今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-
第一章 幽霊少女は英雄を救う
第二十一話 薔薇の庭で (1)
一月の戦勝祝いはあっという間に過ぎた。
戦勝祝いの期間は、エリーゼは何度かハインツに連れられて弾正台に向かい、何度も、迷子になって厨房の廊下に行ってしまった事や、立ち聞きした事などについて、詳細を話す事となった。養女であったとしても、腐っても弾正忠の娘、丁重な扱いを受けたが、聞き取り調査自体は手抜きのない厳しいものであった。
聞き取りは、ハインツの同僚の伯爵の爵位を持つ、狷介な顔をした老年の男性が、部下の若い女性を伴って一緒に行った。質問のほとんどは、女性が行ったため、確かにエリーゼは受け答えをしやすかった。それでも、緊張もあって、エリーゼは最低限の事しか話せなかった。
六日になって、やっとエリーゼは弾正台の質問攻めから解放された。その日一日はぐったりして、自室で過ごし、食事も自分の部屋で取った。
翌日の七日も、疲れがとれずに午前中はベッドの中でゴロゴロしていたが、午後からはちゃんと起きだし、ピアノを弾いた。
神聖バハムート帝国でも、ピアノは淑女のたしなみの一つであり、エリーゼは子どもの頃から教師をつけられて弾いていた。
実は、現代日本でも、騒動が起きるまではピアノ教室に通っていたので、最初から楽譜は読めた。何故、現代日本の楽譜で、アストライアの楽譜が読めるのかは不思議が、そこが漫画ということなのだろう。
そういうわけで、今、エリーゼが弾いているのは、現代日本で、ピアノ発表会のときに弾いた曲である。
「エリーゼのために」
……自意識過剰なのかもしれないが、その日はなんとなく、日本で弾いていた曲の暗譜を弾きたかったのだった。エリーゼは、自分の部屋にある黒いピアノの上に巧みに指を踊らせ、しばらく、ピアノを弾く事に没頭していた。
突如、部屋の中で拍手が鳴り響いた。
びっくりして振り返ると、そこに、どや顔のハインツとラーエルがいた。
そして、--アスラン。どういうわけか、救国の英雄がそこに立っていて、エリーゼに拍手を送っていた。
「俺の知らない曲だ。エリーゼ、お前は音楽の才能があるのか!?」
「ち、ち、ちがっ……」
エリーゼは真っ赤になって口ごもった。
”エリーゼのために”は、現代日本でも、大勢の人々にこよなく愛されている曲である。だが、アストライアという異星においては、全くもって扱いが違う。しかし、その美しい旋律は、この国の大人にも心地よく聞こえたらしい。つっかえたりせず演奏すれば、たちまち耳から人を魅了してしまう。
「なんていう曲なんだ?」
アスランは親しみやすい笑顔を浮かべて、エリーゼの方に歩いてくる。そして当然のことを聞く。
アストライアの聞き慣れない名曲に興味を覚えたらしい。
(!)
エリーゼはたちまち言葉に詰まってしまった。まさか、ここで、「エリーゼのために」という、自分の名前がそのまま入ったタイトルを言う訳にはいかない。
「テ、テ……」
エリーゼのためには、テレーゼのためにというタイトルがいつの間にか変わったと言う話を聞いた事がある。それで、テレーゼのためにと答えようかと思った。だが、テレーゼって誰? と聞かれたらどうしよう。色々と考えが頭の中を巡って、エリーゼは酸欠の金魚のような表情になりながら、必死に、返事をしようとした。
「なんだ?」
アスランは不思議そうにエリーゼの小さな顔をのぞき込んでいる。
エリーゼは思わず目をそらしながら、どうしようもない答えを出した。
「幸せになろう……だった……はず」
前世、現代日本で、宇○田ヒ○ルがエリーゼのためにをリスペクトした曲がある。そのタイトルを言ってしまった。
その歌詞が、頭の中を、一瞬ひらめいた。『幸せになろう』の歌詞が。
「幸せになろう、いいタイトルだな」
アスランは満面の笑みである。
それに対して、ハインツたちは歯切れの悪いエリーゼの様子に少し困っているようだ。自分が弾いていた曲を、「だったはず?」とか、どういうことなのかわからない。
幸いな事に、アスランはそれ以上突っ込みはしなかった。
「あ……はい。ありがとうございます」
目をそらしてうつむき加減になりながら、エリーゼはやっとの思いでお礼を言った。顔がやけに熱い。
その熱さを、振り払うようにエリーゼはハインツの方に視線をうつした。そっと養父母の方を見て、助けを求める。
するとラーエルが笑って教えてくれた。
「元旦にエリーゼが、ジグマリンゲンの若様を助けたでしょう。その正式なお礼にいらしゃったのよ。エリーゼ、あのときは母様も驚いたけれど、お前はよく頑張ったわね」
「え……そんな……」
エリーゼは口ごもった。貴族同士の訪問で、突然現れるなどということがあるのだろうか。
エリーゼもまだ子どもだが、アポイントもなしで当日来訪するなど、爵位を持った人間がするのは滅多な事ではない。
焦ったエリーゼは口を滑らせかけて、気がついた。
--寝ていたのだ。
昨日はパーティ疲れで一日中、ベッドに横たわって、ラーエルがドアの外から声をかけてくれても、生返事ばかりして起きなかった。今日も午前中は、ベッドの中にいて、ろくろく朝食も食べずに寝ていたのである。それで、ラーエルが知らせる事が出来なかったのだろう。寝ている養女に気を遣いすぎたのかもしれない。
それでは、どうしようもない……。
「エリーゼ」
アスランは、エリーゼの名を呼んだ。その声に、緊張を解きほぐすような甘さがあった。
思わずエリーゼは振り返って、アスランの顔を見上げた。身長差はかなりある。エリーゼはアスランを見上げなければならなかった。
アスランは、浅黒い顔にまた、笑みを浮かべて言った。
「俺が今、生きていられるのはお前のおかげだ。ありがとう」
「え……は、はい……」
エリーゼは真っ赤になって、またしても、アスランから目をそらしてしまった。恥ずかしくて彼の顔を見ていられない。
「こちら……こそ……」
ぼそぼそと、ありがとうと礼を言うエリーゼ。