今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-
第一章 幽霊少女は英雄を救う
第九話 兄弟さまざま
同時刻の帝城--。
もう、日付も変わる頃合いだが、皇女宮に灯る灯りは、消える気配もなかった。
同じ帝城の中で、魔大戦の英雄の暗殺が、未遂とはいえ実行されたのである。それに対して不安がるのは、皇女達だけではない。
むしろ、皇女達に仕え、彼女達を守る、侍女や護衛達が、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなり、姫君達が何事もなく無事に過ごせるようにと、警備を固め、夜勤の侍女の数を増やしたのである。警備兵や護衛の諜者も。
皇女アルマース・リーンの私兵甲・シュヴァルツもまた、弟の志ユキを伴い、皇女宮に残っていた。
アスランとリュウは先に城から帰っていったが、甲は姫君達を守るために残り、志はその兄を心配して、皇女宮までついてきてしまったのだった。
常人の兄に対して、地獣人の弟。
当然ながら、血は繋がっていない。だが、甲と志は実の兄弟以上に仲が良いと評判だったし、実際にそうであった。
甲は自分たちアルマの私兵に与えられた控え室に義弟を連れてきて、一緒に熱いコーヒーを飲んでいた。
気を利かせた侍女達が、アスラン暗殺の余波で皇女宮の守りを固めた、兵士達に飲み物を振る舞ってくれたのである。
「ああ、ありがとうよ」
顔見知りの侍女が愛想を振りまきながら、渡してくれたマグカップを受け取りながら、甲は自分も愛想のよい笑顔を浮かべた。
志の方はブラックコーヒーではなく甘いカフェオレを受け取り、喜びが自然にその狼の尻尾に出て、元気よくぶんぶん振っている。
「でも兄貴、いいの? 俺。こんなふうに、もらっちゃって」
「ああ。お前は、ギルドに登録している冒険者だろう。日頃から、成績がいいから、さっき俺が手続きを取っておいた。当分、城で俺と一緒に護衛の仕事をしろ」
「えー!」
いきなりの話に志ユキはびっくりする。
「勝手に決めないでよ! 俺にだって予定があるのに」
「何の予定だ?」
「……」
ざっくりと甲が聞き返すと、志は返答に困ってしまった。冒険者ギルドの本部に張り出される、様々な依頼を自分でこなして、仕事でよい成績を残し、冒険者としてランクアップするのが、志日頃の目標である。
志は現在、SSランクの冒険者だが、もう一つ上、SSSランクの冒険者になれば、帝城にフリーパスで出入り出来る権利が得られる。
現在、神聖バハムート帝国には、SSSランクの冒険者は一人しかいない。
リュウ--劉俊杰。彼だけなのだ。
大貴族ジグマリンゲンの次男アスラン、アルマの私兵である義兄、仲間で冒険者の大先輩にあたるリュウ、彼らは帝城に自由に出入り出来るので、志は自分も登りたいと思い、日々張り切って冒険者ギルドの仕事をこなしていた。
「その、ギルドの仕事に俺が、当分、皇女宮の護衛をして欲しいという依頼を出して、お前を指名した。お前は憧れの帝城の仕事を、当分出来るんだ。喜べ」
「え? えーっと……? ???」
義兄は実に彼らしく、義弟を煙に巻いてしまった。
実際問題、アスランが城の中で狙われたのだ。
意外と帝城の警備は薄いと思われ、何事も迫害されがちな双子の姫と皇太子が賊に襲撃される可能性はある。
そうはさせないためにも、甲は信用出来る戦力を増やしたかったのだ。
SSランク冒険者とはいえ、それは志の18歳という若さと素直さに関しての評価が裏目に出ているだけのことで、実力は申し分ないと義兄は思い込んでいる。
「まあとりあえず、アスラン暗殺計画の犯人が割り出されて、仕留められるまでは、不穏な状況は続くだろう。その間、アルマ様や、姫達の安全と平和を確保するのが俺たちの役目だ。真面目にやってくれ、志」
「それはいいけど……」
やはりまだ、何か釈然としない表情の志は、侍女が運んできてくれたカフェオレを一口飲もうとして、あまりの熱さに顔をしかめた。
「熱ッ!」
思わずちろりと舌を出してしまう。狼耳をひくつかせながら、カフェオレの湯気をかいで惜しそうにカフェオレを見る志はなんとも言えず可愛らしい。
「お前、狼なのに猫舌なんだよな~」
おかしそうに笑いながら、甲は自分が真っ黒な苦いコーヒーを飲み、一息ついた。
恐らく今夜は、徹夜で警備する事になるだろう。
本当に、これ以上帝城では、何事もなければよいのだが--。
ジグマリンゲン邸。深夜。
最早、使用人達の誰もが寝静まった時刻。
恐らく、忠実なホフマンでさえも、自室のベッドに入って昏々と眠りについているだろう。
諜者のヴェーバーぐらいは、ひっそりと夜の闇の中で、仕事をこなしているかもしれないが……。
アスランは、その時間に、一人、美夜館を出て、敷地内の庭をゆっくりと歩いていた。
それこそ、暗殺未遂があったその日の深夜の事である。普通だったら考えられない、危険な行動だった。
だが、アスランには、自分がそうそうたやすく殺されてはやらない自信があった。
別に、賊をおびき寄せようという魂胆などがあるわけではないが--。
それでも、自分は、死なない。殺されない。
そういう不敵な確信が常にアスランにはある。
だが、その彼の表情は、いつになく厳しい。光溢れる蒼穹を思わせる双眸には暗い陰りが宿り、雪の積もった煉瓦の道を歩きながら、アスランは夜の庭園を巡った。
帝都シュルナウの一月の夜。
冷たい夜気にさらされながら、アスランは、ともまわりもつけずに一人で雪の玉砂利を踏んでいた。ジグマリンゲン邸の庭は、北方の雄のそれらしく、広いだけではなくよく整備され、トネリコやニオイヒバ、松の大木などが植えられている。広い芝生の真ん中には巨大なウエディングケーキのような噴水が設置され、その周辺の花壇には冬の花が咲き乱れていた。
シュルナウの他の貴族が見れば、異国情緒があふれる庭である。それは、庭の木々の間に、山桜や椿が点在していることだろう。
紅白の椿は今が時期で、みずみずしい香りを放ちながら咲き誇っている。その木々を抜けて、アスランは、彼らしくない無表情で夜の中を歩いていた。
暗殺直後の身で、夜中に庭を歩くなど、常識なら考えられないのだろうが、彼は今、一人になって考えを整理したい気持ちだった。
自分が暗殺されかかった件。
本人に心当たりは、いくつかあった。
今日、仲間と無邪気に話していた時には見せない表情で、アスランは、その心当たりを一つ一つ、頭の中でピックアップしては様々な角度から考え直していた。
正直な事を言ってしまえば、アスランは、自分が貴族の中”では”異端視されていることを知っていた。近衛府に同期の仲間は何人かいるものの、彼は、新興の冒険者達と仲がよい事や、その冒険者達が組みたがる、大商人や目の付け所が違う発明家などと、妙に馬が合う事が、強みであると同時に諸刃の剣である自覚があった。
そして、貴族は貴族なのである。自分の既得権益を守りたい伝統ある貴族にとっては、自分のような変わり種が、どういう存在であるかは、知っている。少なくともそのつもりである。
(ノイゼンを飛び出てきたのが八年前……ちょっとやり過ぎたかな?)
さすがに、魔族以外の貴族に命を狙われる段階となると、彼のような陽気な人間も険しい顔になることがあるようだ。
無論、皇帝の政敵、ビンデバルド宗家の事は最初に気がついていた。証拠がないのでなんともいえないが、皇帝の三人の娘と魔王決戦で勝利したのだから、彼は明らかに皇帝派の人間とみられている事だろう。
だが、そのビンデバルド宗家に、即座にジグマリンゲンのコネを使って反撃に出なかったのには理由がある。
アスランは、冬枯れの山桜の木の前に進み出て、そこで足を止めた。
山桜--彼の母、マリカの母国オノゴロ王国の花。
この庭がなぜに、東洋の匂いがするのかといえば、マリカの趣味であるとしかいえない。そして、マリカが産んだ子どもは二人いた。ジグマリンゲン家の長男は別にいる。つまり、そういうことだった。
(ルネ。兄上……)
アスランは軽く唇をかみしめる。
北方の雄、ノイゼン港を本拠地とするジグマリンゲン宗家の次男が、何故帝都シュルナウに一人住まいをしているのかというと、理由は簡単である。
嫡男である長男レナートスの最大のライバルが、次男アスランだったからだ。
それは考えたくない可能性ではあるが、考えたくないから考えないでいいという事にはならない。
アスランが、真っ先に疑ったのは、十代の自分と本気で家督を争い、家臣団を真っ二つに引き裂いた兄の事であった。その話は屋敷の執事にさえいえないし、親友のリュウにもいえなかった。彼は、どうやって、レナートスへの信頼を取り戻していいのか、考えていた。
考えるとして、疑惑を兄にぶつけることでも戦うことでもなかった。
”どうすればレナートスを信頼出来るか”を、考えた。
未だ咲かない山桜の木を見上げ、アスランは、同じ腹から生まれた兄の見えない目の事を、考えていた……。