今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-
第一章 幽霊少女は英雄を救う
第十三話 ないとなう! とは(1)
ラーエルとしばらく語らった後、エリーゼは二階の自室に戻った。
帝都シュルナウの苹果林にあるアンハルト家の別邸は、エリーゼが想像していたよりもかなり広く、彼女の居住空間だけでもかなりのスペースがある。
二階には、エリーゼの寝室の他に、居間と客間と、ウォーキングクローゼット、それに洗面所や風呂なども、彼女用が設備されている。
エリーゼはその自分用の居間に戻ると、白い机の手前の猫足の椅子に座り、机の上でノートと筆記用具を広げた。
(お養父様の帰りが遅い……お養母様もこれじゃ心配よ)
エリーゼは考えあぐねて、羽根ペンを持った。
(これはもしかしたら、私のまだ読んでいない ないとなう! の事件に関係あるのかもしれない。ないとなう! の25巻はラブコメだったけれど、それは気休めで、26巻からミステリーとか陰謀とか始まってるのかも。……だとしたら、情報がないんだから、考えるだけ無駄かもしれないけれど、ここまでのないとなう! の伏線を整理してみよう)
エリーゼは、ないとなう! の思い出せる重要な事柄を次々にノートに書き付け始めた。
(無駄かもしれないけれど、お養父様は、私のせいで巻き込まれたんだから、私も出来る事はしないと……。25巻までで起こっている出来事を整理して、アスラン様の暗殺事件の手がかりを、探すのよ。そうすれば、お養父様に有益な情報やヒントを教える事が出来るわ。アスラン様を卑劣な暗殺から守って、お養父様のお仕事の手伝いが出来るかもしれない……)
自分でも無駄になるかもしれないと思いながら、いてもたってもいられず、エリーゼは次々に、知ってる限りのないとなう! の情報をノートに書き、整理していった。
義理とはいえ、父親のため……そして、どれぐらい力になれるかわからないが、救国の英雄アスランを、暗殺者から守るため、引きこもりの15歳なりに動き始めたのだった。
まず、エリーゼが友原のゆりという女子中学生であった時代。
今時の中学生のご多分に漏れず、漫画や動画やゲームは、楽しい物だったら何でも好きだった。その中でも、影響を与えたのが、MMORPG”アルティメットファンタジー”のコアなユーザーだった兄、友原龍一の存在である。
十歳年の離れた兄は、子供の頃からゲームが趣味で、日本初のオンラインRPGとなる、アルティメットファンタジーが開始されると同時にアカウントを登録した一人だった。当時、兄は高校生で、MMORPGにうさんくさそうな視線を投げ、反対した両親と話し合い、期末テストで全科目90点以上取ったらアカウントを取ってもよいと言われたそうだ。そのときのゆりは小学校に上がるか上がらないかの年齢であるから、詳細はよく覚えてない。
そして兄はやり遂げた。高校の期末テストで全科目100点近い成績を取り、堂々と、両親の協力を得て自分のPCとアルティメットファンタジーのアカウントを手に入れたのである。
そういうわけであるから、元々ゲーム好きな上に、兄はアルティメットファンタジーに強い思い入れを持っていた。平日だけでなく、土日も、MMOの世界に入り浸りながら、高校を卒業し、大学に入学して卒業、社会人になってからも、アルティメットファンタジーは休みの日にプレイしていた。
兄は他にもツーリングやスキーなどの趣味を持っていたが、アルティメットファンタジーで出来た仲間と出かける事も結構あった。
アルティメットファンタジーのユーザーには有名人も多く、ネット文化の中で次々とネタとして消費されていく。そちらの方にも敏感で、兄はそういうネタがまとまった動画や、同人誌の方にも手を出していた。大ヒットしたMMORPGであるアルティメットファンタジーは、メディア展開もされており、小説化、漫画化も早かったが、一部がアニメ化された事もあった。そのほか、有名同人作家の何人もが、巨大同人イベントで作品を発表したりもしていた。
兄は、余裕があれば、夏や冬のその巨大イベントに出かけて、アルティメットファンタジーの同人誌を全て買い込んでいたらしい。
その兄なのだが、十歳年下の妹であるのゆりが、成長するに従って、どうやってコミュニケーションを取ればいいか悩んだらしい……今、考えて見るとそうである。
七歳年上の姉、のばらは、薬科大学の勉強の合間に、家事を教えたり、少女漫画や少女小説を貸し借りしたり、たまに一緒に洋服を買いに街に出かけたりなど出来たが、兄はそうはいかなかったようなのだ。
だが、のゆりは、姉ののばらだけではなく、兄の龍一にも甘えたい気持ちが強かった。
それで、休日にはよく、兄の部屋に”突撃”して、寝ているところを叩き起こしてみたり悪戯してちょっかい出したりしていたのである。
兄の方も、妹のその行動は、かまって欲しいだけだろうとは察したが、のばらのように上手に接する事が出来なかったため、自分の大好きなアルティメットファンタジーを紹介したのである。
華やかなネタ動画を見せてみたり、自分が有名NMをソロで倒すところを見せたり。
そうすると、元が動画やネタに敏感なのゆりはたちまち、アルティメットファンタジーにはまった。兄が、公式から漫画化された書籍を与えると夢中になって読んだ。
そして当然、両親にMMOのアカウントを買ってくれと頼んだりしたが、女子中学生にはまだ早いと却下された。兄のように、成績優秀になるからと言ってみても、高校生になってからにしなさい、防犯のためにスマホは持たせているけれど、ネットは中学生にはまだ早いと言われてしまった。
高校生になって、兄と同じ条件で良い成績を取ったら、アカウントを買ってあげると言う話になったのである。
のゆりはがっかりした。
そして、兄に愚痴を言った。兄は、のゆりの味方をしたそうだったが、のゆりの成績が低下することなどを両親が気にしている事は知っていたので、両親のやり方に反対はしなかった。実際、のゆりは素直で無邪気な性質だが、屈託もなければこらえ性もなく、あんまりネットに向いている性格ではないと思ったのである。
それで、自分の気に入りの同人誌を数冊、貸してやり、彼女をなだめて慰めたのだった。
それが、アルティメットファンタジーの同人界の有名どころを総なめしているような良作ばかりで、その中でも、のゆりが気に入ったのが、”ないとなう!”……つまり、”ないとなう!”は、「コンビニで買える同人誌」だったのである。
コンビニにまで販路を広げた有名同人作家の名前は”善哉(zennzai)”。
職業年齢性別全てが不明。個人情報に関するガードが非常に固い作家なことで有名である。
イベントに現れる事も滅多になく、著名なイベントでサークルスペースを仕切っているのは”善哉”の弟であると言う話だった。
その善哉は、ネット上のおけるネタの応酬や消費に非常に敏感で、アルティメットファンタジーの有名なネタも素早く上手に自作の中に取り入れ、綺麗に昇華出来る事で有名だった。
自分なりのアルティメットファンタジーへの独特な解釈や、世界観はあるのだが、それとネット上のネタを融合させる事によって、大勢の読者を獲得したのである。勿論、たゆまぬ努力や研鑽の見られる画力や、絵に対する研究もあってこそだったが。
善哉は、アルティメットファンタジーを本当にこよなく愛しており、面白そうなネタや美味しそうなネタにはすかさず食いついている貪欲な作家であった。
そのためか、龍一がのゆりに貸した善哉の同人誌には、1冊ほどいかがわしい薄い本が混ざっており、そこでのゆりはボーイズラブという単語を覚えた……。
無論、龍一は間違って貸したのである。
のゆりが龍一に、善哉のこういう本は他にないのと無防備にも無邪気にもそういうことを言い、龍一は二度とその手の本は貸さなかったのであった。BLに偏見があるわけではないという建前はあるものの、実妹がその道の達者になるのは嫌だったらしい。
のゆりはのゆりで、兄からBLという世界を知るという希有な経験をしたものの、当然、同人誌の通販の仕方やそういうサイトへの出入りの仕方は教えて貰えないという憂き目にあったのであった。
--何はともあれ、仲の良いきょうだいであった。