今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-
第一章 幽霊少女は英雄を救う
第二十二話 薔薇の庭で (2)
その二人にまだるっこしさを感じたのか、ハインツが両腕を広げて言った。
「エリーゼ! お前が面倒を見ている、冬薔薇が今見頃だろう。ジグマリンゲンの若殿に、薔薇の庭を案内してきたらどうかな!?」
「…………………………」
エリーゼは愕然とした。
彼女は、新年のパーティ期間、弾正台で質問攻めを受けて、六日目の昨日は敢然ノックダウンだったのである。そして今日の午前中まで寝ていた。当然ながら、シュルナウの屋敷の庭の事など何にもわからない。あえていうなら、執事がアンハルト親子に屋敷の案内をしてくれた時、庭の薔薇の花壇がよく手入れされていたので使用人達を褒めたぐらいである。
「庭まで綺麗に手入れしてくださって、ありがとうございます」……と。
要するに、庭の薔薇の面倒を見ているのは使用人だ。エリーゼではない。それなのに、養父がそういうことを言うということは、何か理由があるんだろう。
自分たちを、薔薇の庭に出したいという。
いきなりアスランと二人きりで庭で話せと言われたって、話す事なんかない。緊張して、またおかしなことをしてしまうかもしれない。
しかしここで、エリーゼは、日本人らしい曖昧な笑顔になって無言になってしまった。
……引き取ってくれたハインツとラーエルに遠慮した。とりあえず、養父母に恥をかかせない振る舞いをするのが自分の勤めだと思った。
「……わかりました。あの……こちらへ……」
ぼそぼそとした声で、アスランの顔も見られないまま、エリーゼは先に立って歩き出し、彼のために、部屋のドアを開けた。
シュルナウのアンハルト邸、薔薇の咲き乱れる庭--。
冬の薔薇は、純白からピンクまで淡く色づき、艶やかに咲き誇っていた。
とりあえず、侯爵家の庭の薔薇としては及第点、客人に自慢していいほどだと思う。エリーゼの感性ではそうだった。
エリーゼはたどたどしいながらも、使用人のまねをして、薔薇の花を紹介している。
「こちらが……黄色いのがマルクアントンシャルポンティエ、今は黄色ですけれど、やがてクリーム色に色が薄まって、春先には真っ白になります……」
ぼそぼそとした声は、考えようによってはしずしずとおしとやかともいえるかもしれない。
凜として冴える冬の空気、白い息を吐きながら、エリーゼは一つずつ薔薇の品種をアスランに紹介していった。
「こちらは、アイスバーグ。こちらも、今は薄いピンクですけど……春には純白に色を変えます……この色を楽しめるのは今の時期だけですので……どうぞ、よくごらんになってください……」
密やかな声で、顔を伏せながら、エリーゼは薔薇の名前を告げる。
アスランは興味深そうに、冬にも美しく咲くという有名な品種の薔薇を、エリーゼの手元からのぞき込んでいる。
小さな手。
冬に白く咲く、大輪の薔薇。
マルクアントンシャルポンティエ、アイスバーグと言っているが、それは現代日本の似た品種を探すとそれになるという話である。四季咲きの薔薇は冬にも咲くが、現代日本では、冬は、薔薇の株を休ませる事が多いと言われている。だが、アストライアでは、薔薇は春に休ませる。春に咲いているものは、冬から咲いているものがいくらか咲き残るだけだ。
薔薇の盛りは初夏、それから秋までずっと咲いていて、寒さに強いものは冬も咲く。
「よく知っているな。薔薇の花に詳しいんだな、エリーゼは」
「え……いえ、それは……っ」
エリーゼは、慌てた。
自分の秘密がばれるかと思ったのだ。エリーゼには、まだ、アンハルト侯爵夫妻にも話していない、今は自分だけしか知らない秘密がある。
慌てているエリーゼを見て照れていると思ったのか、アスランは笑って彼女の事を見つめている。
ごまかすようにエリーゼはつんと横を向いて、そこにあった白薔薇を紹介しようとして、手を伸ばし……息をのんだ。
(ウ、ウエディングドレス……)
それが、この薔薇の花の名前である。エリーゼはまた、自意識過剰と思われるんじゃないかと思った。英雄アスランに、薔薇の花壇に連れて行って、ウエディングドレス見せたとか。だが、念のためだが、それはエリーゼの自意識過剰ではあるが、自意識過剰に見えるんじゃないかという自意識過剰である。
「あ、あの……これは、ウエディ……」
「ウエディ?」
「な、なんでしたっけ……」
そんなふうに口ごもって見せたものの、エリーゼの頭の中は薔薇の花の知識と、アスランの手前と、養父母に恥をかかせたくない一心のごたまぜで、飽和状態であった。
立派に振る舞わなくては。アンハルト侯爵令嬢として、それらしく。
だが、この場合、すんなりと「この白薔薇の名前はウエディングドレスといいます」と紹介するのが、気品のある令嬢らしい振る舞いなのか? そうなのか?
エリーゼは混乱した。……更に、その混乱の理由は、彼女の隠された特殊能力の事もあった。
エリーゼの秘密……それは、その異常な記憶力と知識量である。
麻疹で前世の記憶を取り戻した当初から、その傾向は強く、ハルデンブルグ伯爵にその能力を発見されて以来、どんどん研ぎ澄まされていった。エリーゼは、その能力を、自ら「カメラ」と名付けている。
本当に、彼女は意識を集中さえさせれば、カメラかスクリーンショットのように、一瞬にしてあらゆる情報を記憶する事が出来た。五感にまつわる情報だったら、あらゆる事を何でも。
しかも、エリーゼは生まれつき手先が器用で、覚えてしまった情報を、イラストや文章に、本当にカメラのような再現率で復元することが出来た。
五歳や六歳の時は自分でなんとも思わなかったが、生母のディアナは、この子はなんとなく他の子と違うと言うことに気づいていた。はっきりしたのは、六歳からデレリンの貴族学院の幼等部に通い始めた後で、その異常な記憶力は、明らかに「違う」と担任を言わしめた。 それで三者面談、知能テスト……などを経て、エリーゼの異常な記憶力は特殊能力レベルということが確定したのである。その後、ハルデンブルグ伯爵のクラウスは、半信半疑で、自分の持っていた百科事典を、エリーゼに読ませてみた。エリーゼは難なく読みこなした。それどころか、50巻ある百科事典を全て暗唱出来るレベルで丸暗記してしまったのである。
クラウスは、娘の異常な能力を喜んだ。将来は優秀な官吏か学者になれるだろうと喜んだ。
その上で、「父さんがいいというまで、その力の事は黙っていなさい。世の中には悪人という人種がいるんだから」と諭したので、エリーゼは現在も、言われた通りにアンハルト養父母にも自分の特殊能力を黙っているのである。