今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-
第一章 幽霊少女は英雄を救う
第三十三話 黒狼月の祝い(3)
ユリア・コーネリアは可哀相な事になった。
この件に関しては、後々まで、皇家も宗家も語るべき事は何もないらしい。詳細を知っている者は順繰りに消され、今では何があったのか知っている者はアフマド一世本人以外いないとまで言われている。
程なく、ユリア・コーネリアは帝国南部、ビンデバルド一族の本拠地ライヒに隠され、そこで隠遁生活を送ることとなった。
そしてアフマド一世は、ガザル自治区の地獣人の姫、アルタンツェツグを正式な婚約者として、同時に、アフマド一世は自らをイクバル五世の世継ぎであり帝国の継承者と名乗った。
一種のクーデターである。
アフマド一世がそう発表したのは、帝都シュルナウから西に50㎞と離れないリードルフという小さいが交通の要衝にある城であった。
病床でそれを聞いたイクバル五世は驚いたが、特にはっきりとした発言を公表しはしなかった。それに対して慌てたのはビンデバルド宗家である。
ビンデバルド宗家は、皇后の実家として、アフマド一世と地獣人の姫の結婚は認めない、まして自力で立太子など認めないと言い切り、イクバル五世に詰め寄った。
アデルトラウト城の奥の宮で苦しい床についている、イクバル五世を朝から晩まで取り囲み、ワーフィルを即位させ、アフマド一世を廃嫡にして追放しろと脅し続けた。
イクバル五世が無言でいると、その無言は病気の苦しみからではないと気がついて、慌ててご機嫌取りに走り、何とかなだめすかして、「皇太子はワーフィル」の一言を搾り取ろうと世にも素晴らしい粘着を行った。病気の皇帝に、毎日。
そのことにより、イクバル五世は、みるみるうちに衰弱していき、次第に、食事を摂るのも困難になっていったが、最後の最後まで、「皇太子はアフマド一世」と言い切った。
世を辞する遺言でさえが、「私の嫡男はアフマド一世」だったと言われている。
結果として、アフマド一世は、病死した父の後を継いで見事即位した。
皇后は勿論、アルタンツェツグ、ガザル自治区出身の地獣人の姫である……。
アフマド一世と、アルタンツェツグの間には、程なく、長男が生まれた。
アフマド二世。
現皇帝である。
風精人と狼の地獣人の間に生まれたアフマド二世は、生まれつき、狼の耳と尻尾を持ち、同時に、賢く明るく、即断即決の出来る行動派であった。唯一違うのは、厳めしい顔つきの多い父親の、頑固頭が、母親のユーモアが理解出来る柔軟な頭脳に変わったということである。生まれつき、伝統ある風精人の皇族と言われる事があまりなかったため、荘厳な空間が苦手で、どう考えても皇帝にしてはカジュアルでしかも実力派の性格であった。持って生まれた気性もあるだろうが、環境に鍛えられ、笑顔溢れるタフネスな皇帝として成長していった。
その三年後、アフマド一世に、妹が生まれた。同じ両親の間からである。
名前はサーリア。
明朗活発で行動的、利発なアフマド一世に対して、大人しく控えめな姫であった。アウマクアの問題で、狼耳と尻尾も持っておらず、白猫の耳と尻尾を持っていた。そのことを不思議に思う風精人や他種族の質問責めにあいやすく、そのたびに怯えたように猫らしく首を縮めた。風精人の同年代の子供からもからかわれやすかったため、益々引っ込み思案な性格に育っていった。
生まれつきタフネスだったアフマド二世だったが、それこそ生まれた時から前途多難な運命にあった。
アフマド二世は、三歳になるやならずの間に、ビンデバルド宗家から婚約の申し込みを受けた。同い年のシュテファニー・フォン・ビンデバルドである。
アフマド一世は丁重にその話を断ったが、イクバル五世を死ぬまで追い詰めたビンデバルド宗家がそこで引き下がるはずがない。
その後も、公私問わずに、シュテファニーをアフマド二世につきまとわせた。
もしも、ストーカーと言う概念のある世界であったなら、アフマド二世はとっくに宗家とシュテファニーをそういう犯罪で追い立てていただろう。
それぐらい、シュテファニーは、「我こそ未来の皇后。皇后は皇帝より偉い。私は汚らしい地獣人の血を引くアフマド二世よりも偉人である」という狂った思考で、幼い頃からアフマド二世に迫り、顎でこきつかおうとしていた。
無論、好きでも何でもない、同い年の女性に上から目線で迫られて、「あなたは私を好きでしょう、私はあなたよりもあなたを理解している理解者よ」というポジションを取られ、言いたい放題指図し放題されて嬉しい男性がいるはずがない。それがまた、相手がビンデバルド宗家の女性だから手こずった。
さらに、アフマド一世が、アフマド二世が学齢に達した時に、「将来の皇帝は彼だ」と言明した。その翌年--アルタンツェツグ皇后が亡くなった。病気とも事故とも言えぬ状態で、死んだ。鑑定後、何者かによる呪詛による殺人だと判明した。
地獣人の姫は、風精人とは全く違う形態の呪詛と祝福を自由自在に操る事によって国を守る。その力によって皇后である彼女を否定するために行われた、呪殺だったのだろう……。
そういう意味で、アフマド二世の十代はお先真っ暗といっていいぐらい、辛くて悲しいものだった。
その彼に光明が差し込んだのが、二十歳、成人の儀礼として、ガザル自治区に向かった時である。彼もまた、地獣人の姫長の血を引くので、ガザル自治区の成人の儀式は受けなければならなかったのだ。
その儀式は礼儀作法から学問、武術までまず一通りあったのだが、その全てにおいてアフマド二世は「さすが未来の帝国の皇帝!」と言われるだけの成績を残し、その際に、祝福の花束を受けた。その花束を手渡したのが、やはり、地獣人の姫長になるのではと目されていた、エンヘジャルガル……奇遇な事に、アルタンツェツグと同じ狼の地獣人であった。
「通過儀礼、お見事でした。これからも、私達ガザルの民の星として、輝いていて下さい」
淑やかだがはっきりした声音でそう言ったエンヘジャルガルの微笑みを見て、アフマド二世は思わず彼女の頬にキスをしていた。
--大体そういう訳である。
六歳で母を亡くし、シュテファニーにストーカーされ、散々だったアフマド二世にとって光となる女性が、エンヘジャルガルで、実際に、エンヘジャルガルは不思議なぐらいアルタンツェツグ皇后によく似て、聡明で常識があって優しかった。
一も二もなく、アフマド二世は、エンヘジャルガルを自分の家族に迎え、その後、アフマド一世から譲位を受けて、32歳の時に即位した。アフマド一世は、ビンデバルドとの応酬で疲れ切っていたが、現在も上皇として、皇家の重鎮としてアフマド二世を見守っている。
その前後に、サーリアの病死という事件が起こる。
サーリアは、ビンデバルド宗家の血に連なるラルフ・フォン・ダンネベルグ侯爵と、二十歳を過ぎた頃に結婚し、しばらくして、双子のイヴとマリを産んだ。当時は彼女達につけられた名前は、皇室を意味するアル・ガーミディの名前ではなかった。
サーリアとダンネベルグ侯爵の結婚自体、アフマド一世の政治的配慮に来たもので、二人の間に恋愛の意志があったかというと微妙である。ただ、結婚前は、ダンネベルグ侯爵は、皇家の姫を貰えるなら命も惜しくないと発言したと言われている。
だが、実際に、サーリアと結婚して同居が始まると、ダンネベルグ侯爵がした事は、彼女への陰湿な無視と暴言だった。彼は、皇室の地獣人に対する風精人貴族社会の見る目を全く考慮していなかったのである。
地獣人の猫の耳と尻尾は愛くるしいが、それでも、風精人の貴族達にはイジメやイタズラの種になるばかりであった。
サーリアの大人しくて仕返しの出来ない性格も禍した。
結果として、ダンネベルグ侯爵はサーリアの妊娠中から、他の風精人貴族の姫達と不実な遊びを繰り返した。
そして出産後は、その浮気と無視が、精神的、経済的なDVに移行していった。
そういうのも、1/4でも地獣人の血を引いた双子達は、やはりアウマクアの問題で、猫の耳と尻尾を持っていたからである。
ダンネベルグ侯爵は、自分が白い目で見られたり後ろ指を指されたりする原因となる、双子の姫も、自分の妻も、全く愛さなくなっていった。
そうして、イヴとマリが五歳の時に、サーリア姫は、事故か自殺かわからない状況で命を終えるのである。……それが、イヴの走れない足と関係するのは言うまでもない。
サーリアの死は、病死として発表された。
それからしばらくして、イヴとマリは皇家に迎えられ、従妹の姉として遇されるようになったのである。