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今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-


第一章 幽霊少女は英雄を救う


第二十話 友達の逆鱗 5


「炎よ、燃えさかれ!」 
 その刹那、アスランはやはり光速で叫び、氷の攻撃を繰り返すリュウに、”灼熱の炎バーニングブレイズ”をぶつけた。
 氷の龍に対して炎の龍が絡みつく。炎が氷を溶かす。さらにリュウを締め上げていく。締める力は簡単には衰えない。少なくとも、数分間は炎上効果が持つのだ。
 リュウが氷雪を呼んだとしても、そこに存在する炎の龍が、たちまち炎熱で溶かし尽くしてしまうだろう。

 そう。
 風精人ウィンディでありながら、アスランが得意とするのは炎。
 風魔法を使えない訳ではないのだが、どういうわけか昔から、光と炎の魔法攻撃を彼は最も得意とする。

「うむ……」
 灼熱の炎バーニングブレイズは、リュウをひるませ、行動をためらわせるには十分だった。

 リュウの動きが止まる。
 そのとき、アスランは、北十字星ノーザンクロスに光の魔力を通した。さらに、主神ミトラの名を呼び、太陽神の輝きのほんのごく一部を、自らの刃に注入する。
 剣の刃は、白熱の輝きをまとい、リュウへと大きく鮮やかな弧を描いた。

 それは、円形の斬撃。
 まずはリュウの胸を中心に、円く斬りつけられる。
 さらにそこに、まずは平行の一撃が横に入る。
 続いて、リュウの脳天から腰にかけての垂直の一撃。

 黄金の光の波の魔力を放ちながら、アスランは、リュウへと光の加護を受けた反撃を行った。

「ヘヴンリー・ライトニング・ソード!」

 その光と熱の刃を受け、リュウは、防御を取ることすら出来ず棒立ちになる。そのまま、アスランがさらに抜き身の刃を袈裟懸けに入れると、その場に膝を突いて倒れた。

 勝利したのは、アスランだった。



 20分後。
 アスランとリュウ、それに雪鈴は、冒険者ギルドのシャワールームにいた。
 板でさえぎっただけの個室の頭上にシャワーヘッドがあるタイプで、清潔ではあるがプライバシーにはあまり配慮されていない。
 隣で、リュウが雪鈴の汚れた体を洗いながら叱る声がよく響く。雪鈴は傷にしみるのか、ピイピイとよく鳴くが、だからこそ丁寧に傷口を消毒したいのだろう。リュウは苦労している様子だ。

 不便なものだが、子龍は人類に癒しヒールをブレスでかけられるのだが、人類は子龍に同じ事が出来ないのである。

 アスランはアスランで、手傷こそ負っていないが、疲労が大きい上に汗だくだったため、思い切り熱いお湯と思い切り冷たい水を、2~3回繰り返して浴び、石けんで体をよく洗ってからシャワールームを出た。
 脱衣所で着替えていると、体にバスタオルを巻き、甘える雪鈴を両腕に抱いたリュウが出てきた。

「喉が渇いているだろう。何かおごってやろう」
 アスランは、脱衣所の脇にある、絞りたてのフルーツジュースが並んでいるケースを見ながらリュウに言った。
「ピ!」
 ところが、雪鈴の方が、アスランを見てそんなふうに文句を言った。ピ! では何のことかわからないが、どうやら勝負内容について異議申し立てをしたいらしい。

「すまんな、勝負とあっては、俺も簡単に譲るわけにはいかないんだ」
 アスランは雪鈴シュエリンの鼻先をくすぐりながらそう言った。
「かわりに、好きな果物を買ってやろう。何がいい。それともジュースがいいか?」

 冒険者ギルドの脱衣所の脇は、地元の出店になっている。冒険者達が持ち寄ったものもあるが、近隣の農家が直接、果物や野菜を持ってきて、肉食に偏りがちな冒険者達に売っていくのだ。最初は余った野菜の無人販売が多かったそうだが、やはりバイタルには気を配る冒険者達には人気を博したのだ。
 いつの間にやらそこに農家の若者や主婦のバイトが立ち並ぶようになり、果物を搾って果汁100%と称するジュースを販売したり、その日とれたモンスターの肉を焼いて売ったりと、なかなか品揃えも豊富になっている。
 冒険者ギルドが、朝からひっきりなしに人通りが絶えないのはそういう理由があるらしい。

「ピ? ……ピィ~、キュルルッ」
 人語をある程度理解出来るらしく、雪鈴は、アスランをあっさり許したようだった。
「雪鈴、そういうことはよしなさい。俺が買ってやるから、アスランにねだるんじゃない」
 リュウは優しく相棒に言い聞かせた。
「気持ちはありがたいが、アスラン。そこまで気を遣うことはないぞ。雪鈴がわがままになってしまう」
「そうか?」
 アスランもそこはあっさりしたものだった。
 出店に行くと、リュウは腹を空かせている雪鈴に、リンゴとミカンを一個ずつ買ってやり、手ずから口に持って行って食べさせてやった。
 アスランの方は、レモンジュースを選んで、バイトから購入した。

 二人は出店の前のベンチに並んで座り、一息ついた。シャクシャクと雪鈴が果物を食べる音だけが聞こえる、リラックスした時間。

 午前中の冒険者ギルドは、受付所が最大の混み合いである。皆、競って自分に合ったいい仕事を取りに来るのだ。あるいは、先日の仕事の報告。
 体を鍛えに来る者は大体午後か夕方が多い。

 早朝から演習場を利用したのはこの日はアスラン達だけで、出店にも、バイトが一人で品物の数を数え直しているだけで、他に人影は見えなかった。また、そうした時間帯だから、英雄である彼らがのんびりする事が出来るとも言える。

「ありがとうな、リュウ。体がなまってしかたなかったんだが、おかげで、カンを取り戻せたようだ」
「そう言ってくれると俺も嬉しい」
 リュウは、後には引いていないようだった。果物を食べ終えた雪鈴シュエリンが、彼の細長い指を甘噛みするのに任せて、くつろいでいる様子である。

「今回はいきなり俺の方にターゲットが来たが、お前達の方には何もないだろうな」
 不意に、声をひそめて、アスランはリュウにそう尋ねた。
 リュウは、出店のバイトの方を振り返った。バイトはちょうど、倉庫の方に品物を取りに向かったところだった。
 誰もいない。

「俺たちはなんともない。ユキは昨日から、新しい任務について昼間はシュルナウを離れているが、変わった事があったら俺かキノエに言うはずだ。キノエの方は、王宮でお姫様達の警護の方に気を尖らせている。向こうは、何があっても国の中枢が守ってくれるだろうが、やはり気になるようだな」
 リュウは、仲間達の様子を簡潔に教えてくれた。

「なるほど。今は出方をうかがうしかないか……」
 アスランは、軽く拳を握りしめながら言った。
「貴族のルートを使えば、簡単に陰謀など暴けるものだと思っていたが」
 庶民出身のリュウは、雪鈴をあやしながら不思議そうに言った。

「そんなうまい話はない」
 アスランは肩をすくめた。
貴族ユンカーで警備が固い事を想像されやすい、俺を、祝宴で狙うような輩だぞ。どんな奴だと思う?」
「……すると?」
 青い目の目立つストイックな顔に緊張を走らせ、リュウはそこから先の言葉を控えた。大体見当がついたらしい。

「だろうな」
 アスランはリュウが何も言わなくても肯定した。

 相手は、おそらく貴族だ。

 当然ながら、貴族同士の根回し運動を後から開始しても、すぐには尻尾を出さないだろう。
「……」
 アスランが、どういう立場なのか色々と想像を巡らして、リュウは沈黙した。

「俺の事なら大丈夫だ、心配するな」
「だが、お前は、警備が固いと言っても、親元から離れて久しいだろう。ジグマリンゲン侯爵領は、随分と北だ」

「親父や兄貴にはもう知らせてある。向こうからも色々運動してくれるはずだ、そう気にするな」
 アスランはジグマリンゲン侯爵の次男で、事情があってシュルナウに出てきているのだ。親の監視がない立場であるため、魔大戦中は気ままな冒険者と協力する事が多かった。貴族の中では変わり種といえば変わり種である。
「ああ」
 本人がそう判断するならそうなのだろうと、リュウはうなずいた。

 それから、顎に手を当てながらアスランの方を振り返った。

「アスラン、そういえば、エリザベート嬢はどうしている?」
「エリザベート?」
 アスランは首をかしげた。
 エリザベートと言う名の若い娘は、アスランの知っているだけでも、5人はいる。バハムート帝国では最もベタな名前の一つだし、彼はよく女にモテるからだ。

「鯉料理を水槽に放り込んだエリザベート嬢だ」
 リュウは半ばあきれてそう言った。

「ああ、エリーゼのことか。夕べまでは元気そうだったが……」
「彼女の警備の方は大丈夫なのか?」
「……!」

 アスランの暗殺計画を、偶然とは言え、阻止したのはエリーゼである。彼女も侯爵令嬢なので、厳重な警備は固められているはずだ。
 エリーゼは、靴を脱ぎ捨てて城中走り回ってでも、アスランの暗殺を止めようとする勇気ある娘だ。だが、同時に、ハンナを庇って周囲から注目を浴びた際は、失神しかけるなどの危なっかしい面もある。元は内気で大人しい令嬢なのだろう、とアスランは考えていた。

 ……そう、思うのだが。

「心配と言えば、心配だな」
 アスランはそう言った。
 色素の薄い少女の、いかにも深窓の令嬢然とした様子には、文句はない。恐らく養父母の言いつけを守って、警備を固めた部屋から出るなと言われたら出ないだろう。そう思いたい。アンハルト侯爵夫妻だって馬鹿ではない、自分の家も賊のターゲットを取ったことぐらいわかっているだろうから、十分に手は打っているはずだ。

 だが。そう、思うのだが。

 普通の深窓の令嬢は、新年の祝宴に、廊下から会場まで靴も履かずにダッシュで走って、騎士からグラスや皿を奪い取って、水槽の中に放り込まない。

 全然、お転婆やじゃじゃ馬には見えないし、実際にそういうタイプではないのだろうが、あの行動力はなんなのか。
「大人しそうな娘に限って、思い込みで意外な行動をすることがあるが、そういうことをするお嬢様なのかもしれないな」
 リュウはアスランの表情を読みながらそう言った。

「……。ちょっと、行ってみてくるか」

 日頃から冷静で、仲間内の知恵袋的な存在のリュウに、そう言われると、アスランもむしょうにエリーゼの事が気になり始めた。

 そういうわけで、彼の方が突発的に、エリーゼに会いに行こうと思った訳である。

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あとがきなど
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