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今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-


第一章 幽霊少女は英雄を救う


第二十五話 百合の庭園 1


 神聖バハムート帝国の建国以来、ずっと統治している皇家を、アル・ガーミディという。
 アル・ガーミディ皇家の紋章はカサブランカ。
 白い大輪の花を咲かせる百合の女王だ。
 カサブランカに限らず、テラ大陸においては、百合といえば、アル・ガーミディ皇家、もしくは皇族の姫の事をさす。
 カサブランカを御紋とすると同時に、皇族一人一人には、自分を意味する花、もしくは植物の紋章が与えられるものだが、アル・ガーミディの姫の過半数が、鬼百合、車百合、鉄砲百合などなど、様々な百合、もしくはそれにまつわる花を皇帝から授かった。
 そして、そのアル・ガーミディの姫達の母親は、ビンデバルド宗家の姫であることが多かった。結果として--。

 ビンデバルド宗家の最初の家紋は、石楠花シャクナゲ--即ちロードデンドロンだったのだが、いつの間にか、百合に変わっていった。かといって、皇帝、皇家を意味するカサブランカを御紋にするほどの図々しさを他人に見せる訳にもいかない。
 そのため、ビンデバルド宗家はへりくだって、瓔珞百合を自らの家紋とした。神竜暦905年の現在、神聖バハムート帝国において、皇家とビンデバルド宗家以外に、百合を御紋とする貴族はいない。少なくとも帝都シュルナウではそうされている。
 ちなみに瓔珞百合--別名、フリチラリアの花言葉には、「王の威厳」というものがある。

 そんな訳で、苹果林アプフェルハインの中でも、最大規模の邸宅を誇るビンデバルド宗家には、有名な百合の庭園がある訳である。テラ大陸に限らず、隣のシャン大陸や、他の島国の品種でも、美麗であるならば取り寄せて、自宅の庭園に植え、魔道士や専門家の意見を聞いて、より華麗に、より鮮烈な匂いを放つ美しい百合へと品種改良を重ねていく。
 現に、百合の庭園では、本来ならば夏期に咲く瓔珞百合が、色とりどりの華やかさで、一年中咲き誇っているのであった。

 同じく広大な邸宅と庭を誇るのはジグマリンゲンの美夜館シェーンナハトだが、こちらは、現宗家ウィンフリートがオノゴロ島から妻を迎えた関係で、シャン大陸風……東方風の庭を持っている。冬であれば椿や蝋梅が、夏には紫陽花が咲き誇る、玉砂利を敷き詰めた美しい庭だ。
 邸宅の規模は、同程度、もしかしたら美夜館シェーンナハトの方が大きいのかもしれないが、そこは何と言っても、外戚政治をしてきた皇后の実家ビンデバルドの方が大きいだろうと、ウィンフリートがシュルナウ貴族に発言したそうである。

 いずれ、そのビンデバルド宗家の館を、紫琴館ライラという。ややこしいのだが、ライラ(白鷺)の別名を、糸禽しきんと言い、昔はその糸禽と筆記していたのだが、よくよく取り替える事が好きな一族であるらしく、見た目と字面の問題で、糸禽を麗しい紫琴に変えたのである。(ここは、異世界アストライアであるため、近代日本における女性運動家とは関係ない)

 その紫琴館ライラの奥まった庭園に、二人の男が立っていた。人気のない広々とした百合の庭--勿論、改良を重ねて冬にも甘く咲き誇る、瓔珞百合の庭である。
 一人の男は、高貴さを表す紫の分厚い長衣を着て、分厚い肩から胸にかけて、様々な勲章を飾り、厳つい顔をしてもう一人の男を睨んでいる。
 もう一人の男は、ゴーシュ街に住んでいるのか、その辺りの職人ならば誰でも着るような、現代日本で言うならば紺色の作務衣のような服を身に纏い、寒いのでその上に、やはり紺色の丈の短いマントを羽織っていた。あえて、館の使用人のように振る舞っているようにも見えた。

 庭の反対側ぐらい離れたところに、まだ若い黒髪の女性が、冬物のドレスを着て、花籠に瓔珞百合を切り取って摘んでいる。花をよくよく選んでいるらしく、その仕草はゆったりしていて何も気にしていないようだった。

「失敗とはどういうことだ」
 紫の厚い長衣の男--ザムエル・アロイス・フォン・ビンデバルドは、目の前にひざまずく、職人の態をした男に詰問した。
「申し訳ございません」
「謝罪を聞いているのではない、どういうことなのか、聞いているのだ」
 ザムエルの重ねての言葉に、男は首を縮めた。
「ヴェンデル、いつまで黙っているつもりだ」

 ヴェンデルは黒髪をかすかに振って、諦めたように話し始めた。
 宗家に命じられたアスラン暗殺の失敗についての段取りを、一から順番に。
 ザムエルは太い眉を寄せながら聞いていた。
 ヴェンデル・フォン・ビンデバルドは、ビンデバルド一族では珍しくもない黒髪をザムエルの前に伏せたまま、過不足のない的確な言い方で事件が何故失敗したかを伝えた。
 エリーゼである。……現在、弾正台が、その存在をひた隠しにしているエリーゼ。パーティ会場の人々にも箝口令を敷き、身の安全を確保するように努めている。暗殺が未遂に終わった時、エリーゼがターゲットに回る事は間違いないからだ。
 しかし、そのパーティ会場に、ヴェンデルは紛れていた。無礼講であったため、ゴーシュ街の職人も、海上に出入りする事が出来たのだ。そして、アスランの方にハンナが料理を運んでいくのを見ていた……。

 現在、弾正台は、パーティ会場に参加していた人々を片っ端から洗い出しているだろう。もうすぐにも、ヴェンデルへの手がかりを掴むかもしれない。それを、後ろから追撃されないように庇っているのが、宗家ザムエルの権力の弾幕であった。

「銀色の三つ編みの小娘……?」
 その娘が飛び込んできた事により暗殺が阻まれた、ヴェンデルがそこまで言ったあたりで、ザムエルが口を挟んだ。
「何者だ、その娘は」
「は、……わかりません」
「わからない?」
 ザムエルは、問い直し、思わずその場にいるヴェンデルを蹴り倒しそうになったが、すんでのところでとどめた。ここで、部下に暴力を振るったところで、自分の脚が痛くなるだけだ。

「その娘の氏素性を調べろ。弾正台の追撃が激しいだろうが、こちらからも手駒を渡す」
「はい」
 蹴られかかっている事を感じているのか、ヴェンデルは、萎縮した声で静かに応えた。

「お前の方から、アスランを仕留める方法は他にないのか」
「……」

 ヴェンデルは僅かに沈黙した後、おもむろに、応えた。
「アスランを殺すためには……女が必要と思われます」
 職人姿の男は、密やかな声でザムエルにそう伝えた。
「うむ……」
 ザムエルは顎を引いて頷いた。
 暗殺を命じたヴェンデルは、先の魔大戦で、魔族相手に敗走し、男爵位を失ったビンデバルド傍系の嫡男だった男である。風魔法と錬金術でビンデバルド宗家に仕えてきた家柄で、騎士になった者はほとんどいない。そのヴェンデルに、男爵への復位と、将来の保障を餌に、アスランを暗殺しろと言った訳だが、確かに物理的な戦闘力ではヴェンデルがアスランに勝てる訳がないだろう。
 そのため、錬金術らしく、毒薬を使ったのだろうが……それも、「女性に毒薬」という王道を使ったのだろうが……。

「油断を誘いたいんだな。それはわかる」
 何しろ25歳にして魔王の首級を上げた男を、三十路で眼鏡で色白で痩せて貧相な男に倒せと言った手前、ザムエルにもその気持ちはわかった。そして、若い健康な男の油断を誘いたいので、女を使わせてくれと言うのも、わかった。

 ザムエルはヴェンデルに背を向け、暫く、瓔珞百合の間を右に左に歩き回った。歩き回って、考えた。ビンデバルド一族がどれほどの権力と数を誇ると言っても、アスラン暗殺に協力出来そうなぐらい、出来のいい美女といったら、そんなにはいない。だが、アスランを殺してやりたいと思っている事は本当なので、ザムエルは、右往左往した末に、庭の隅の花を摘んでいる娘の方に灰色の視線を投げた。

「わかった。--イザベラを貸そう」
「イザベラ……様を?」

 ヴェンデルは驚愕した。
 イザベラ・ヘレーネ・フォン・ビンデバルドは、まだ15歳。
 ビンデバルド宗家ザムエルの一人娘である。
                                          
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