今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-
第一章 幽霊少女は英雄を救う
第二十九話 双子姫と皇太子 (3)
そういうわけで、三人の皇女は、その日のうちに、黒狼月の祝いに呼びたい人物を決め、さらに、皇后から招くべき人の名簿を貸してもらった。
それから、三人は、祝いをする宮を決めた。本来なら、皇后のおさめる紅梅宮で行われるのだが、その皇后が欠席では勝手に使わせて貰う訳にもいかない。
ちなみに、皇后の住まう紅梅宮は冬に映える庭を持つ。エンヘジャルガル皇后は、狼の耳と尻尾を持つため、彼女が立后してからは、黒狼月の祝いは毎回、紅梅宮で盛大に開かれてきたのだった。自粛していたのは大戦中ぐらいである。
春の庭がイヴの黄蘭宮、夏の庭がアルマの青蓮宮、秋の庭がマリの白菊宮だ。
現代日本の古式に則るのならば、春が青で東宮であるアルマの宮になるのだろうが、ここはアストライアでの話である。五行思想は関係ない。
また、神聖バハムート帝国では、元は冬至の翌日が元旦で新春とされていたが、次第に暦と季節がずれていき、神竜暦905年の現在では、冬は12~2月の間とされている。春は3~5月、夏は6~8月、秋は9~11月だ。
そのため、エリーゼは、転生してきた後も、神聖バハムート帝国に大きな違和感を抱かなかったと思われる。彼女は、それを、日本のゲームや漫画の世界だから当然だと思っているようだ。
三人の皇女は、帝都シュルナウでは連日、雪が降る寒さだが、暦の上では春であるということで、イヴの黄蘭宮で黒狼月の祝いをすることにした。実際、夏の庭を持つアルマの宮は、窓を開け放って月見をしたとしても、凍った池の表面ぐらいしか見るものがないのだ。青蓮宮はその名の通り青い蓮が名物で、庭の半分は池なのである。無論蓮は青に限ったものだけではなく、白でも赤でも色とりどりだが。冬に蓮は咲かない。
(その反対が紅梅宮で、庭の中に梅林があり、紅梅を主力として様々な梅が、今の時期から咲き乱れている)
それに対して、黄蘭宮ならば、まだしも、木蓮やミモザの枝の上に雪がかかっている様子などが見られるだろう。花はそれほど咲いていないだろうが、春に向けてぽつぽつ緑を芽吹かせている植物もあるそうだ。
ちなみにマリの秋の庭も、その名の通り、古今東西の菊を取り寄せて庭を飾っているが、秋咲きのものがほとんどである。
そのほかの細々とした事も、三人で仲良く話しあって決めて、そのあとそれぞれが、招待客にジェムで招待状を送る事となったのだった。
「今度の15日は楽しみね」
そこまで決まると、普段は落ち着いている大人しいマリでさえ、旧友に会えると思ってやや浮かれた調子である。
「満月のお祝いは年に四回しかないものね。次の時までにお養母様が回復してらっしゃるといいんだけど」
イヴはもう先の事を気にしている。やはり女同士で盛り上がるのは楽しい事なのだ。
神聖バハムート帝国の暦は太陰暦で、15日は必ず望月になる。
他の満月の祝いは、四月の撫子月の祝い、七月の鹿角月の祝い、十月の狩人月の祝いである。いずれも、女子同士が内輪で祝うのが慣例となっていた。
●
その日、アスランは、美夜館の書斎で、過去視のことを調べていた。過去視は、物質を介して情報を取る魔法だが、いくらなんでも、現代日本になおすなら、警視庁の牢屋が誕生した時からの記録全部を、取る必要はない。
神聖バハムート帝国にあふれかえる、透視系の魔法で、情報を取りたい範囲内だけ情報を取る方法はないかと、手に入る本などを収集して調べていたのだった。同時進行で、ウェーバーに指揮を取らせ、ジグマリンゲンの諜者にビンデバルド宗家の近辺を洗わせていた。
その日は午前中に弾正台に呼ばれ、矢継ぎ早に質問を受けたりしていた。流石に、弾正台の方も、アスラン暗殺未遂について、即座に犯人を挙げられない事に苛立ちを感じているらしい。アスランは答えられる事は皆答えてきた。
その帰りに、図書館と、シュルナウの一番大きい本屋で、透視魔法の本を手に入れて、眉間に縦皺を寄せながら、何とか出来ないか調べまくっていた。
窓の外で、鳥が鳴いた。
「……? カナリア?」
カナリアに似た黄色の小鳥が、窓の外の桟にとまっている。そして歌うように綺麗な声で鳴いた。
アスランは、それが魔法の小道具であることにすぐ気がついた。窓を開け、鳥を中に入れる。
黄色と言えば黄蘭宮だ。アスランはカナリアの前で、蘭の花言葉を唱えた。
カナリアはたちまち、レモンイエローの良い香りのする封筒に変わった。封をしている蘭を模した紋章に触れると、封筒は自動的に開かれて、イヴがよく使っているすべすべした厚紙の手紙に変わった。そこにはイヴの筆跡で、黒狼月の祝いへの招待が丁寧な言葉で綴られていた。
「満月の祝い……」
黄蘭宮で、テロでもあったのではないかと、焦ったアスランだったが、一挙に気が抜けて、その場の椅子に座り直した。
そんな場合なのかと思ったが、皇后エンヘジャルガルが過労で倒れ、皇太子アルマが初めて取り仕切る内輪の宴ということが書かれていたため、皇女達は皇女達で大変な様子は想像出来た。何しろ、例年の黒狼月の祝いが、魔大戦前はたいそう華やかで、名だたる貴婦人達は皆、楽しみにしていたと聞いた事があったのである。
貴族が、特に貴族の女性が、見栄を張りたい気持ちがどんなものかは経験上知っているし、魔王決戦で同じパーティで活躍した英雄を、向こうも呼ばない訳にはいかないのだろう。
そう言う訳で、アスランは、気が進まなかったが、自分もジェムを用意して、参加する旨の返信を伝えようとした、そこで気がついた。
返信する前に、用意した|花水晶《クロリス》のジェムをいったん、デスクの上に置く。
そして、自分も便せんを用意して、弾正台にいるであろうハインツ宛に、一筆書いた。そしてジェムを便せんの中央に置き、決まった呪文を唱える。すると、手紙はたちまち変形して、小さな鷭そっくりの魔法の小道具となった。
アスランは、ハインツから貰った魔法のパスワードを唱えた。この魔法生物は、パスワードを決めた間柄の人間同士を、最短距離--多くは空を飛んで行き来する。そのため、伝書する間柄のパスワードを、他人に知られる事は最大の禁忌の一つであった。
伝書の呪文のパスワードを共有出来る間柄というのは、個人差があるが、やはり、公用ではなく私用となると、他人が聞いたら気恥ずかしくなるような間柄が多いようだ。
暗殺されかかったアスランは、捜査本部にいるハインツと顔合わせをした段階で、その場でパスワードを決めていた。そのため、この間のカケスもすぐに飛ぶ事が出来たのである。
アスランがハインツに飛ばした手紙には簡単な事しか書いていない。黄蘭宮で開かれる、黒狼月の祝いに、自分が参加していいかどうかというものだ。カマの掛け合いは必要がない。いずれ、ハインツだったらアスランの考えている事もわかるだろう。
一時間とたたず、ハインツからカケスの返信がやってきた。アスランは即座にパスワードを唱えてハインツの手紙を読んだ。
焦りの見られる字で、ハインツはこう書いてよこした。
「参加してもいいが、姫君達に提案して欲しい事がある。高位のビンデバルド一族の姫を、招いてもらえないか聞いて欲しい」
それだけだった。
大当たりだった。