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桃の木荘のアイドル!


第一章 アイドルゲームでアイドル(卵)爆死


第五話 アイドルの生い立ち?


 アイドル。
 森村一愛もりむらいちか
 確かに外見は文句なしに可愛いし、いかにもアイドルだったと思う。

 しかし、それ以外の事は、同じ屋根の下に住んでいながら何も知らない未徠であった。
 いや、スマホのアイドルゲームに廃課金をして、ぶっ倒れるような廃ユーザーだということは知っているのだが。その情報が、今、何の役に立つであろうか。

 加藤未徠かとうみらいは電話口の大治だいちに色々聞いてみたが、大治もはっきりした事はわからないらしい。
 わかるのは、今年の三月の頭に入居したということと、それ以来、一回も家賃を払っていないということぐらいだった。
 後は
「そういえば、彼女、三重県出身だって言っていたけれど、三重県のどこ?」
「さあ、確か……熊野? 熊野市だったと思う」
 大治はやっと、情報らしい情報を言い出した。

「熊野市? 一宮からどれぐらいよ」
「津市から降って松阪市を通り過ぎてずーっと南、三重県の南の端っこで海の方だ。お前の住む一宮から、車で行って三時間前後だ」

「三時間……」
 未徠みらいは最悪、自分の愛車に一愛いちかを乗せて、彼女を実家まで送り届ける事を想像してみたが、実行出来るかはわからなかった。
 それから未徠は、大治に聞けそうな事を聞いてみたが、はかばかしい返事はなかったので、その場は電話を切った。

 その後、未徠は見慣れない病棟に歩いて戻った。
 一愛の寝かされている部屋に入ると、一愛は、ベッドの中に入って何やらもぞもぞ動いていた。
「森村さん? またどこか、具合が悪いんですか?」
「はうっ」
 一愛は妙な声を立てている。
 何だろうと思って近付くと、一愛がスマホを両手で抱え込むようにして持ったまま、病院の毛布にくるまっていることがわかった。

「何やってるの」
「……ガシャ」

 見られたと思ったらしく、一愛はそこは素直に答えた。

「ガ、ガシャ?」
「えへへ……ガシャ引いてました~」

 片腕に点滴の針を突っ込んだまま、一愛は可愛く笑ってごまかそうとしている。
 本当に好きなんだろうとは思ったが、流石にイラッときた未徠は憮然とした顔で言った。
「そういうのはよくないよ。看護師さんに来て貰おうか」
「で、でもゲーム面白いし。ちょっとぐらい、いいじゃないですか。暇だし」

「暇とか言ってる場合じゃないだろう。看護師さんに、森村さんのスマホ預かって貰うよ」

 未徠がそういうと、一愛は慌ててゲームを終了画面にして、枕の隣に置いた。ただし、未徠の立っているベッドの反対側に。

「管理人さん優しいから、そんなことしないよねっ。ねっ?」
「…………」
 無邪気とも言える一愛の態度に未徠は呆れてしまう。
 本当に、一愛は自分の立場を分かっているのだろうか。

 その病室には他にもベッドはいくつかあったが、たまたま、部屋にいるのは一愛だけだった。どうやら、空いている病室をあてがわれたらしい。
 ドアの外は、医師や看護師が引っ切りに往き来する廊下で、ナースステーションも近い。
 微妙なざわめきが聞こえる中、未徠は、一愛の横たわる安物のベッドの隣にビニール張りの丸椅子を引きずってきて置いて、そこに座った。

「何?」
 様子が変だという事に気がついて、一愛は寝たまま恐る恐るというように、未徠の顔を見上げた。

「森村一愛さん」
「う、うん」
「俺も知らなかったけれど、キーフラワーに所属するアイドルっていうことなんだよね?」

「そうだよ」
 一愛はあっさりと頷いた。
 未徠は微妙な緊張を感じた。
 キーフラワーというと、およそ、日本人なら知らない者のいないレベルの芸能事務所である。未徠も、アイドルの事はよくわからないが……それこそ一般人より浅い程度の知識しかないのだが、それでも、昭和、平成を通して日本の芸能シーンを仕切ってきたと言っていい規模の経済力と知名度を誇る事は知っている。

 そのキーフラワーのアイドルだというのなら、何でこんなところで、こんなことになっているのだろう。
 そもそも、森村一愛というアイドルの名前を、未徠は知らない。
 今日まで、てっきり、普通の女子高生の一人暮らしだと思っていたのだった。否、普通は、女子高生は一人暮らしをしないものだが、何か事情があると思っていた。

(その事情って……アイドル……?)
 首を傾げながら、未徠は、一愛にもう一度尋ね直した。

「ご両親に、連絡したいんだけど、電話番号は?」
「両親は死にました!」
 妙な棒読みできっぱりと、一愛はそう言い切った。
「死んだって……いつ」

 一愛は馬鹿正直にも顔をベッドの反対側に背けている。
 何も言わないでいるので、未徠はもう一度聞いて見た。

「ご両親はいつ死んだの」
「去年!」

 去年。
 交通事故にでも遭ったのだろうか? 一愛が16歳というのなら、両親もまだ若いはずだ。だが、去年、交通事故に遭って、一愛が天涯孤独になり、その後アイドル事務所キーフラワーの世話になって、七桁の入居金とともに今年の三月、桃の木荘に入った?
 全体的に不自然で、ツッコミどこ満載の話に聞こえる。

「ご両親が亡くなった後、キーフラワーの事務所に入ったの?」
「あー、はいー……? はい」
 何だか一愛は曖昧な返事の仕方をしている。

「そのこと、キーフラワーの事務所に聞いて見ていい?」
「えっ……あの」
 未徠は早速スマホを取り出すと、電話番号案内にキーフラワーの窓口を聞き出そうとした。

「ま、待って、待って待って!」
「何かまずい?」

「事務所には電話しないで」
「なんで」
「だって、事務所に電話するんだったら、私がガシャ引いて倒れて病院にいることも言っちゃうでしょ」
「そりゃ……言わなきゃならないよね、君まだ未成年だし」
「言わないで!」
「なんで」
「どうしたら言わないでくれる!?」
「いや、言うよ。事務所の人に、君の健康状態とか言わないでいいの?」
「生活態度は言わないで!!」

「そういう訳にも……いかないと思うんだけど……」

 そもそも、両親が亡くなっている話だというのだが、これは一体どういうことなのだ。
 両親が亡くなっている確認の話から、どうしてそうなった。

 一愛はおもむろに、スマホを取り出すと、ゲームの画面を開いた。
 綺麗な茶髪の愛苦しい、誰もが萌えを認めそうな美少女の二次元絵が出てきた。

「こ、この|天羽花月《あもうはづき》ちゃんのトレーディングカード、家に帰ったら一枚あげる。だから、一緒に|花月《はづき》ちゃんに萌えよう?」
「……」
「萌えて、嫌な事は忘れよう! 一愛の両親なんていなかった、一愛は真面目にアイドルしていた! それで忘れよ!?」

「君何がしたいの?」

 ドストレートな未徠のツッコミに、一愛は苦しそうに胸を押さえると毛布の方に埋もれそうになった。

「……森村さん、ご両親と何があったの?」
「私に親なんていなかったんだよ……」
 力ない様子で、一愛はそんなことを言っている。
 16歳といえば、誰もが知る、思春期まっただ中の難しい頃、そういうことかと思った未徠は、一愛を説得して元気づけることにした。

「まあ、高校とか進学とか色々あるよね。親とぶつかり合う事も時には大事だと思う。だけど、やっぱり親は親なんだよ。森村さんの事、心配していると思うよ。高校で一人暮らしまで許してくれて、お金出してくれているんだろう。めったな事やっちゃダメ。森村さんは贅沢だよ」

「ぜ い た くぅ~~????」
 毛布かぶって説教から逃げようとしていた一愛は、毛布から顔を出して起き上がり、未徠の方を睨んだ。

「管理人さんが、私と親の何を知っているんだよ」
 反抗的に言う一愛に未徠はカチンと来て答えた。
「何も知らないけれど、親から貰った家賃でガシャとかね……」
 すると一愛は素早く遮った。
「あれは会社の金。一愛が自分で稼いだんじゃないけど、プロデューサーが出してくれた」
「へ?」

 未徠が、咄嗟に問い直そうとする前に、一愛は未徠に向かってこう言った。

「管理人さん。小学生の時、朝起きたら、親にランドセルをゴミ捨て場に捨てられていた事ある?」
 絶句する未徠に、一愛は畳みかけた。

「家の中で漫画読んでいたら漫画破り捨てられるのは分かるけど、教科書もノートも破り捨てられた事ある?」
「小学校からこの年まで1円も月のお小遣い貰わなかった事ある?」
「学校帰りに家の玄関入った途端、いきなり意味もなく殴られて、日付変わるまで外に放り出されて玄関に鍵かけられた事ある?」
「家中隅々まで掃除していないと怒られて、気分が悪いと夜中の何時にでも叩きおこされて気が済むまで掃除させられた事ある?」
「お小遣いって言ったら、馬券を買いにいかされた時、おつりをくすねる事だけなんだけど、それで破かれた教科書買い直した自分を誉めたいよ」
「そもそも父親を母親が捨ててるんだけど、父親は私を捨てたいって平気で言うんだよね」
「だから私、父に捨てられてあげた訳で、現在、私は親から一円も仕送り貰ってないけど、それで何が贅沢なの?」
「まだまだあるけど、他に何か聞きたい事ある?」

 恐る恐る未徠は挙手した。
「……どうぞ」
 一愛は緊張した面持ちで促した。

「マジ、ですか?」
「マジです」

 --大体そういうことであった。


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あとがきなど
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