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ISEKI

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今星
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短編

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BL

今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-


第一章 幽霊少女は英雄を救う


第十話 どこにでもある花による死


 夜が明けた。
 冬の冷たく暗い空が、東側から徐々に白み始める。
 帝都シュルナウの東側は、海である。
 ベネディクタ・テラ大陸と、シャン・リーミン大陸の間に広がる、大海原の名は、カイ・ラー。

 そのカイ・ラーの、シュルナウ近海に、魔大戦中、離れ小島が隆起した。
 その突如生まれた離島が、魔族に占拠され、魔大戦の戦況を一気に覆した事、そして最終決戦がその島である事を知らぬ者は、神聖バハムート帝国にはいないだろう。

 離島の名を、荒野エーデ島。

 その名の通り、最初は生命の息吹の感じられない、まるっきりの荒れ地だったのだ。

 そして現在も--魔族の瘴気を浴びた土地は、むき出しの地面と岩石しか見られない。その離島に、陽の光が差し込む。

 清らかな黄金の光が、カイ・ラーの海原を東から照らし出し、徐々に、徐々に--暗く冷たい大気を暖め、海を、島を、砂浜を、そして帝都を明るく照らしていった。
 カイ・ラーの海から吹き上げる潮風も、夜半の頃の荒れ狂う、身を切るような冷気を和らげ、朝の清新な優しさを取り戻したようだった。

 その偉大な日輪の光は、帝城に明るさを与え、帝城の中の弾正台にも差し込んだ。
 明るく清らかな陽光。

 それに導かれたように、弾正台の役人達は、テキパキと朝の仕事を開始した。夜の間も休みなくひっきりなしに動いていた役人達は、朝の五時で、交代となり、出勤してきた当番と申し送りをかわした。

 その不運な役人も、自分の与えられた仕事に頭を痛めつつも、夜半の間「何も変わった事はなかった」と言われたので、そのまま、持ち場に回り込み、重要参考人の顔を見てやろうと思ったのだった。

 不運な役人の、不運な役割--。
 祝賀会における、英雄アスランを暗殺未遂にした、下手人の厨房長ジャン・マイヤーの見張りと護衛である。
 彼は今日も、ハインツが出勤してきたら厳重な取り調べを受けるだろうし、その前に体調の確認などをしておきたかったのだ。

「おい、起きてるか」
 ぞんざいにそんな声をかけつつ、不運な役人は、取調室の隣の、寝泊まりぐらいは出来るだろう広さの個室のドアの窓をのぞき込んだ。
 ドアの窓は、人の顔が丸見えになる程度の大きさで、中の様子はよく見えた。

 そして彼は、潰れたカエルのような悲鳴を上げた。

 次の瞬間、制服の中から鍵を取りだし、がちゃがちゃと大きな音を立てながら、ドアの鍵を開けて中に飛び込んだ。

「……し、死んでる!」

 暗殺未遂の犯人と目されていた、ジャン・マイヤー。
 彼は、喉をかきむしっているような姿勢で、白目を剥いて、ベッドの隣に倒れていた。床に、天上を仰ぐ格好で、相当苦しんだらしい酷い形相で、死んでいるようにしか見えなかった。

 不運な役人は、死体を前にして、臆病な悲鳴を立てたものの、すぐにその手を取って脈を取り、色々と観察し、彼が本当に死んでいる事を確認した。
 頭がぐらぐらしてきた。頭が痛いとは思っていたが、いきなり、これはないだろう……。


 何はともあれ、不運な役人は、報告に走った。
 ちょうどそのとき、取調室への廊下の角を曲がって、ハインツが現れた。
 ハインツも、朝五時に合わせて出勤してきたのである。
 とにかく、ジャン・マイヤーの知っている事を全て白状させることが先決だったし、事件の背景を一刻も早く把握したかったのだ。
 それで、出てきた途端に、真っ青になった顔見知りの役人が、大慌てでバタバタと自分の方に駆け寄ってきたのだから、驚いた。

「何だ?」
「死んでます」

 慌てた役人は省略しすぎた単語を、いきなり、ハインツにぶつけてしまった。
 一瞬、キョトンとしたハインツだったが、すぐに額と眉に皺を寄せ、役人の顔を凝視して言った。

「冷静に答えろ。それは、ジャン・マイヤーか?」
「はい、その、彼です」
 努めて冷静になろうとし、額の脂汗をしきりに拭いながら、不運な役人はこたえた。

「……しまった!」
 誰だってそう思うだろう。ハインツは、思った事をそのまま口にした。
 あるいは、もう少し言い方を変えれば、「しくった」と言う人間もいるかもしれない。だが、ハインツはそう言って、足早に、ジャン・マイヤーに与えられた監房の方へと急いだ。
 走り出しそうな勢いだった。

 そうして彼は、死臭のする部屋の中に入っていった。
 ジャン・マイヤーは、相変わらず、天上を仰いで倒れていた。体は随分硬くなっているようだった。

 ハインツは、ジャン・マイヤーの死体の方に近づいていき、その隣にひざまずき、脈や呼吸を確認して、自ら、彼が本当に死んでいる事を確認した。そして、今度は口の中で呟いた。

「畜生」
 周りに誰もいなかったから言える事だった。
 アンハルト侯爵の彼には、常に、色々な意味での品性が求められる。

 そうこうしているうちに、不運な役人が出くわす相手出くわす相手に騒いだのだろう、ジャン・マイヤーの死体を見に、次々と役人達が現れた。

「アンハルト殿、ジャン・マイヤーは……」
 恐る恐る、別の役人が、ハインツに声をかけた。他にも数人の若い役人達がどやどやと、監房に詰めかけている。
「口止めだろうな。確実に殺されている。恐らく、毒だ」

「毒?」
「毒に詳しい者を呼べ!」
 ハインツが命じると、監房に詰めかけてきた若い役人達は、ワラワラと、医者と、毒物の専門家を呼びに走って行った。

 弾正台には常に何人かの医者が詰め所にいるようになっている。その医者が駆けつけてきて、死体を調べた。その結果、毒はすぐに判定された。

 コンバラトキシン。
 鈴蘭の毒である。
 死因は心臓麻痺と診断された。

 その報告を受けたハインツは、あんまりなことに、自分も軽い目眩を感じた。
 コンバラトキシンは鈴蘭の全草からとれる毒だ。そして、神聖バハムートのシュルナウ地方で、鈴蘭ほど、人間に近い位置にいる花はそうそうなかった。
 それこそ、公園にでも道端にでも、どこにでも生えている花なのだ。
 それで、子どもが誤飲して、病院に運び込まれる事故は、鈴蘭の花期だったら毎年のようにある。
 裏を返せば、子どもでも簡単に手に入れられる毒なのだ。その毒を使われたとなったら、逆に、犯人の割り出しが難しい。

 シュルナウ地方で鈴蘭に毒があることを知らない者は、滅多にいないだろう。

「どうします……?」
 医者の報告を一緒に聞いていた、役人達がハインツの顔を見ながら尋ねてくる。

「そうだな。とりあえず、ジャン・マイヤーがどうして鈴蘭の毒を体内に入れたのか、確認しろ。後は、私の方からジグマリンゲン卿に報告する」


 その頃。
 美夜シェーンナハト館では、アスランは既に起きて、書斎の机で伝書鳩と向き合っていた。
 鳩、と呼ばれているが、実際の鳥類の鳩よりは大分小柄である。そしてその正体は、現代日本で言うなら、単四電池ほどの小型のジェムに、魔力を打ち込み、命令を与えて飛ばしたものである。
 ジェムは、鳩などのわかりやすい生命体に変身して、超光速で空を飛び、命令された情報を相手方に渡す。
 インターネットがないアストライアにおいての、電子メールのような役割を果たしている。

 鳩に見える小型の鳥を手に止まらせて、アスランは、パスワードを小声で呟いた。
 もちろん、書斎の中には彼以外には人はいない。

 その「鳩」は、母マリカの使う伝書鳩だと、一目でわかったのである。それで、マリカと自分だけの知っているパスワードを、誰もいない書斎で鳩にささやいた。

 途端に鳩は変身し、一通の女文字の手紙がそこに現れた。
 手紙はかなりの長文だった。

 マリカに、メールを送ったのは夕べの事。早速、彼女は、次男のために、長男の様子をはっきり詳しく書いてよこしたのだった。

 ジグマリンゲン宗家の長兄、レナートス・ナタニエル・フォン・ジグマリンゲン。通称ルネ。
 彼は、アスランが暗殺される時刻も、生真面目で勤勉な彼らしく、執務室で書類を見ていたという。

 そして、アスランの暗殺未遂の報告を受けると真っ青になって硬直したということである。その後、執務室から出て自分の部屋に引きこもり、一時間弱、出てこなかった。部屋から出てきた後も、しんどそうだったが、気付けがわりにワインを一杯だけ飲んで、執務に当たったということである。生来、病弱だが、真面目で、弱音を吐かない彼らしいといえば彼らしい。アスランの事はひどく気にしているようで、マリカにも、父ウィンフリートにも弟の様子を何回か聞き、シュルナウの屋敷の警備の様子も聞きたがっているということであった。



……怜人(レナートスのこと)はあなたの命の無事を心配し、祈っています、私もですよ、飛鳥(アスラン)……

 母マリカは、手紙をそう締めくくっていた。
 アスランは、彼女の手紙がオノゴロ島の漢字とひらがなで書かれているのを見て、しばらく考え込んだ。
 テラ大陸の神聖バハムート帝国と、シャン大陸に近いオノゴロ島、オノゴロ王国の国交は、三十年ほど前に開かれた。国交が開かれると同時に、留学生が交換され、その際に神聖バハムート帝国にオノゴロ王国を代表して到来した学生が、マリカだったという。そしてバハムートの貴族であるウィンフリートと出会い結婚。
 ウィンフリートは当時、帝都シュルナウの海軍士官学校に在学中だった。
 当然、マリカは、ジグマリンゲン宗家の嫁が勤まる程度に優秀な女性で、彼女は、アスランとの書簡を交換する際には、「バハムート人には読めない」漢字と仮名文字を使う。恐らく、レナートスともそうだろう。
 親子の些細な話題であっても、漢字などで書き記す。

 それは、当然ながら、貴族の会話や記録は、機密扱いである方がいいに決まっているからだ。
 まして彼女は、外国から来た嫁であり、二人の男子に恵まれたとしても、地位は不安定な時代が長かった。かぎまわられたくない事はたくさんある。それで、マリカは夫と息子達には母国の言葉と文字を教え、それを、半ば暗号がわりに使っていたのであった。

 マリカは、オノゴロの文字を使いながらも、包み隠さず、レナートスの様子を自分に教えてくれているのだろう。だが、……。
(父上はどう思ってらっしゃるか……)
 アスランはジグマリンゲン当主であるウィンフリートの心中を慮った。だが、彼は、マリカに息子と連絡を取る自由を許している。と、言うことは、ジグマリンゲンの本拠地ノイゼンはまだまだ安全ということだろう。
 そう読み取って、アスランは、母への返信をどうしようか迷っていたのである。

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あとがきなど
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