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今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-


第一章 幽霊少女は英雄を救う


第三十一話 黒狼月の祝い(1)


 瞬く間に日にちは過ぎていき、満月、黒狼月の祝いの当日となった。

 黄蘭宮は、朝から粉雪が降っていた。祝いが始まるのは夜の八時からだが、それまでには雪が止めばいいと、黄蘭宮の主人であるイヴはしきりに窓の外を見上げている。ミモザや木蓮の木々が生い茂る黄蘭宮の庭はすっぽりと白雪にくるむように包まれ、黄色い制服を着た大勢の女官達が往き来する間も益々雪が降り積もり、遠目には女官の服さえ真っ白に見えてしまいそうだった。
 黄蘭宮の女官達は、当日は、特別の、階級によって違う色とりどりの蘭を胸に染め抜いた上品な黄色のワンピースにクリームイエローのジャケットを着付け、礼儀正しいながらも機敏に次々と仕事をこなしていた。
 勤めている警備の騎士達はどうしても男性の方が多く、こちらは黄色ではないが、紫がかった青色の上下の制服をきっちりと身に纏い、青蓮宮のアルマの祝いであることを示していた。目立った武器は隠しているようで、腰から、女達には杖に見える長さのものを下げている。青蓮宮のアルマが、少女とは思えない武闘派であることは、シュルナウの民なら誰でも知っている事である。

 黄蘭宮は春に映える庭を持ち、その名の通りの蘭を始めとする草の花は、雪にすっかり埋もれて芽吹きさえも見えない。しかし、常緑樹のミモザや、沈丁花が白銀の世界にわずかながらに濃い緑の葉を見せていた。
 三月にもなればさぞや美しい花が乱れ咲く事が期待出来るだろう。だが、今はなんといっても一月である。

「雪が降るのはいいんだけど……夜には止んで欲しいのよね。うまくいくかしら」
 イヴが、彼女を心配して部屋に訪れたマリにそう尋ねた。
「さあ。お天気ばっかりは、空のオル様にしかわからないわ。だけど、きっと大丈夫よ。気に病んでも仕方ない、宴の準備をしましょう」
 マリにそう言われ、イヴは嬉しそうに頷いた。
 確かに、自分の部屋で天気の事で気をもんでいても仕方ない。天空神オルが、地上のイヴの嘆きに気づいてくれるとは限らないからだ。
 神聖バハムート帝国では、ミトラ十二神を始めとして森羅万象を司る神々が存在するとされている。それをミトラ教という。

 イヴは足が弱いながらも、すぐそばにいた女官長に、瓶の事を聞いた。
「はい。甘口のシュペートレーゼを用意致しました。奥様方にも人気のものを……」
「そう。喜んでいただけるといいのだけど」
 シュペートレーゼとは、遅摘みのワインである。甘口のものは本当に上品で繊細な甘さで、女性にも飲みやすい方だろう。本来なら一番手のカビネットを用意するのだが、何しろ女性中心の祝いであるため、イヴはアルマと相談して、女性に評判の良さそうな酒を選んだのであった。

「イヴ、本当に、お酒を探して追いかけっこなんてするの? イヴは走れないじゃないの」
 天気を気にしてやる気になっているイヴに、マリはそう尋ねた。
「この雪なら、みんな、走ろうとしても転ぶわよ?」
 イヴは真面目な顔でマリにそう言った。
「雪道だから、私、みんなと一緒に遊べるのよ。本当に、平地で障害も何もないところだったら、私、何をやってもみんなにかなわないわ。本当に、走れないんだもの。でも、雪道や泥道だったら、用心深く歩く私の勝ちよ」
「そういう考え方もあるのね」
 マリは感心して双子の妹の顔を見た。子供の頃から走れず、部屋の中から滅多に出る事が出来ず、交友関係も限られてきたイヴだったが、いつの間にかそういう捉え方をするようになっていたらしい。
 イヴは得意げに頷いている。この雪の中でも、月見をするだけではなく、外で楽しくゲームをする方法を考えていたのだ。
 それもこれも、満月の明かりがあってこそ。
 夜には晴れ渡った満天の星空と輝く満月が見られますように。

 黄蘭宮ではその調子で、朝から活気づき、美しく装った女官や警備兵達がひっきりなしに動き回っている。それに対して、紅梅宮は静まりかえり、皇后エンヘジャルガルの快癒を願う、ミトラ教会の薬師達以外、息を潜めているようであった。ただ庭の梅林の良い匂いだけが漂い、それはとても、清らかで静穏な朝であった。
 神の手通りゴッドハンデスは、皇后の前に出ても全く恥ずかしくないプロの薬師(医者・薬剤師)を多数抱えている。その中でも、主神ミトラの妃である山の女神マウナは皇后とゆかりが深かった。そのマウナの神殿から、白馬の機動馬ヴィークルに乗った、落ち着いた赤の衣装を着込んだ薬師達が、今朝も早くから飛んできて、皇后の体調を確かめ、適切な治療を行うのであった。
 薬師達は、殆どが熟年の風精人ウィンディだったが、一人、地獣人モフの若い女性がいた。彼女の顔を見ると、皇后は伏せっていた顔を上げ、疲れた様子ながらも薬湯を飲み、その娘といくらかでも打ち解けた会話をして、落ち着いた様子を見せたのだった。

 青蓮宮のアルマは、その知らせを聞いて純粋に喜んだ。
 アルマは、父アフマド二世ともだが、母エンヘジャルガルとも仲が良い事で有名だった。
 両親と同じく、狼の耳とアウマクアを持つアルマは、早速、皇后に伝書鳩を飛ばし、短い文の中にも暖かな気持ちを表した。そして、黒狼月の祝いの事は気になるだろうが、滞りなくやり遂げるので、心配しないでくれとも書いた。
 青蓮宮のアルマに仕える人々は、皆、今日が内輪とは言えアルマが初めて取り仕切る祝いの席ということで、緊張の面持ちである。先に、黄蘭宮の方に貸した青紫の警備兵の他にも、数ある名うての騎士達が、宮の周りを厳粛に固めている。昨日から降り続く雪にも関わらず、青蓮宮の周りは表も裏も雪は払われて綺麗に整備されていた。
 どちらを見ても雪、厳しい冬の日だったが、夏の庭を持つ宮は、寒さにも強いらしい。騎士達は警護を固めるだけではなく、広大な庭、凍った巨大な池のほとりでは、青紫色の装備を固めた騎士同士が、何人かが組み手を行っている。その動きは、凍えて縮まっている様子はまるでなく、体を動かす事で、体温を上げているようだった。
 心地よく汗を流した騎士達の方にアルマは歩み寄り、笑顔で勝者はどちらか尋ねるのだった。
 勝った方にも負けた方にも、青蓮宮の暖かく着飾った女官が、ホットチョコレートやレモネードを配った。

 マリの統べる白菊宮は、今回は主立った出番はないが、やはり皇太子アルマが初めて祝宴の主になるということで興奮状態であった。
 自分たちの主であるマリが、黄蘭宮でアルマを手伝うということで、自慢に思える祝宴になればいいと思っていた。仲の良いイヴのいる黄蘭宮に、白菊宮から、大量のワインや食料が贈られ、運び込まれた。秋の実りを司る宮は、元々蓄えはたくさんあったし、珍味や薬味を手に入れるルートも帝国内なら全て把握していた。

 皇后と三人の皇女は、いずれも、風精人ウィンディが統治してきた帝国において、地獣人モフの姫ばかりである。
 大貴族や名だたる騎士、淑女は、ほとんどが風精人ウィンディである中、自分たちが祝宴の主となるのは、心の奥底では気後れもしていたし、恥ずかしい思いをしたくないと願っていた。
 それで三人、頭を寄せあって、様々な事を話しあい、気を配って黒狼月の祝いの当日を迎えたのである。


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あとがきなど
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