今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-
第一章 幽霊少女は英雄を救う
第二話 幽霊少女と転生事情
「おねーちゃーん、おなかすいたー。ごはんー」
「も~、のゆりは、しょうがないなあ。手伝いなさいよねー」
前世。
エリーゼの前世、友原のゆりは、友原製薬というその名の通りの製薬会社の社長の家庭に生まれた。
十歳年上の兄が一人、七歳年上の姉が一人。
父親が社長で、母親はその秘書役をしており、二人三脚で脇目も振らず会社を経営し続け、日本ではそこそこ名の知れた規模まで稼業を大きくし、そのことを、口には出さないが自慢に思っている様子が子どもにもわかった。
会社を自分たちで大きくして栄え、子どもは三人も恵まれ、兄はすでに同業の他社で修行を始め三十歳前には友原製薬に戻る予定だった。姉は薬科大学で優秀な成績をおさめている。将来はその道の研究者になるのだとか。
そんなことを気にしない、みそっかすの三番目は至って他愛ない無邪気な性格で、まだ14歳か15歳、海のものとも山のものともつかぬが、兄や姉のように「親へのサポート」にこだわらなくてもいいから、元気に育て、夢をかなえて幸せになれと言われていた。
本当に、ふとした事からネット炎上が起こるまでは、順調だったし、絵に描いたように幸せな家族だった。
のゆりはまだ中学生で、ネットなどには興味がないから、最初に何があったのかはリアルタイムでは見ていない。
両親と兄はいつも遅くまで働いていて、同じ家庭なのにすれ違う事も多く、のゆりは中学生になった頃から、もっぱら姉に夕飯や弁当を作ってもらっていた。その手伝いをした。
姉も、薬科大学での勉強は忙しかったのだろうが、出来た性格だったのだろう。両親や兄が必死に働いている事を理解し、妹の面倒ぐらいはみてくれたのだった。
のゆりも姉の事は好きだったから”言われれば”家事を手伝っていた。
のゆりは中学校の成績は中の上で、部活はぎりぎりの陸上部……何がぎりぎりと言って、廃部寸前の人数しかいないという意味でぎりぎりだ。彼女本人も行ったり行かなかったり。
そんなことより、学校帰りに塾に通ったり、ファーストフード店で友達と話し込んだり、人気のテレビや動画に夢中になったりと、本当に、野放し状態だった。一生懸命に何かに打ち込むというような事はなかったが、そのかわり、本当に、中学生らしい中学生だったともいえる。学校の勉強や部活よりも、友達と遊ぶ事の方が楽しかったのだ。
その生活が一変したのは、受験勉強をそろそろ本気にしなきゃならない、進路を確定しなきゃならない……という、大事な頃合いだった。
友原製薬が、さらされて、炎上を起こした。
理由は……偽薬。
インチキのニセ薬を販売しているという罪業で、友原製薬はある日突然、狂ったように叩かれ始めたのだった。
それは、友原製薬が開発したダイエットサプリの一つで、ネット通販などで大々的に展開していた商品だった。
最初は、痩せないというクレームがついたので、手順通りに返金したと、のゆりは姉から聞いている。
ところが、そこで客はおさまらなかった。
返金してもらっただけではすまない、誠意が足りないとこじらしはじめた。
友原製薬の方はクレーム担当係が、丁寧な謝罪を入れて、対応したのだが、それでも客は納得しなかった。
匿名掲示板にスレッドを立て、全面的に友原製薬と戦うと、人を集め始めたのである。
一体何が、そのクレーマーの気に障ったのかはわからない。どのように時間を捻出したのか、消費者センターにもどこにでも電話を入れ、薬局にも友原製薬の薬品があるなら買いに行かないと不買運動を起こし、一気にトラブルを膨れ上がらせ爆発させたのだった。
元は、「痩せない」ダイエットサプリ一つである。
のゆりが気がついたのはずいぶん遅くになってからだった。
のゆりは高校受験を控えた中学生ということで、家族全員が、教えないように気を遣い、両親と兄姉で話し合いながら対応していたらしい。だが、友原製薬の薬を買ってはならないと、リアルの人間たちも噂し始めるようになり、のゆりを見る周囲の目も変わり始めたのだ。
元から友達と遊ぶのが大好きなのゆりは、そういう視線に敏感だった。素直で無邪気な性格も相まって、自分を避け始めた友達を追いかけ、どうしたの、と聞いた。
中学生である。相手の少女は、「友原製薬の薬を買ったら、病気になるってみんな言ってるよ」とバカ正直に教えてくれた。何があったのか、それで知ったも同然である。
のゆりは、自分のスマホでインターネットをエゴサーチし始め、社長である両親がネット上でつるし上げを受け、人を人とも思わないようないわれようをしているのを目撃してしまった……。
そこからは、受験勉強どころではなかった。のゆりは、連日連夜、家族と友原製薬のネット上の炎上と噂を終了し、睡眠もろくにとれないありさまとなった。
そうなれば、当然、すぐ上の姉が気がつく。ぼんやりしていて挙動不審の妹を問い詰めた。悩んでいたのゆりだったが、信頼している姉には逆らえず、素直に答えた。
「うちの会社、大丈夫なの。ネット見ちゃった」
それを聞いた時の姉の表情は、忘れられない。そのときから、言うんじゃなかった……とは思ったが、それならどうすればいいのだろう。
自分が、両親の大きくした会社が、つぶれるかつぶれないかの瀬戸際であることを、知っていることを、伝えればよかったのか、伝えなければよかったのか。
姉も、ひどい言われようだった。なまじ、東京で偏差値の高い薬科大学で、才媛と呼ばれていたため、中学生の娘が目にしてはいけない単語の羅列をぶつけられていた。具体的に言うと、本当は姉はバカだという話である。常識的な薬品の化学式もとけない。それなのに成績がいいのは、教授をたらしこんでいるからだ。入学した方法だって、体で取ったに決まってる。その内容を、日本語外国語問わず、女性には決してぶつけてはいけない言葉で表現されている。
それを、妹ののゆりが見てしまったのだ。
姉は、それを察知したのだろう……本当に、絶望と悲しみの表情でのゆりを見て、そのままふらふらと立ち上がり、自分の部屋に入ってしまった……。
姉がその状態ならば、兄はどうであったか。両親はどうであったか。
誰でも見られるネットを利用して、そうして人を貶め炎上ではしゃぐ人間たちは何を考えているのか。
中学三年生ののゆりには、わからないことだらけだった。
それがきっかけだったのか、どうかわからない。姉は心が折れたようだった。
家庭を運営していた、しっかり者の姉の心が折れて、部屋に引きこもり気味になった(最低限の単位は取るように工夫していたらしいが、大学を休みがちになっていった)のを皮切りに、坂道を転げ落ちるように、友原家は転落していった。
次々に起こったトラブルや、戦いのほとんどを、のゆりは記憶している。
十五歳の娘が、ネットの最前線に立たされているも同然の状況が、続くほどの酷さだったのだ。
「お姉ちゃん! ご飯!」
「も~のゆりは食いしん坊だな、ほら、今ご飯作るから、一緒に手伝いなさい!」
そんな会話がいつだったか、夢うつつのように何度も思い出していた。
どれだけ忙しくても、土曜の夜だけは家族で一緒にご飯を食べるというルールもあった。
そのルールが消えたも同然となったのが、いつだったかは覚えていない。
のゆりは自分が何でネットで叩かれているのかわからなかった。
友原製薬の社長の娘というだけで、姉が叩かれなければ自分が叩かれた。自分が叩かれなければ、姉が叩かれた。不思議な構図が続いていた。
まるで、心が折れて、半病人になった姉と自分を争わせようとしているかのようだった。
そんなことが出来る訳がない。
のゆりが叩かれる理由は、ほぼ捏造--というよりも100%捏造だった。のゆりは、ヤンキー漫画に出てくる悪役レディースのような救いのないキャラクターにされていて、そのありえないのゆり像と、炎上の民は戦っていた。
そんな状況で、のゆりは高校受験を受けた。
当たり前だが、第一志望校には成績が届かなかった。第二志望の公立高校には受かったが、その情報がどこから漏れたのか、今度はその公立高校がネットで袋だたきにあった。
公立高校は、友原のゆりに手を差し伸べた。いいから、来なさい。高校は、出なさい。ここにあなたの活路がある。そう言ってくれた。
のゆりは号泣した。姉も泣いた。兄は部屋で泣いた。
そのとき、両親はどう思ったのだろうか……。
両親の考えた事が、先見の明であったのか、どうかはわからない。しかし、うち続くネット炎上で、両親は疲れ切っていたのだろう。
どれほどの心労があったのか、のゆりにはわからなかった。ただ、兄と両親が、ある日曜に、何故か客間でずっと話し合っていた事を覚えている。
そのときに、聞き耳を立てて印象に残った言葉がある。
「裏切られたら……」
「誰だって、裏切りなんてしたくないんだ、本当は……」
のゆりは転生してから、貴族のハルデンブルグ伯爵家の陰にこもった人間関係を見ていて、両親と兄の言っていた意味を少しだけ推察出来るようになった。公立高校は今、味方をしてくれているが、ネット炎上をここまでこじらしてしまったら、「大勢の生徒のために」「のゆりを切るかもわからない」……。だが、高校は三年間いなければならないのである。公立高校が裏切った時、のゆりの行き場はどこになるのか?? ……それは暗に、友原家の社会の居場所について暗示している。
公立高校は「今は」本気で、のゆりをかばい、三年間みっちり勉強させて、社会に送り出す気である。そうして見返してやれと言ってくれている、そういう人でも、裏切らなければならない時が来るかもしれないのだ。
そこまで、考えてしまうほど、ネット炎上はややこしかったし。
そこまで、思い悩んでしまうほど、両親は病んでいた。追い詰められていた。
そして出した結論は、両親が、潔白の遺書をしたためて、子どもを連れて、世間からおいとますることであった。
次の土曜、両親は、のゆりが好きな寿司を取ってくれた。
「お姉ちゃん、ご飯」
のゆりが言う。
「ほらのゆり、お寿司の皿を並べなさい」
姉、のばらが答える。
最後の晩餐。みんなで明るく楽しく過ごした。
そして日曜日に、両親は、嫌みなのか、ネットで調べた自殺サイトを利用し、その手順に従って、ガス自殺を行った。
一家心中。
苦しかった。
身も心も苦しかった。
のゆりは苦しんで死んだ。死にゆく脳内で、やはり、ちょっとは考えた。
(高校に、行ってみたかったなあ……)、と。