今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-
第一章 幽霊少女は英雄を救う
第三十話 名前変更
ビンデバルド宗家に、カナリアが招待状を運んできたのは、翌日の事であった。
本来なら内輪で開かれる黒狼月の祝いに、皇太子アルマの方から、二歳年下のイザベラ姫へと声がかけられたのである。
皇后エンヘジャルガルが招こうとした淑女達の中には、一人、ビンデバルド一族の貴婦人がいた。宗家とほどよく近しいが、夫のビンデバルド伯爵は病気がちで仕事をしたがらず、主婦である本人はいたって地味で友達も少ない性格で、ただし人を立てるのはうまく気立ての優しい性格であることで有名だった。
そういう品の良い四十代の貴婦人を、最初、エンヘジャルガル皇后は満月の祝いに呼ぼうと思っていたらしい。
そして翌日になってから、アルマから、その貴婦人……マグダレーネ・フォン・ビンデガルドの他に、宗家の一人娘、イザベラ・ヘレーネ・フォン・ビンデガルドを次の週の黒狼月の祝いに招きたいという伝書鳩が飛ばされたのであった。皇太子の紋章である、青蓮の印をしるされた封筒で。
そうなってくると、ビンデバルド宗家のザムエルも、伯爵とはいえ年の半分は療養中のユルゲンとその世話に明け暮れているマグダレーネでは出来ない話があるということぐらいすぐわかる。そしてそれが、どういう威嚇射撃になるかというと、「目の上のたんこぶから脅されて黙っている皇后の実家ではない」ということになったらしかった。
それほどもったいつけずに、まだ15歳であるイザベラではなく、父ザムエル直々から伝書鳩による返信があり、黒狼月の祝いには「謹んで拙女が参加する」としたためられてあった。
アルマの方は、「ハインツが高位の娘を呼べと言ったんだろ? 俺と年が近くて一番高位の娘って言ったら、イザベラじゃないかよ」という反応で、深く考えての行動ではないらしい。
確かにそれはそうである。
返信をしたあとすぐに、ザムエルは、ゴーシュ街のヴェンデルを呼びつけた。
ヴェンデルは伝書鳩で、イザベラが呼ばれた事を知り、取るものも取りあえず青ざめながら駆けつけた。
要するに、自分がアスラン暗殺の主犯であることが、どこからか漏れたか、あるいは証拠がないまでも探り当てられたかと思ったのである。
焦燥の色が濃いヴェンデルをなだめながら、ザムエルは言った。
「満月の祝いというものは女が憩いと称して浮かれ騒ぐ、本人達が言うには”羽を伸ばす”行事だ。所詮、他愛ない女が月見と称して馬鹿騒ぎをするだけ、何も本気に取るようなことはない」
「ですが……」
不安を口に出しかけて、ヴェンデルは口をつぐんだ。ザムエルが、太い指で書斎の机をひっきりなしに叩いて、何事か考えこんでいたからだ。
ヴェンデルはザムエルの次の指示を待った。
「ヴェンデル、恐らくだが、皇太子の満月の祝いには、破落戸どもが来る」
「破落戸」
ヴェンデルは、あからさまなザムエルの見下しと憎悪に、一瞬、言葉を失った。
わかりやすいが、どれだけ、冒険者達を嫌っているのだろうか。相手は、皇帝の命令に従い、魔王の首級をあげるほどの実力者達である。
……ザムエルは、人の聞いていないところならば、アスランやリュウ達を、破落戸と呼ぶらしい。
「先だって、人外の魔族を倒した勇者と呼ばれる門外漢と、地獣人の娘は同じパーティだった。見栄と体面を気にすれば、このタイミングで黒狼月の祝いに呼ばない訳にはいかないだろう。そして、仲間から呼ばれればアスランは来るはずだ」
「……はい」
ヴェンデルは慎重に頷いた。
それはヴェンデルにもわかっていた。皇太子アルマ、それにその義姉の姫達は、ビンデバルドとそれに繋がる大貴族達からは反感を呼びやすい。母親が、風精人の貴族ではなく、地獣人の姫だからだ。
無論、風精人の中でもビンデバルドと疎遠の伝統ある貴族はいるわけで、どうしても、現皇族はそちらと親密になっていく。中でも、年若いアルマは、帝都シュルナウで休息に伸びてきた新興勢力--と称されがちな、名うての大商人や、特許を取った発明家、新進気鋭の学者や小説家などに近付きやすかった。それと、カイエンの影響で、シュルナウに限らず各地の武門の家柄には強い興味を示している。
そして当然、それらの”新興勢力”と最も近い、冒険者達がアルマの強力な支持者であった。アルマの方も、冒険者が好きである。今、帝都シュルナウで冒険者と言えば知れた顔が、SSSランクのアスランとリュウであること、そしてそのライバルや仲間であることなど知らない者はいない。
それこそ、左府の名は知らずともアスランの名は知っていると言われるほどである。
(左府=左大臣 ダニエル・フォン・ビンデバルドはザムエルの叔父。現在、太政大臣は不在)
黒狼月の祝いで、母親ではなく皇太子アルマの権勢を見せるのに、冒険者を呼ばないはずはないだろう。
「祝宴は、望月が見える時間に黄宮宮で行われる」
「青蓮宮ではないので?」
「青蓮宮の冬の庭は殺風景だとかで、黄蘭宮になったとか。全く、女の考える事は二度手間で面倒くさい」
さらにぶつぶつといくつかの悪口をザムエルは呟いた。
アフマド二世がまともな男なら、自分の実の姉である、シュテファニー・フォン・ビンデバルドが皇后となり、男の子を産み、自分が皇帝の後見人となって帝国を掌握していたはずだ、という内容である。
その姉シュテファニーだって女なのだが、と、ヴェンデルは胸の中で皮肉を言った。
「黄蘭宮で、イザベラが千載一遇のチャンスをつかむことはあるだろうか?」
不意に、ザムエルはそう言った。
ヴェンデルは、強い焦りを感じたが、顔には出さずに頷いた。予測の範囲内だった。
「私が同行します」
最初からそのつもりで呼ばれたのだろう。ヴェンデルは、すんなりとそう答えた。返事が返事になっていなかったが、ザムエルの言いたい事は汲んでいた。
「お前は招かれていない。満月の祝いは女が基本だ。どうする?」
「……」
それは先ほどから、ヴェンデルも考えている事であった。
イザベラは、33歳のヴェンデルからしてみれば、まだほんの子供である。いくら英才教育を受けていて、出来がいいと言っても、英雄をたぶらかして暗殺、などという事件には出来たら巻き込ませたくない。
それが、まともに生きてきた錬金術師の本音であった。
「お嬢様にお付きのメイドは足りていますでしょうか?」
「メイド?」
ザムエルは、意外な台詞に、普段は尖った視線を宿す目を丸くした。切れ者の大蔵卿(大蔵省長官)であるザムエルにも、全く考えていない事があったのだ。
「……お前、まさか……」
「他に良い方法がありません。女の祝いに潜り込むのは女」
「付け焼き刃では見破られるぞ」
「今日から仕上げます」
仕上げると言われても……と、ザムエルですらためらう。
だが、確かに、地獣人の姫達の意表を突く方法ではあると認めた。
アストライアにおいても、女性は、魔法においては男性と対等かそれ以上になれるが、腕力面では、男性に劣るとされている。そして、腕力体力においては既にバケモノを通り越して軍事兵器クラスであるアスラン達に、イザベラが迂闊に近付いたら、ただではすまない場合もある。
そこを、この忠義者の傍系は、俺がやると言ったのだ。
「わかった。体にちょうどよい制服を用意しよう」
「……ありがたく」
「……明日からお前は、バルバラと名乗れ。メイド長には俺の方から話しておく」
そういうことに決まった。
ヴェンデルは明日から、ゴーシュ街のフリーランスの錬金術師ではなく、宗家のイザベラ姫おつきのメイドとなって、簡単に見破られないように、女性の所作を「仕上げる」ことになったのである。
ちなみにヴェンデルは眼鏡の似合う33歳。黒歴史は覚悟していた。