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桃の木荘のアイドル!


第一章 アイドルゲームでアイドル(卵)爆死


第六話 アイドルはドジッ娘! 


「もしかして、森村さん……家を飛び出てきていきなりキーフラワーのアイドルに?」
 再び恐る恐る、未徠は一愛にそう尋ねた。
「うん、そうなるんだけど」
 一愛は素直にまた頷いた。

「その状況でどうやって、キーフラワーの名古屋事務所に……? 実家、三重県の熊野市なんだろう?」
 辻褄が合わないので、思わず未徠はそう聞いていた。
「それは流れで」
 一愛はまた曖昧な事を言った。
「流れ?」
「うん……」

 一愛は黙って受け流したかったようだが、未徠もずっと黙っていたため、不承不承話し始めた。

「家の掃除をさせられていたら、500円玉が落ちていたんだよね。本当は父親に渡さなきゃ行けないんだけど、拾っちゃって。でも、バレたらネコババしたって怒られるから、すぐ使ったの」
「500円を?」
 500円拾ったら、掃除をしていたんだから、小遣いに貰っても良かったと思う。だが、そこで、欲しいと言えないような環境だったのだろう。

「うん。スーパーの宝くじ売り場で200円スクラッチに全額」
「宝くじ!」
「そうしたらたまたま、一等の300万円当たったの。あのときは生まれて初めてってぐらい嬉しかった。……それが、他のコが進学する時期だったんだけど、うちは親がお金出してくれないから高校も行けないし、中学校出たら働けって言われていたから、もういいやって思って、そのお金を元手に、名古屋に来てキーフラワーのオーディション受けたら、合格したんで、去年までは女子寮に入っていた」

「なるほど」
 当然、スクラッチの一等に当たったことを、親に教えるほどのバカではあるまい。その関係性では。
 そして恐らく、未徠の父大治が貰った七桁の金とは……それだろうと、思うのだが。
「さっき言った、プロデューサーさんの事とかは?」
「……それは。私がお金を持っているというよりは、信憑性があるだろうし、管理人さんがびびるかと思って……」
 どうやら、それらしい嘘をつこうと思ったらしい。
「すぐバレる嘘をつくもんじゃないよ」
 未徠は思わずため息をついていた。それから尋ねた。

「どうして、女子寮を出てきたんだ」
「……そこは人間……人間関係色々あって」

 未徠は苦笑いをした。ここまで話したところで、一愛のキャラはある程度、分かったと思う。
 至って素直で無邪気だが、素っ頓狂で危なっかしい。彼女の事を苦手とする人間は多そうだ。それで、女子寮にいづらくて、3月に名古屋市の寮から一宮市の桃の木荘に引っ越してきたということらしい。

「大体話はわかったけれど、森村さん」
 未徠は椅子に座る膝をそろえなおして聞いて見た。
「家賃を三ヶ月滞納しているんだけど……」
「聞きたくない!!」

 そう叫ぶと、一愛はまた、毛布の中に潜り込んでしまった。

「いや、そこは聞いて欲しいんだけど、森村さん。家賃を払ってもらわないと、アパートから出て行って貰うことになるんだけど」
「管理人さんの鬼!」
 未徠がそう言いかけただけで、一愛はさえぎって叫んでしまう。
 毛布の中に入っていても、未徠の声は届いているらしい。

「そんなことを言われても……これはアパートの規約なんで、例外はないんですよ。今月中になんとか、払って貰わないと」
「そんなお金があったら!」

「あったら?」

「ご飯食べてるよ!!」
 続いて一愛はそう叫んだ。
 あまりに意外な言葉に、未徠はまたびっくりしてしまう。

「……ご飯?」
「ご飯食べるお金もないのに、家賃だなんて払える訳ないじゃない!」

 しばらく未徠は状況が整理出来ずに沈黙したが、思い切って一愛に聞いて見た。
「ご飯食べられないのに、なんでガシャは出来たんですか」
 変な敬語になる未徠。
「ネトゲの課金とリアルマネーは別なんです。スマホの中にあらかじめお金振り込んでいて、そのお金は使えたの」
「はあ」
「むしろ、お腹が減って辛かったから、花月ちゃんへの愛で乗り切ろうと思って、花月ちゃんの顔を見ていれば紛れると思って、必死にガシャ引いたのに……うぅ……」
 一愛はまた、めそめそと泣き始めた。

 純粋に、ネトゲに廃課金して自爆して辛いのだろうが、その熱情がまるでわからない未徠には、若い女の子が三日間絶食して腹を減らして泣いているようにしか見えなかった。

「どうしても欲しかったのに、花月ちゃんのSSレアカード!」

「いや、そんなことより、栄養を取りなさいよ。若いのにそんな生活していたら、体に悪いよ」

「花月ちゃん~~!」

 未徠からのまともなツッコミを無視するように、一愛はゲームのアイドルの名を呼んでシクシク泣いている。
 未徠はしばらく考え込んで、自分がジーンズのポケットから、財布を取り出した。
 一愛はそれにも気づかず、またしてもスマホをひっつかみ、ゲームの花月の顔を見て何かブツブツ言っている。

「森村さん。これ」
 未徠は、一愛の方に、財布から取り出した新一万円札を差し出した。

「はい? 何、これ」
「次の機会まで貸すよ。……病院から帰ってくるには、タクシーを使う距離だし。ご飯ぐらい、普通に食べた方がいいよ」
 自分の事を迂闊だとも思わずに、未徠は一愛に金を与えていた。

 一愛は愕然として声も出ないようだった。
 ぴったりと泣き止んで、こわごわというように未徠の方を見ている。

「じゃ、これ置いていくね。俺、アパートの仕事、まだあるから帰らなきゃ。ご飯食べて、ゆっくり病院から帰っておいで」
 ベッドに寝転がったまま動かない一愛の枕元に、万札を一枚置いて、未徠は彼女の病室を後にした。
 そのときは未徠は、何も悪い事をしていないと思った。むしろ善行を積んだぐらいの気持ちでいた。まだまだ彼も二十代前半、人の事を言えるほど、世間を知ってる訳でも甘ちゃんじゃない訳でもなかったのである。


 そして、一時間後--。
 桃の木荘の102号室。101号室の未徠の隣の部屋である。
「バッッッッッカだなあお前は!!」
 未徠はそこで、102号室の住人から思いっきり罵声を浴びていた。

「そんな一万円、戻ってくる訳ないだろう。また踏み倒されるぞ! そんな育ちの悪そうな子に、なんで金を与えるなんてしたんだよ!!」
 罵声の主は、|秋葉《あきば》|謙史郎《けんしろう》。
 三十歳手前の司法浪人の男性である。
 長めの黒髪を後ろでハーフアップにしており、鉄板の銀縁眼鏡をかけている。服装はチェックのシャツにジーンズというよりジーパン。顔色が悪く、細身だが、結構筋肉はありそうだ。

 大学時代から実家から独立して、桃の木荘に住んでおり、ずっと司法試験の勉強を続けているらしい。
 同じく、大学時代から実家に分けてもらって、桃の木荘に住んでいる未徠とは隣同士の古なじみである。
 謙史郎の方が先住者であるぐらいだ。

「そんなにダメ……でした?」
 思わず敬語になりながら、未徠は謙史郎の意見を聞いてみた。
 謙史郎は思わずため息をつきながら、自分の考えを説明した。

「そもそも、三月に入居して、七月の今月まで一回も家賃を払ってないんだろう、その子? その間の金の使い道が、ソシャゲでガシャのための課金で、メシも喰わずにゲームをする勢い。それ、依存症だろう」
「依存症?」
「これがパチンコとかだったらわかりやすいが、女の子でソーシャルゲームだから目立たないんだろうな。本人も気づいていないだろうし、周りもまさかそうだとは思わない……。だけど、加藤さん、もしも相手が家賃も払わず、三日間飲まず食わずでパチンコしていたと言うんだったら、一万円貸したか?」

「貸さない」
 未徠は即答していた。
 そりゃそうだ。パチンカスに金を貸したら、色々と恐い事になりそうだ。

「そのパチンコが、アイドルゲームになっただけ! そんな重篤な”金の病”に十代から罹患している女子に、金を与えてどうするんだ!」

「ど、どうするって……」

「間違いなく金は戻ってこないだろうし、それこそな、明日からはその子、色仕掛けを使ってでも、お前をゆすってたかって、金を搾り取ろうとするに決まってるぞ!」

「そんな……」
 未徠は一愛の事を思い出して呻いた。
 確かに、同じアパートの住人だが、ろくすっぽ話した事もなかった。
 すれ違えば挨拶ぐらいはしたことがあるかもしれないが、よく覚えてはいない。
 
「未徠もびっくりするような、アイドル顔の美少女なんだろう。もしかしたら、面倒くさい犯罪にもう巻き込まれているかもしれない」
 謙史郎は嫌な事を言い出した。
「どうすればいいですか?」
 これでも弁護士を目指している司法浪人に、未徠は下手に出て聞いて見た。

「法的武装をして、追い出せ」
「法的武装……」
 呆気に取られる未徠。何だか物凄い事になりそうだ。
 

 

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あとがきなど
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