ないとなう! とは(17)志登場
話をないとなう! に戻す。この時点でないとなう! は7巻。まだまだ前半である。
8巻冒頭は、甲が志から報告を受けるシーンで始まる。
ライヒでも屈指のカフェ”サミレフ”で、変身を解いて少年の姿になった志に、昼飯を食べさせながら、ドミニクやファビアンの様子を聞くのだ。そして、ファビアンが連日、本家に入り浸って、女の話ばかりしているという報告を受ける。
「そりゃ、盛り上がらない訳だな……」
甲は、正規軍が来ても、いまいち反応が鈍いライヒ市民の心中を思いながらそう言った。
「そうかもね。……あ、兄貴。このデーツのマフィン美味しいよ。食べてみて」
「ああ、うん」
ちなみに、人混みの多いランチタイムに、何故二人が大声でファビアンや本家の話を出来るのかというと、二人が話しているのがオノゴロ語だからである。作中では、まだ、事情は解明されていないが、甲と志はその名の通り漢字圏と縁があるらしく、オノゴロ語を標準語のように話せるのだ。
西部でオノゴロ語を話せる人間はいない。周囲の客達は、外国人の旅行客がデーツのスイーツに舌鼓を打っているのだと思い、誰に相手にしていない。
有名なカフェなので、店内はほどよく騒がしく、常人や地獣人の姿も、甲達以外にも見かけられた。甲の狙いはそこである。……目立ちたくないのだ。
所がそのとき、店内に現れた青年二人を見て、甲は軽く驚いた。
目立つ目立たないの問題で言えば、彼はよく目立つ。風精人にしては修行のためによく日焼けした肌、蒼穹を思わせる明るい双眸、華やかな銀髪に正規軍の軍服。軍服を着ていると着痩せしているが、相当に鍛えた筋肉を持っていると一目でわかる体の動き。
連れの黒髪に碧眼の男も、アスランには負けるが上品で華麗な貴族のオーラを発している。
--あいつ、正規軍の男だったのか?
甲は、先日、アスランとリュウの二人がかりで、ぼてくり回され、自爆まがいの攻撃を取らされたことを思い出した。
甲は、それだけでも面白くなかったが、正規軍、即ち、皇帝の六衛府の軍がわざわざライヒまで来て何をやっているのかという当然の怒りを覚えた。
こんなところでメシを喰っている場合なのか。今は昼飯時ではあるが。
ところが、そんな甲のことなどわからないものだから、店の係の人間が、激しい修行の合間に、腹を満たしに来たアスランとフォンゼルを、甲と志の斜め向かいの席に通したのである。当然、二人の会話は聞こえてくる。
アスランとフォンゼルは、連日のハードな修行に疲弊して息が詰まってきたため、気分転換に食事の場所を変えたのだった。宿舎にも食堂はあるが、それ以外の場所でメシを喰おうと。それで、修行に関する愚痴の一言二言を言ってしまう。
そこでブチっといったのが甲である。民を守る仕事もろくすっぽしないで女にうつつを抜かしている将軍の下、訓練にも文句ばっかりかよ。
「正規軍の連中がこんなところに飯食いに来てるがあいつらって無駄飯食らいだよな」
甲は流暢なオノゴロ語でそう言った。
志はきょとんとしているが、近くに正規軍の軍服の男二人がいたし、実際に、ファビアンの行状は知っているので、何も言わずに頷いた。
「本当に、仕事もしないで税金で飯を喰ってるなんていいご身分だぜ。というかいいゴミ。何でライヒの市民が正規軍を追い出さないのか俺には疑問だな。身を挺して、国民を守る気もないんだろう。そうでなきゃ、今のライヒ市民に見せる顔なんてあるわけない」
なんとまあ陰湿な事に本人に聞こえる声で、しかし相手にわかるわけがない(だろう)オノゴロ語で、言う事を言ってしまったのであった。志はやはりきょとんとしているが、義兄とアスランの間に何かあったことを察知し、向こうのテーブルと義兄の顔を見比べている。
そのとき、アスランが、甲の方を振り返って起ち上がり、と寄ってきたので、志はびっくりした。甲の方は自分の言っている事がわかる訳がないと思って余裕である。
「どういう意味だ」
アスランは、やはり流暢なオノゴロ語でそう言った。
「もう一回言って見ろ。ゴミ間者」
アスランは生粋の神聖バハムートの人間に見えるが、母はオノゴロ王国の出身で、家庭内で暗号としてオノゴロ語を使用していた。当然、甲の目論見は外れたのである。
(なんでオノゴロ語話せるんですかーッ!?)
甲はポーカーフェイスを気取ったが、本当にそう思った。
一方、フォンゼルは、アスランが訳のわからん外国人にいきなり外国語で絡み始めたので、士官学校時代の悪夢再びと、慌てて彼を止めようと駆け寄ってくる。
「仕事もしないで無駄飯ぐらいと言ったな。それでお前は何の仕事してるんだよ。泥棒風情が」
確かに甲は、皇女アルマのために盗みと言える事をしている。だがそれは、全て、帝国、ひいては人類を魔族から守るためなのだ。そのために、泥をかぶって……泥棒しているわけだ。
「盗んだ金でよくもメシが食える上に、子どもを食わせていけるな。プライドないのかゴミ野郎」
続いてアスランはそう言った。彼も痛いところを突かれているが、相手が、オノゴロ語を話せないだろうと思って聞こえるように聞こえないように言ったというその行動に頭にきていた。それに、泥棒が少年を連れてメシを食わせているというのも、彼の認識だと美しい事ではない。
「……言ったな」
甲は、志が勧めたデーツのマフィンをつついていたフォークを皿に置いて立ち上がった。
「表に出ろ!!」
「望むところだ!!」
甲の挑発にアスランはあっさり乗った。
アスランと甲は、店に迷惑をかけないように早足で店の表玄関から出て行った。
無論、店員達は二人の勢いに、目を白黒させている。フォンゼルは慌てて、店員達にチップを掴ませてアスランの後を追いかけた。続いて志が、スイーツを慌てて飲み込んで義兄の後を追いかけた。