだ。同じく、読めない名前の未徠はそこには親近感を覚えた。
 ちなみに今年で17歳になるそうで、女子高生と言うプロフィールである。その上で、一人暮らし。
 一人暮らしの17歳の女の子が、無断で三ヶ月家賃滞納。連絡もなし、見かけた事もほとんどなし。

 そんなところに、これから、アパート管理人として家賃を取り立てに、向かうのだ。
 ちなみに、連絡先の電話番号をかけたみたら不通であった。
 アナウンスの状態からいって、電話料金も滞納していることはわかった。

 女の子が金に困って、一人暮らしでどんな状態でいるのか…………。

 想像を働かせれば働かせるほど、嫌な事しか思い浮かばない。
 どういう子なのかということも、両親や姉望美には聞いていなかったため、ひたすら想像力だけが無駄に回転している。

 そういうのも、女子高生ということなので、それなら学校に相談しようかと思ったが、連絡先の学校の欄が、無記入なのである。どこの高校か、わからないなら連絡のしようもない。
 その上、保証人の連絡先。
 そこには、森村唯愛の親らしい、森村信助という男性の名前が書かれていた。その隣には、携帯の電話番号。早速、電話して見た所、”現在使われておりません”。住所の方に家賃の督促状を送付しても、返信なし。

 無論、女子高生のはずの唯愛の部屋にも督促状は送っているが、まるで反応がない。
 既に四通は送っているはずだった。
 スマホの方も反応がない。言いたい事は録音に入れておいてあるが、返信が来た試しはない。

 反応はないものの、アパートの二階の突き当たり、桃の木荘の201号室には明らかに人がいる。女子高生が住んでいる気配はバッチリある。

 そういうわけで、加藤未徠は悩みに悩みつつも、とにかく、彼女の部屋に向かい、三ヶ月分の家賃を取り立てに行くことにした。

 ちなみに、それだけの決心をするのに優に二時間かかったが、アパートの二階に上がるには五分とかかりはしなかった。
 加藤未徠。
 現在、大地主と言われる身分にありながら、地味で目立つ事が嫌いな上に貧乏性であるため、わざわざ桃の木荘の1階の101号室、六畳二間に一人暮らししているのであった。
 その真上の部屋に住んでいるのが、家賃を三ヶ月分、滞納している女子高生なのである。

 五分後。
 未徠は唯愛の住む201号室の玄関の前に立っていた。
 まずは呼び鈴を鳴らす。鳴らしたところで、返事はなかった。
 既に、六月の夜の七時。大抵の家では夕飯の時刻であろう。

 その時間を狙って来たわけだが、未徠は、予想していた通り、相手が出ないという様子に僅かながらに腹を立てた。
「森村さん!」
 とりあえず、部屋の前で声をかけてみる。
「森村さん! 大家の加藤です……森村さん、いませんか!」

 隣近所には聞こえない程度の声で玄関前で騒いでみたが、予想通りに、返事はない。
 それで、未徠は、右腕で、2~3回、アパートの部屋のドアをノックしてみた。それでも、反応はなかった。

「森村さん! ……仕方ない、入りますよ。大家ですんで。鍵はありますので」
 慎重に、そう説明しながら、桃の木荘の管理人、加藤未徠は、201号室の玄関の鍵をドアノブに差し込んだ。
 勿論、桃の木荘は彼のものなので、鍵も彼のものである。
 鍵はあっさり開いた。

 七月とはいえ、夜の七時。それなのに、部屋は真っ暗だった。

「いないのか……?」
 当てが外れたと思いながらも、未徠は、玄関から部屋に続く廊下に上がり込んだ。いるかいないかわからないが、何が何でも家賃を取り立てるつもりだったので、部屋の真ん中に書き置きでもおいてやろうと思ったのだ。

 真っ暗な密室だった。

 そして暑い。
 やたらに暑い。

 エアコンの回転する音はするが、暗い密室は風通しが悪く、全く空気が動く気配がなく、ちょっとしたサウナ状態だった。

(エアコンが壊れているのか……この東海の真ん中の七月で! 修理しろよ……)

 そう思いながら、手探りで手前の部屋の電気のスイッチを押した。

「う……うぅ……」
 部屋が明るくなると同時に、未徠は目を剥いた。
 そこには、顔色の悪い少女が、フローリングの床に突っ伏して倒れているのである。助けを求めるためであろう、スマホを両手でしっかりと握りこんで。

「森村さん!?」
 先ほどまで真っ暗だった部屋の中。
 サウナ状態の部屋の中。

 若い女性が真っ青な顔で、苦しげに顔を歪めながら呻いている。
 面倒ごとは大の苦手の未徠だったが、同時に彼は、不義理や不人情な事は絶対出来ないという特質を持っていた。

 トラブルだ、と思って逃げたくなったが、ここで、苦しそうな少女一人を置いて逃げてもろくなことにならないと思った。

「森村さん! 大丈夫ですか!?」
 彼は慌てて森村唯愛おかだいちかであろう少女の傍らに駆け寄って、声をかけた。
「どうしたんですか、何かあったんですか!?」

「ぐ……ぅう……」
 どうしたもこうしたも、唯愛は声にならないくぐもった声で呻くばかり。よく見ると、涙ぐんでいる。苦しそうに泣いているようにも見えた。

「どこか苦しいんですか、森村さん」
 すると、森村唯愛は初めて、未徠の言葉に反応した。胸を押さえながら大きく頷いた。
「苦しい……」

「どうしたんですか!」
「ば……」
 唯愛は、めそめそと泣きながら、両手のスマホで胸を押さえてこういった。

「爆死……」

 未徠は知らない。
 森村唯愛が、とあるソーシャルゲームのヘビーユーザーであることを。それも、廃課金プレーヤーであることを。それも、今週、三ヶ月に一回のビッグキャンペーンで復刻版に伝説のアイドルが来ている事を……何も知らないのであった。



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あとがきなど
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