ないとなう! とは(18)甲VSアスラン
ライヒの表通りに”サミレフ”はある。ちなみに”宵の楽しみ”と言う意味である。
昼時も混み合うが、夜半はもっと混み合い、大小のパーティが開かれているらしい。
それはさておき。
その広い敷地を持つサミレフに面する表通りは、エリーゼの住んでいたデレリンならばちょっとした広場のような幅を持っている。
その幅広い道が、ライヒの正門からオアシスの周辺を1/3ほど巡り、ビンデバルド本家の邸宅まで続いている。
表通りにはバザーを広げている商人や一般人もおり、テントや屋台さえ見かけられた。
魔王軍が間近に迫っているというのにこの緊張感のなさ。それは、ビンデバルド本家のシュテファニーが女王としての自覚を持ってない事も、ライヒ騎士団が機能していない事も意味している。その現状を見て、アルマの私兵である甲は苛々していた訳である。
その両脇に色とりどりのバザーが広がっていたとしても十分に馬車やヴィークルがすれ違えるほどの広さがある、表通り。
アスランと甲は正面から向かい合って立ち、手持ちの武器を両手に握りしめた。
どちらから言い出した訳でもない。
そのいけ好かない顔に武器を叩きこみたいという気持ちだけが共通点だ。
「今度はパパは連れてこなくていいのか?」
「……パパ?」
さらに甲が挑発を行ったが、アスランには意味が通じなかった。
「前に俺と戦った時は強くて優しい青龍人のパパがいただろう。あいつのおかげで、俺は滅多にないとんずらをするハメになった。お前は何も仕事してなかったんだよ、クソガキ」
どうやら甲の言っているパパとは、リュウの事であるらしい。その言い方は、アスランだけではなく、リュウの事も傷つけているように彼は感じた。
「……ぶっ飛ばしてやる!!」
アスランは低く唸るように言った。
「望むところだ」
今度は甲がそう返した。
そのとき、アスランが握りしめていたのは、正規軍のロングソード。
甲の方は普段とかわらないクナイ二刀流である。
二人は呼吸を整えながら再びにらみ合った。
アスランは正規軍のロングソードを構えていたが、甲にも見かけない妙な持ち方で構えていた。何が妙と感じたのかはわからない。
甲の方は、二刀流を最も素早く正確に動かせる態勢を取っていることは、アスランにもわかった。
呼吸。
一回。
……二回。
……三回。
呼吸を三つ、精神を研ぎ澄ませるだけの時間。
全く同時に、甲とアスランは抜刀し、お互いに飛びかかった。
その速度。
その回避力。
防御力--攻撃力!!
刹那の幻影のようにほとばしる甲のクナイ、二段攻撃。
左手からの一閃が目くらましの役割も果たしながらアスランの急所に狙いを定め切り裂こうとする。
続いて、利き手である右手による凸の一打。
その、甲が暗殺任務では確実に息の根を止めてきた二段攻撃を、アスランがマウロアの闇で跳ね返した。
幻影、目くらましの意味をなす左のクナイを、マウロアの暗黒の力が鈍らせる。突如、体が重くなり、凄まじい眠気が襲いかかってきた。
一瞬、鈍ったクナイの防御をくぐり抜けるアスランの剣の閃き。
ロングソードがアスランの心臓を狙う右のクナイを弾き、そのまま聖騎士の光属性の軌跡を描く。--描こうとする。
だが、忍びは眠り、毒、麻痺などの耐性が普通ではなかった。自分の、敵を確実に貫通してきたクナイの凸が弾かれたと思った瞬間、いきなり身をひねって回避。そのまま、必殺の一撃ではないものの、左手でアスランのこめかみを遮二無二クナイで殴った。
そのほぼ同時に、甲の肩から胸にかけてアスランのロングソードが切り裂いていた。--ように見えるが、正確にはミトラの光の乱撃が、甲の体を弾き飛ばしたのだ。
闇属性と光属性の同時攻撃は未だ出来ない。だが、ほぼ無感覚で放つ事にアスランは成功した。
普通の騎士相手だったら、最初の光の剣で仕留めていたところだったが、甲は皇女の忍び。状態異常に対する異常な耐性が、戦闘を長引かせた。それだけでも大したものだ。
どちらにせよ。
無防備なこめかみをしたたかに殴られたアスランも。
至近距離から光の魔法に殴打された甲も。
その場にひっくり返って昏倒。
両者、戦闘不能となった。
時間にして一、二分。本当に、あっという間に、果たし合いは終わった。
愕然としたのは、ついてきたフォンゼルと、志である。止めようとする事も出来なかったのだった。
「兄貴! 大丈夫!?」
驚いて、珍しく地面に倒れ伏している兄に取りすがるのは志だ。義弟であるので、義兄がどれだけ強いかは知っている。義兄の多段攻撃を破った相手など初めて見た。
「アスラン!」
そのとき、正規軍の軍服を着ていたため、宿舎に連絡が行ったらしく、リュウが駆けつけてきた。
リュウも瞠目してしまう。
「アスラン……一人でやったのか?」
以前、二人がかりでも取り押さえられなかった忍びを、アスラン一人でダブルKOまで持ち込んだのか。
一度戦った相手なので知っているが、甲は戦うとなったら、手を抜くような事はせず、隙を作ることもないだろう。その甲をアスランが。
頭から血を流して失神しているアスランを見ながら、リュウは驚き呆れ、それでも、息子のような存在の成長を喜んだ。確実に、アスランは強くなっている。
「兄貴! 兄貴、しっかりしてよ!!」
そのとき、志が、必死に甲を介抱して起こそうとしているのがリュウの目に入った。リュウは、志を見るのは初めてだったが、その様子だけで関係性はある程度わかったので、甲を担いで宿舎に来るように言った。
自分はアスランのぐったりした体を抱き上げて。
「来なさい。手当をしてあげよう。……フォンゼル、白魔法は使えるな?」
完全に戦闘不能となると、白魔法だけで即座の回復は出来ない。一回、体を十分に休ませて、専門の白魔道士や僧侶に見せる必要があるのが、ないとなう! での常識である。
志は素直についてきた。