今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-
第一章 幽霊少女は英雄を救う
第三十五話 黒狼月の祝い (5)
黒狼月の祝いが始まるのは、午後九時からである。
黒狼の満月は東から登り、青白い輝きを放ちながら中天を目指していく。真冬の星座は凍てつくように白く目映く、漆黒の大空にちりばめられていた。
耳が凍るような大気、エリーゼはアスランに連れられて、黄蘭宮の門をくぐった……黒狼月の祝宴の、10分ほど前に。
(どうして私がここにいるんだろう)
ため息が出るほど雅やかに飾られ、どこからともなくいい匂いのしてくる、イヴ姫の黄蘭宮。
一昨日きやがれと言われたらどうしようと思いながら、エリーゼはアスランからやや遅れてついて歩く。アスランの前には、案内の女官。
アスランは黄蘭宮は慣れているのか、臆する事なく平然とした足取りで歩いて行った。エリーゼの方は、自分の一挙一動が人からどう見られるか気になって、顔もろくにあげられない。
「エリーゼ?」
「は、はいっ」
不意にアスランに振り返って声をかけられ、エリーゼは慌てて彼の方を見た。
「そういえば、聞いてなかったが、微熱の魔法は使えるか?」
微熱の魔法というのは、簡単に言えば、カイロの事である。手足の指の方を、ちょうどいいぬくもりで包み込む事が出来る、帝国では寒い時期には欠かせない便利な魔法だ。
「あっ、はいっすみませんっ!! や、やります……しょうかっ!?」
エリーゼは裏返った声でそう言った。
アスランが、自分の手足が冷たくて、エリーゼに頼もうとしたのかと思ったのだ。
「?」
勿論、そんなつもりはなかったアスランは、エリーゼの言っている意味を考えて、思わず笑った。
「俺なら平気だ。エリーゼは、手足が冷たかったら、いつでも微熱でくるんでいいからな」
「……!」
遅れた位置から縮み上がってちまちまついてくる十五歳を、気遣って、アスランはそう言っただけだった。
エリーゼは、自分のとんちんかんな受け答えに気がついて、みるみるうちに真っ赤になってしまう。
アスランだって魔法は使える方なのだし、自分で使いたい時に使うだろう。何を、彼の体に、魔力でとはいえ、触ろうとしてしまったのだろうか。
自分が凄く至らない人間に思えて、エリーゼは半分、涙目になった。
「そう固くならないでいい。イヴ姫もマリ姫も、優しいお方だ。アルマ様は年が近いし……すぐに打ち解けるだろう」
「は、はい……」
またつっかえつっかえ返事をしつつ、エリーゼは、今日はどうしてこうなったんだろうとまた考え込む。
考えても致し方ない事ばかりなのだが……。
どういうことかというと、一昨日の話。
エンヘジャルガル皇后の名簿にあった、マグダレーネ・フォン・ビンデガルドの方から、青蓮宮のアルマに伝書鳩が飛んできた。
長々と婉曲的な表現で事情が書いてあったが、アルマが把握したのは、当日来るメンバーの事をもう少し詳しく教えて欲しい、なぜなら、夫の容態が思わしくなく、もしよろしければ、早退出来るかなど知りたいという事であった。
「あーなるほど、ビンデバルド伯爵、寒くて風邪でもこじらしたのかな?」
まだ十七歳で、物事についていらない深読みはしないアルマは、マグダレーネの夫が本当に風邪を引いているんだと思ったらしい。
それで、三人の皇女が、エンヘジャルガル皇后の名簿を利用しながら再編した名簿を見直した。
マグダレーネは欠席か早退をするかもしれない、それで問題がありそうな人間がいるだろうか……と考え込みながらチェックする。
彼女はビンデバルド一族で宗家にもほど近いのだが、エンヘジャルガル皇后からはまずまず安全と思われている人物である。皇室も、ビンデバルド一族とうまくやっているというアピールにちょうどいい、というか。
そして今回、アルマは、自分の方から宗家の一人娘、イザベラを招いている。
「…………」
ビンデバルド一族とバランスの取れたつきあいをしているという、アピールをするには、イザベラだけがいればよいのだろうか?
アルマは狼耳をピンと立てて考え込んだ。
「甲」
そのとき、アルマは、自分の私室で勉強中だった。勉強中の護衛は、彼女の私兵の甲である。
壁にもたれかかって、折り鶴の式神を作って弄んでいた甲は、すぐにアルマのそばにきた。
アルマは事情をコンパクトに話した。
「甲の目から見て、このメンバーで決定で大丈夫か? マグダレーネは、欠席したいみたいだけど?」
「……あぁ~」
甲は、アルマの見せてくれた名簿をよくよく見てみた。彼は、アルマに近しい人間だったら、名前と年齢とプロフィールをすぐに暗唱出来る。
その上で、祝宴に来る十代の娘が、アルマの他は、イザベラしかいないことに気がついた。
アルマは17歳で皇室最年少。
イザベラは、15歳で皇后の実家宗家の一人娘。
この二人しかいない。
(ぶっちゃけ、ティーンエイジャーの激突一騎打ちに見えてしまうんじゃ……)
何でそんな組み合わせになってしまったのか、甲は不思議に思うが、そこはやめておいた方がいいと判断した。
甲はじっと自分を見上げているアルマの方を振り向いて、自分の意見を告げた。
「15歳の新顔の娘が、もう一人二人いた方が、面白いかもな」
「面白い?」
アルマは、そこで自分でも名簿をよく見て、甲の言わんとしている事を把握した。マグダレーネが欠席するとしたら、イザベラにとっては年の近い娘が一人いるわけでもない、完全なアウェーになってしまう。
「……あ、そっか。わかった。それじゃ、新顔を呼ぶよ」
そこでアルマは考えた。その頃、アルマは、アスランとまだ頻繁に連絡を取っていた。イザベラが来る事について、アスランがハインツと連絡しあっていたため、彼女にも伝書鳩が来ていたのである。
それで、渡りに船と思い、アスランへの返信に書き加えたのだ。
--ファンの子でもいいから、今から、祝宴に連れてこられる娘を探して欲しい。新顔の15歳で、出来たら貴族の娘。
そのほかにも、弾正台のハインツが後ろにいるだろうとは予想しながら、聞かれた質問には答えておいた。
そこでいきなり、二日後までに、黒狼月の祝いに参加出来る貴族の令嬢、しかも新顔で15歳と言われたアスラン。
確かに彼のファンの中には15歳もいるだろう。しかし、それでも、黄蘭宮の祝宴に呼べるレベルで新顔となると、簡単には見つからない。
それで、ダメ元で、エリーゼに打診したのであった。
エリーゼの方は相変わらず、部屋の中に引きこもって本を読むかピアノを弾くか、あるいは、弾正台に呼ばれて質問攻めに遭うかのどれかの毎日である。勿論、アスランと伝書の呪文のパスワードを決めている訳でもない。
つまり、アスランはエリーゼの養父に打診したのであった。
養父ハインツは当然のこと、ためらった。
イザベラが何をするかわからない以上--。
だが、黄蘭宮も黒狼月の祝いということで厳重に警備を固めているはずだ。ビンデバルドの出方を見るチャンスである。相手方を油断させるために、エリーゼを参加させてもよいと思った。
ハインツは快く黄蘭宮からの招待を承諾し、養女エリーゼを参加させることにした。
ハインツからその旨を伝書鳩で知らされたエリーゼは、文字通り飛び上がって驚いた。
何故に自分が、いきなり、アスランと三皇女の取り仕切る黒狼月の祝いに参加する事になるのか訳がわからなかった。
だが、ハインツは、エリーゼには深い事情を知らせず、随分と弾正台で苦しんだようだから、少しアスランと羽根を伸ばしてきなさい、これも貴族の付き合いだと言って、上等のドレスを着せて送り出したのであった。