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ないとなう! とは(11)悲しみのローゼ

 なれなれしい振る舞いをしても、全く自分になびく様子もなければろくすっぽ返事もしないローゼの様子で、ようやく、「全く相手にされていない」事に気づいたドミニクは、彼の知能にふさわしい事を行った。

 要するに、ローゼに敗北を認めさせるために、「女のくせに」「お前もただの女だと思い知らせてやる!」という意味での実力行使に及んだのである。深夜、カテキョの帰りに早足で夜道を急いでいる女性に……。

 当然、ローゼは体力はないものの魔法で抵抗した。大学首席卒業はダテじゃない。それで酷い騒ぎになった。
 ローゼが珍しく大声を立てて騒ぎ、魔法を連発し始めたので、人が集まってくる。それをドミニクは「ビンデバルドに逆らうか!」とさらに大声で、手下に追い払わせてしまった。
 それで、目撃者達は大急ぎで、子爵家のテオの方に知らせに来た。
 騒ぎを聞きつけたテオは、ドミニクが相変わらず男だらけで徒党を組んで、姉の衣服を引き剥ごうとしているところに遭遇。女一人に複数かよというツッコミも入るというものだ。
 テオは完全に頭に血が上ってしまい、姉の体に手をかけようとしたドミニクの顔面に鉄拳を三回ほどぶちこんで鼻血を噴いた彼の股間にサッカーボールキックを入れてしまったのであった。

 古い言葉だが、”嫁入り前の娘”には、決してあってはいけない事件であった。

 それが、テオが貴族学院を卒業する、十五歳の時の話である。
 結果として言うと、彼は既に、ライヒの士官学校に進学が決定していたのだが、それを、ゴミのような言い分で反故にされた。彼はどこにも士官出来なくされた。ライヒのどこの職場にもドミニク・フォン・ビンデバルドの根回しにより、勤められなくさせられた。

 進学も出来なければ就職も出来ない。
 両親は既になくなっている。
 子爵家を支えるのは、家庭教師をしている姉の細腕一本。

 テオは健康体の男子で十六歳と半。

「……というわけなんで、ライヒのまともな職場で勤められないならさ、ライヒ以外の出身の人なら俺を雇ってもらえるかと思って……」
「………………」

 アスラン達は思わずお互いに顔を見合わせた。健康な貴族の男の子が、なんで道端で人相見をしているのかと思ったら、そういう理由だったらしい。

「あ、今の話は全部本当のことだよ。売り込みのための嘘じゃない。嘘じゃないということは、今の話、ライヒの誰かに聞いて見て? みんな、噂して知っているから」
 テオは冷めたコーヒーをすすりながら、全く暗くない様子でそう言った。


「噂になっているって、それじゃ」
 やっとのことでレオニーは口を利いた。
「お姉さんの縁談は……」

「潰れた」
 テオは即答した。そのあと、付け加えた。
「潰れたんだと、思う。それと同じ状況。具体的に言うと、結婚式が無期限延期」

「なんだ、それは」
 アスランは酷く怒った表情を、テオに向けた。フォンゼルも不機嫌そうだ。リュウだけが泰然自若としている。だがリュウも、ローゼに同情しているだろうことは、アスラン達にはわかっていた。

「マグヌスが、会いに来てくれないんだよ。ローゼのところに。ほら、俺がこういう状況じゃん。マグヌスも、ドミニクに何かされているんだと思う。……多分ね」
 明るい口調でお手上げの仕草をしてみせるテオ。

「それでさ、俺の事雇ってくれるか、なんだけど」
「急には無理よ。一応、聞いてはみるけれど……君、凄い能力だね」
 勢い込んで言うテオに、レオニーは、困ったようにそう答えるしかなかった。
 帝都から来た正規軍であるレオニー達が、現地でテオを雇うといったって、前例がないわけじゃないだろうが、事情が複雑過ぎる。テオは騎士にさせてくれるか、その足がかりだけでも作ってくれたら嬉しい、一生かかっても礼をすると言っているが、制度的にそれはかなり無理があるだろう。
 ただの雑役のアルバイトぐらいなら何とかなるかもしれないが、彼がなりたいのは父の跡継ぎである騎士なのだ。

「ごめん、無理言った? でも……」
 頭がいいとはいえ、まだ十六歳の少年は、一瞬、悲しそうな表情を見せた。
 そこで、レオニーは、さすがにこれ以上突き落とすようなことは言えなかった。
「考えておくわ。何か方法があるかもしれない」

 リュウが心配そうな目配せをレオニーにしていることに、アスランは気がついた。アスランは、自分だったらすぐにもテオを雇っているところだが、そんな権限は自分にはない。貴族とはいえ、次男で、現在はただの「騎士」レベルでは、何も出来ないと同じだった。
……歯がゆかった。

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あとがきなど
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