今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-
第一章 幽霊少女は英雄を救う
第二十七話 双子姫と皇太子 (1)
帝都シュルナウの中央にそびえる巨大な塔の群れ、アデルトラウト城。
政務機関として高々とそびえ立つ塔の北側に、皇家の居住空間としての宮殿が連なっている。
皇家として現在数えられるのは、上皇アフマド一世、皇帝アフマド二世、皇后エンヘジャルガル、皇太子アルマース、それにアフマド二世の養女であり、皇太子アルマの義姉となるマルヤムとイヴティサームである。
帝国の戦勝もかねた新年の祝いも過ぎた頃、エンヘジャルガル皇后が、今年は黒狼月の祝いを欠席すると、皇后の住まう紅梅宮から、青蓮宮のアルマの方へ使いが行った。帝都を守る決戦中に命を削って働いた上に、新年の祝いで疲れ切ってしまったらしい。
黒狼月の祝いとは、一月の満月の祝いの事である。アストライアには、セレネと呼ばれる月がある。月には壮麗な青い城があり、女神マヒナが住んでいると言う伝説があるのだ。月の女神マヒナは、狩りを司り、原初の暗闇を知る狼を従えている。女神の使いである狼が繁殖するから黒狼月。
帝国各所、特に上流階級においては、黒狼月の祝いと言って、必ず満月になる十五日に、女性の家族が中心となって月見の宴を行う習慣がある。勿論、女性の家族から招かれれば、男性も参加する。
黒狼月の祝いは、元旦の祝いと違い、女性を中心に内輪で開かれる事が多く、若い女性同士では行ったり来たりで、一日ですませることを、15日前後に三日かかってお呼ばれしあうなどという事もあるほどだった。
エンヘジャルガル皇后も、可愛い娘達と水入らずで楽しみたかったのだろうが、何しろ疲労困憊しており、顔色も悪いまま無理するよりはと、遠慮しつつアルマに任せる事にしたのである。去年までは、皇后が、皇家の黒狼月の祝いを行っていたのであった。
直前の事にアルマは驚いたが、すぐに、黄蘭宮のイヴ、白菊宮のマリに女官をやり、今年は三人の娘達が中心となって、黒狼月の祝いを執り行う事にした。
そうはいっても、黒狼月にまつわる伝統料理を並べながら女同士で月見をするだけなので、宮中行事としては儀式もなく、楽といったら楽ではある。
いまだ17歳の皇太子アルマが、皇后に任されたと聞いて、いてもたってもいられずすぐに現れたのが、双子姫の妹のイヴであった。
イヴは気心の知れた侍女だけを連れて青蓮宮に現れ、アルマをしきりに心配した。
「大丈夫なの、アルマ? お養母さまのお加減も気になるけれど……アルマ、私が出来る事だったら何でも言ってね」
イヴは、故あって自分が皇家の姫として引き取られた時から、皇太子のアルマの事を気にしており、しきりに世話を焼きたがる癖があった。
アルマは、現在20歳で結婚適齢期ど真ん中の義姉の忙しなく動き回る様子を見て、苦笑した。
「イヴ、俺の事そんなに信用出来ないのかよ」
女性皇太子は、そう言うと、ソファから立ち上がって、ひっきりなしに歩き回っている義姉の腕を取った。
そうして自分の隣のソファに座らせた。
「イヴは走れないぐらい足が悪いんだから、そんなに立っていちゃダメだ」
イヴは目を瞬かせたが、嬉しそうにアルマの隣に座った。
美しい従姉妹姫達は、顔を見合わせて微笑んだ。
実際に、イヴは、幼い時の足の事故が原因で、一生走れない体である。だが、部屋の中をゆっくり歩く事ぐらいは出来るのだ。
そんな不自由を持っているのにお転婆と言っていいぐらい、明るく活発な姫であり、一部でお転婆とさえ言われていた。
だが、外見は、ゆるやかなウェーブを描く腰までの長さの金髪と、煙るような紫の瞳、それに滑らかな白い肌を持つ、お淑やかそうな美女である。
1/4は地獣人の血を引く風精人で、腰から白い猫の尻尾を生やしている。耳は顔の横から二つ、尖った風精人の耳だ。
地獣人と風精人の長所を固めたような極上の容姿をしており、性格も至って素直で無邪気であるため、臣民からの人気は極めて高い。
その双子の姉であるマルヤムは、瓜二つの気品と色気に溢れる容姿をしているが、性格は違う。こちらの方が物静かで優しく、知性的で、誰も怒ったり取り乱したりしている所を見た事がないと噂である。昔ながらの淑女なのだ。
マルヤムはマリ姫、イヴティサームはイヴ姫と呼ばれ、周囲から非常に愛されていた。
一方、女性ながら皇太子であるアルマは、黒髪で、3/4、狼の地獣人であることで有名であった。
このあたりがややこしいのだが、地獣人にはアウマクアという遺伝子がついており、狼の地獣人から必ず狼が生まれると決まってはいないのである。狼が猫の地獣人を産んだり、その逆も、よくあることなのだった。その遺伝子のパターンは魔法や科学で解明されてはいない。ただ、地獣人の長老や巫女の中には、かなりの確率でアウマクアのパターンを見切る者がいるという話である。
その狼のアウマクアは、現皇帝アフマド二世も、1/2持っている。頭上に狼の耳と、腰に長い狼の尻尾を持ち、風精人らしい長身と地獣人の筋肉質の体躯を持っているのだ。尖った耳は持っていない。
アフマド二世は、自分に似ている一人娘のアルマを大変に可愛がっており、自分で選んだ家庭教師を何人もつけて跡継ぎとしての教育を行った。
神聖バハムート帝国においては、今まで、女性が皇太子になった例もなければ女帝が立った事もない。物心ついた時から、自分が父の跡継ぎであり、いずれこの巨大な帝国を背負って立つのだと気づかされたアルマも、何かと父親の後をついて歩いた。
思春期頃には、アルマは、父の長所と思うところは何でも見習うようになり、明朗活発で勇猛果敢、それでいて慈愛深い男前な性格になり--自分の事を「俺」というような美少女になってしまったのである。
そう。アルマもまた、歴代皇帝が優れた美姫を迎えてきた皇家の姫であり、誰もが目を見張るような凛とした空気を持つ美少女であった。
特に、角度によっては金色に見える琥珀の瞳の輝きと、華やかな笑顔が印象に残るチャームポイントである。
「アルマ、また、自分の事を”俺”と言って……何でもお義父さまの真似をすればいいと言うものではないのよ」
「あれ、また”俺”って言っちゃったか?」
「言ったわよ。もう! ……黒狼月の祝いは、女性同士のものなのに。主催者が自分の事を”俺”とか言っていたら、男の祝いなのか女の祝いなのか、わからないじゃないの」
イヴは、軽く従姉にして義妹を叱ってみたが、すぐにくすくすと笑い出した。
「アルマは皇太子だけど、うっかりしているところがあるから、私とマリがお祝いを手伝うわ。何でも言ってね。あと、お養母さまへのお見舞いはどうする?」
「ああ。イヴとマリが手伝ってくれるなら、心強い。母上は、大分疲れているようだから、見舞いに行くよりも何か気の利いたものを届けようと思っている」
「そうね、お見舞いは素敵な品の方がいいわね。……ねえ、アルマ。黒狼月のお祝いには誰を呼ぶ? お養母さまがきっと名簿を作ってらっしゃるだろうけど、私達には私達のおつきあいがあるじゃないの」
イヴはアルマの方に、やや身を乗り出しながら尋ねた。
「そうだな、俺もそれが気になっていたんだよな。イヴとマリは確定だろ。後は父上、それから後は……」
アルマがすんなりと細長い指を折りながら、人を数え始める。
「ほら、また、”俺”って言った! 聞いているのは私達だけじゃないのよ。お祝いの時はしっかりして、自分の事、”私”って言ってね」
実際に、皇女アルマの青蓮宮の私室ではあるのだが、そこには二人ほど、高位の女官が部屋の隅に従っている。日頃から、女官達の存在をことさら気にしている訳ではないのだが、イヴは、アルマが「皇太子なのに」などと笑われるのは大嫌いであるため、神経を尖らせてしまうのだ。
仲の良い義理の姉妹はそれから暫く話しあい、結局、自分たちだけの意見ではどうしようもないので、双子姫の姉のマリを呼ぼうという事になった。