今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-
第一章 幽霊少女は英雄を救う
第三十六話 黒狼月の祝い (6)
黄蘭宮の広間に、美しく装った男女が集まっている。
多くは風精人の貴族だったが、中には数人、青龍人や常人もいた。
後は地獣人の三皇女である。
男性は皆、燕尾服を着ていた。燕尾服は黒がスタンダードだったが、中には奇をてらって白や赤を着て華やかさを競っている者もいた。
女性は、自分の選んだドレスを身に纏い、それぞれが、冬に咲き誇る薔薇のように華美を誇っていた。男性陣に比べて、鮮やかでカラフルな色合いのドレスが目立つ。
その中でエリーゼも、自分の孔雀石を思わせる緑の瞳の色に合わせて、色鮮やかなグリーンのドレスを着ていた。普段より大人っぽい印象にはなっているが、緊張が隠せずぎこちない表情でいる。
その隣でエスコートをしているアスランは、オーソドックスな黒ではなく白い燕尾服を着込み、足下は黒、モノトーンのファッションに身を包んでいた。銀髪に純白の上衣はよく映えていた。
広間を訪れたアスランは、まず、皇太子であるアルマの方にエリーゼを連れて挨拶に行こうとした。
そのとき、広間全体に点在する、白い丸テーブルの側に、背の高い青龍人が立っている事に気がついた。
「リュウ!」
アスランは自然と親友の方に近付いていった。
黒い燕尾服を着たリュウは、椅子に座った貴婦人の隣で何事か話し込んでいたが、アスランの声を聞いてすぐに反応した。
「アスラン、お前も呼ばれていたんだったな」
端麗な顔に親しみやすい笑顔を浮かべて、リュウはアスランの方に体の向きを変えた。
「アスラン?」
そのとき、椅子に座っていた貴婦人が、アスランとエリーゼの方を振り向いて微笑んだ。
「こんばんは」
緩やかなウェーブを描き腰まで届く金髪に、優美な紫の色合いの瞳、絶妙なバランスを持った肉体と帝国皇女の名にふさわしい気品。
風精人の長く尖った耳と地獣人の猫の尻尾を持つ、イヴ姫であった。
彼女は足が悪いので、リュウに椅子に座らせてもらい、ずっと何か語らっていたらしい。
「こんばんは。イヴ姫、お久しぶりです」
アスランは、簡略化された騎士の礼をイヴ姫にとった。イヴ姫は微笑んで頷いた。
「こ……こんばんは」
エリーゼも、緊張を隠せない様子ながら、花を落とすような仕草でドレスを開いてイヴ姫に礼をした。
「ほ、本日は……お招きいただき、ありがとうございます」
イヴもアスランとエリーゼに椅子の上からお辞儀をした。
「座ったままでごめんなさいね。今日は皇太子殿下のためにいらしてくれて、嬉しいわ」
快い音楽のような声音で笑いながらイヴがそう告げる。
新年の宴の時もだが、エリーゼはあまりにも美しく優しげな姫君の前で体が強ばってしまってろくに声も出ない。それに、滅多にない事だが着飾ったリュウも漫画の中とは違う、教養と気品を兼ね備えた強さを感じさせる。華やかな青い色合いのドレスが彼女の白い肌と上品さを引き立てていた。
エリーゼは落ち着きなく視線をさまよわせるが、すぐにそんな自分に気がついて、俯いた視線のまま硬直した。
「そんなに固まらなくて大丈夫よ」
その様子を見て、イヴはくすくすと笑った。
「今日は楽しくしましょうね。女性同士のお祝いなんだから。お月見は、もうすぐ始まるところよ」
「はい--イヴティサーム様」
「呼び方はイヴでかまわないわ」
そこでイヴは、さりげなくリュウの方を見上げた。リュウはアスランに目配せを行った。
アスランは、エリーゼの事を背中に庇うように前に出ながらイヴに紹介した。
「彼女がエリザベート・ルイーゼ。故人となったハルデンブルグ伯爵の一人娘で、現在、アンハルト侯爵の養女です」
「まあ……」
イヴ姫はそれで全てを察したらしく、何も言わなかった。勿論、アスラン暗殺未遂を防いだ勇気ある少女ということはわかったんどあ。
「エ、エリーゼと……呼んで下さい。イヴ姫」
自分の生い立ちは勿論、新年の祝勝会で、貴婦人達から見れば非常識極まりない行動を取った自覚のあるエリーゼである。
イヴに認めて貰えれば、女子の世界では居場所が得られる事はわかっており、それもあって全身が固まってしまっている。それでもなんとか、会話しようと頑張ったのだった。
「とても足が速いのね。羨ましいわ」
イヴは、軽く自虐を入れつつ、エリーゼの笑いを誘おうとしている。
「えっ……あの、私っ……あ、足とか……」
イヴ姫が、子供の時から足が悪くて走れない事を知っているエリーゼは、何を言っていいかわからず、話しかけられた事に赤面し、おろおろと左右を見回した。
「はい。彼女はとても足が速いです。俺も、感心していますよ」
アスランがエリーゼを背後から守るようにしながら、イヴにそう答えてくれた。
「私、足が悪いから、乗り物が大好きなのよ。機動馬だけでなく、色々な……エリーゼは、機動馬は好き?」
「はい。好きです」
それぐらいなら何とか答えられる。
田舎のデレリンやビエルナスでは、機動馬……機械化された馬型の乗り物を、子供でも乗り回すのは常識だった。好きとか嫌いとか以前に、生活の必需品だったのだ。
そこをなんとか好きですと答えてごまかした。
(そういえば、イヴ姫の乗り物って、ないとなう! では……)
漫画内の様々な事を思い出し、イヴは首を傾げた。確か、イヴ姫は大人しく優美な淑女というだけではなく、凄い事が出来る人のはずなのだが……。
「新しい機動馬が開発されると嬉しいわね。今年はどんな機動馬が流行るのかしら」
足の弱い姫が、そのことを暗く考えず、乗り物の事で様々な予想を楽しんでいる。それを微笑ましく思ったのか、アスランとリュウは贔屓にしている機動馬の会社や、最新流行の機動馬の性能の事を話題にした。
エリーゼも、生活必需品の事だったわけで、何も知らない訳ではない。二言か三言ぐらいは、口を挟む事が出来た。
5分前後、イヴ姫と機動馬の話をした後、リュウに促されて、アスランはアルマの方へ挨拶に行く事にした。
アルマは黄蘭宮の広間の窓を大きく開け放った隣に、大勢の令嬢や貴婦人達と何やら笑い合っていた。
アルマのすぐそばには黒髪の頑健な体をした常人がおり、エリーゼには見慣れない、和服のようなものを纏っていた。同じく、エリーゼの認識では「華麗にアレンジした道着」に見える衣装を着込んだ様々な種族の少年少女をまとわりつかせて。
和洋折衷の不思議な衣装を着ていたのはアルマも同じで、着脱しやすく動きやすくした和服の上衣と袴を纏っている。黒い衣には満月と雲が黄金に染め抜かれていた。
アルマに招待された令嬢や貴婦人達は、見慣れない衣装だけではなく、遠く離れたオノゴロ島の月見の文化について、黒髪の頑健な男から色々教わっているらしい。
そして、帝国とオノゴロ王国の共通点を見つけると「似てるわね」「面白いわ」と笑い合うのだ。
「オノゴロ島では女正月って言うのね、私達の今しているお祝いは……」
「小豆ってなあに?」
などなど。
上流階級の貴婦人達に、礼儀は忘れないながらも気後れせずに、黒髪の男--カイエンは、次々と質問に答えている。
常人の彼は、既に50歳がらみだったが、十分に体を鍛えていたため、魔大戦でも大活躍したそうである。
「アルマ様、本日はお招きいただきありがとうございます」
アスランがアルマに挨拶の礼をとり、エリーゼは続いて頭を深く下げて同じく礼の仕草を取った。