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今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-


第一章 幽霊少女は英雄を救う


第二十六話 百合の庭園 2


 数分後、父親に呼ばれて、イザベラ・ヘレーネはヴェンデルの前に現れた。
 気品のある青を基調とした冬物のドレスを着込み、柔らかそうな白いマントを羽織っていた。
 長い黒髪を巻いて後ろに結わえて、風精人ウィンディの特徴である尖った耳を出している。
 両目は、深く落ち着いた赤--ガーネット。
 滅多にない美少女だった。15歳と思えないぐらいしっかりとした姿勢でその場に立ち、ヴェンデルの方を見て一礼する。

 ヴェンデルも改めて立ち上がり、宗家のお嬢様にきちんと挨拶の礼をとった。

「ヴェンデル・フォン・ビンデバルドです。お嬢様。以後、お見知りおきを……」
「イザベラ・ヘレーネですわ」
 綺麗な声でイザベラは受け答えをした。
 そのあと、ザムエルに向き直った。

「お仕事とはなんですか、父上」
「ああ。イザベラ。お前ももう、今年で15歳だ。ビンデバルド宗家の娘として、帝国にまつわる害悪を排除してもらおう」
「害悪?」
 イザベラは不思議そうに問い直した。
「いつも言っている通り、この神聖バハムート帝国は未曾有の危機に瀕している。本来、我々風精人ウィンディが統治すべき気品と威厳の座に、穢らわしい地獣人モフの血がこびりついている。これはどうしても許すまじきことなのだ。だから、イザベラ」

 ザムエルはイザベラの両方の方にたくましい両手をそっと置いて、彼女を見下ろした。
「この父の言う通り、アスランを殺してきなさい」
「!」
 さすがに、イザベラは息を止めてザムエルの厳格な顔を見上げた。

「方法は、そこのヴェンデルが知っている。ヴェンデルの話をよく聞いて、彼に協力するんだ。無事にアスランを仕留めたら、お前にも褒美をつかわそう」
「はい。父上」
 イザベラは利発そうな声ではっきりとそう応えた。
 それから、ヴェンデルの方を振り返った。

「よろしくお願いします」

「は……」
 イザベラにかしこまられて、ヴェンデルは微かに萎縮する。皇后の実家ビンデバルドの一人娘。つまり、イザベラは、世が世なら、この国の皇后になるべき姫なのだ。たまたま、現皇帝アフマド二世に、男児が生まれていないため、イザベラにそのターンが来る事はないのだが。

 ヴェンデルは、どういう口を利いていいのか、自分の中で悩んでしまう。ヴェンデル自身、ビンデバルドの一族であり、それらしい黒髪ではあるが、地位と立場が違いすぎた。そして、大事な一人娘を傍系の三十路の男に預けるほど、ザムエルが今、アスラン暗殺に固執する訳を内心探った。探ったが、よくわからなかった。
--上流階級の考える事は、いつだって意味が不明である。

 勿論、年端もいかない美少女を、自分のゴーシュ街にある簡素な自宅に連れ込む訳にもいかない。その日は、その場で、アスラン暗殺の相談をするしかなかった。
 冷え切った風が通り過ぎる、瓔珞百合の揺れる庭で、三人は、ほんの20分ほど話し合った。その間、話していたのはほぼザムエルだった。--ヴェンデルは頷くばかりである。



 イザベラ達と別れて、ヴェンデルは城の北西にあるゴーシュ街の錬金術ギルドに向かった。そこで、資料を貸し出して貰い、薬品の原材料をいくらか買った後、受付で最近の依頼をいくらか確認してから、ギルドの建物を出た。
 その後、同じゴーシュ街の近所にある小さな一戸建ての自宅に入った。
 男爵だった父が、魔大戦においての前線での大失敗が原因で、敗北の際に自殺。その結果、このビンデバルド傍系の家は取り潰しになった。その際に、ヴェンデルは残された家財と家屋を売り払い、暇を出す使用人達への最後の給料とした。
 何人かは、ヴェンデルにそれでもついていくと言ってくれたが、一人の方が気楽だと断って、ヴェンデルは最後のまとまった金でこの小さな家を買った。自分一人で掃除するのに丁度いい程度の家は結構気に入っている。
 身軽で自由な立場になってからは、先祖伝来の錬金術の腕を生かして、ギルドの依頼を順調にこなし、かつかつながらも一人で喰ってきた。
 だが、勿論、父が家を取り潰されるような戦い方をした事については、人の口に戸は立てられない。ヴェンデルは孤独だった。

 そこに、ビンデバルド宗家から、男爵へ復位させてやるからアスランを殺せという話が舞い込んできたのである。
 もとより、宗家とお取り潰しになった家では格差が違いすぎる。断れる話ではない。男爵に復位させてやるというウマミがあるだけまだマシ--否、太っ腹な方であった。
 ビンデバルド宗家の成功の障害になりつつあるアスランを、まだ若いうちに暗殺しておけば、ヴェンデルにもうまい飯を食うターンはあるというわけだ。反対に、拒否したり失敗したりすれば、ヴェンデルには命はない。
 この時代、大貴族の傍系に生まれるということは、宗家や本家に生殺与奪を握られるということであって、宗家からの直々の依頼を断れる事などなかった。

 そういうわけで、ヴェンデルは、ザムエルに逆らう事が出来ず、錬金術ギルドで薬品のレシピと原材料を手に入れると、家にまっすぐに帰り、いつもの自分の工房アトリエに入った。
 そうして、ハンナに運ばせた毒とは違うレシピの猛毒を調合し始めた。正月にアスランの毒殺に使ったものも、恐らく弾正台には見抜かれているだろうが、錬金術ギルドや、他の道具やなどで簡単に買える材料である。だが、レシピが違う。配合が違う。それで大分、差をつけられる。
 ヴェンデルの知ってる限りでは、錬金術ギルドに出入りをするのは専門の業者や錬金術師だけではなく、そこらの主婦や職人も、毎日のように訪れる。塩やハーブ、ポーションや栄養剤、それにガラスやその材料なども販売しているからである。
 生活に必要な何でもないアイテムから、しかるべき手順を踏んで、ヴェンデルはアレンジを変えたレシピの猛毒薬を作っていく。

 出来上がった猛毒薬は、液体だったが、綺麗な小瓶二つに分けて入れ、壁際の棚の安全な場所に丁寧に置いた。

 そのあと、ヴェンデルは使い慣れた自分のデスクに座り込み、考え込んだ。
 考え込んでいるのはイザベラの事だった。
 今日、百合の庭園で会ったあの美少女は、生まれた時から英才教育を受けているはずだ。実際、会話の受け答えもしっかりしており、余計な事は一切言わないが、父親も含めて大人の会話もよく理解しているようだった。
 そのイザベラを、暗殺の手駒に使うとして、彼女は責任を持って仕事をやり遂げるだろうが、ヴェンデルは違和感を覚えていた。
 当たり前の事だった。男性を暗殺させるために、女性を使うということは、油断を誘うためでしかないのだが……殺しのターゲットにした25歳の男を油断させるために15歳の少女を使う?

 ザムエルは何を考えてるのだろうとさえ、ヴェンデルは思う。

 それに、自分もなのだが……イザベラは、風精人ウィンディには珍しい黒髪のよく目立つ美少女なのである。無論、髪は染色したり鬘をつけたりでごまかせるかもしれないが、持って生まれた堂々たる身のこなしや美貌は、目立ちたくない犯罪者の視点からはかえって使いどころに困った。

 風精人ウィンディは必ず銀髪と決まった訳ではないが、銀髪や金髪、あるいは色素の薄い髪が過半数を占める。それに対して、ビンデバルド一族だけは、黒々とした夜色の髪をしているのは、まあ、遺伝なのだろう。
 つまり、イザベラは、その場にいるだけで、ビンデバルドの血を引く美少女……として目立ってしまうのである。

 アスラン暗殺には、油断を誘える女性が必要だと、ザムエルには言ったが、まさか愛娘を使えと言われるとは思わなかった。使いどころに困るし、そもそも、使いたくない。

 ならば、アスラン暗殺のための作戦……即ち、ハニートラップに、どんな手が使えるだろう。本音を言えば15歳のイザベラを使ったりはしたくない。

 痩せて小柄な三十路の男は、机に頬杖をついて、いつまでも考え込んでいた。




          
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