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今、ここに生きる星-転生したら養女モブ!-


第一章 幽霊少女は英雄を救う


第四十話 月下の遊戯(2)


 何はともあれ、アスランは巧くエリーゼをごまかして、とにかく雑念を追い払った。
 リュウとイヴには悪いが、一位を譲る気はない。ゲームはゲームとして優勝するのは自分だという気概である。

 同じく気合いが入っているのが、帝国初の女性皇太子アルマであった。
 アルマは、魔大戦で共闘してその実力を知っているマリ姫と組んでいる。
「こっち! こっちだよ、マリ」
 早足にマリを連れてアルマは一方向に向かった。
「アルマ、そんなに急いだら、転んじゃうわよ」
 マリは、雪の中をはしゃぎ気味に急ぐアルマを姉らしく窘めた。
「匂いでわかるんだ、俺」
 何しろ、狼3/4の地獣人モフ。微かな樹木の匂いを嗅ぎ分けて、まっすぐにミモザの木を探す事が出来るらしい。
 マリは微笑みを崩さずに、走るような速度のアルマを追いかけた。
 マリも、今夜のゲームの事は知っていたため、白い厚手の外套を着ている。黄蘭宮や青蓮宮が、自分の宮殿の色にこだわっていると知った、白菊宮の侍女達が、最高級の白い毛皮の外套を用意して、足下まで薄い桃色と黄色をあしらった白一色の冬の衣装をマリに纏わせたのであった。
 イヴと同じく綺麗な金髪をまっすぐに伸ばしたマリには、純白の衣装は見事に映えて真冬の雪の妖精のように華奢で可愛らしかった。

「待って、アルマ……」
 ないとなう! では帝国最高峰レベルの白魔道士と紹介されているマリ。運動が出来ない訳ではないが、それでも、元気いっぱいのサムライガールであるアルマが走り回ると遅れ気味である。少し遅れて走り寄っていくと、アルマはちょうど、見事に当てたミモザの木の下を、手袋で掘り返している所だった。

「アルマ! 魔法を使わないの?」
「魔力がもったいないし、こっちの方が速いよ」
 冷たい雪を、裏起毛の革手袋で掘り返して、アルマはたちまち白い小瓶を見つけた。中には、女性にも飲める上等のワインが入っている。

「やった! 後はもう一本だけだ。マリ、次々行くぞ!!」

 白い半透明の小瓶を手に取って、アルマは無邪気な笑顔を見せた。マリも早足にアルマの側に駆けつけ、白い、蓋に蘭の紋章をあしらわれている小瓶を見た。

「やったわね、アルマ。さすがだわ」
 マリも、イヴも、確かに他の風精人ウィンディ常人オルディナよりは五感が敏感だ。だが、彼女達は1/4の地獣人モフ。3/4地獣人モフのアルマの方が、ほとんど超能力じみた五感の鋭さを持つ。
 その嗅覚でミモザの木を探り当てたのだから、これは別に違反でも何でもない。

 ところが、そのとき。

「な? フランチスカ。俺の言った通りだろう。アルマ様についていけば必ず最初に見つけるって」

 などという、風精人ウィンディの陰口が聞こえてきた。陰口と言うほどでもないが、アルマはカチンと来た。話の内容がわからないほどのバカではない。
 マリはそこまでは聞き取らなかったようで、人の声が聞こえたと思って迷路の角の方を見ている。

 そのとき、角の方から初歩的とは言えない風の呪文が聞こえてきた。程度の差はあるが、中級以上の突風--それもこの寒さの中を切り裂くような突風が、通路の死角を利用して襲いかかってくる。

 アルマは、小瓶をすぐに隣のマリに手渡した。
 マリはしっかりと、小瓶を手袋の両手に掴んだ。
 アルマは、腰に下げていた太刀を抜いた。多くの帝国の騎士の持つソードやブレードとは違う、オノゴロ王国伝来のカタナ。

「破ァッ!!」

 アルマは、両手で持った太刀で、風の魔法を「叩き斬った」。

 刀、愛刀「閃姫せんひめ」を利用した、母エンヘジャルガルを局地的に上回る清浄結界。
”魔法無効化”。
 これが、アルマを魔法の帝国神聖バハムートを皇太子たらしめる理由である。
 アルマは、自分に対して悪意か敵意を持つ魔法は、刀による攻撃で打ち消してしまう能力者なのだ。
 それは、母后エンヘジャルガルが、二百万人を超える帝都をまるごと守り抜くような強靱な結界を張るレベルの魔術師だった事による。アルマはその「清浄」の魔術を徹底強化し、自身で魔法無効化の魔術を編み上げた。しかもそれは、ほとんど魔力に寄らないとのもっぱらの噂で、アルマ姫が、武道家や騎士達に不動の人気を誇る基盤である。
 どうしても近接の物理攻撃に特化される彼等にとって、魔法攻撃はいかなる時も悩みの種。その向かってくる魔法を片っ端から刀で斬り捨ててくれる姫が、皇太子だとしたら、心強い事この上ない訳だ。

 不意打ちを狙っていたフランチスカとその恋人は驚いて、その場に硬直した。

「出てこい、式部丞!」
 アルマは、冴え渡る白刃を前に笑ってみせる。その刃は鏡のように磨かれ、アルマの快活な顔が映し出されそうなほどだった。

「遊ぶ気なんだろ? 一気にやろうぜ」
 狼の尻尾を元気そうに振りながらアルマが言った。袴の胴着姿の上に、ざっくりと毛皮のついた迷彩のジャンパーを着込んでいた。そのあたりは、暖かければ気にしないらしい。

「アルマ」
 そのとき、マリが素早く、光の盾の防御呪文を二人分唱えた。
 二人の周りに、雪ではなく、光の結晶の輝きが取り巻いて、透明な防御盾となって囲い込む。
 ミトラ・プロテクション。それも相当高位のバージョンだ。

「マリ、来るぞ」
 アルマが背後のマリに言葉だけそうかけた。

 雪の壁の向こうから、魔法詠唱の声が聞こえる。式部丞と言うだけあって、ミヒャエルは文官、魔法攻撃以外使えないのだ。アルマの魔法キャンセルの事は分かっているが--恐らく、遠隔でマリを狙うつもりなのだろう。

「風よ、我が呼び声に応え、敵を切り裂け! 疾風の刃ゲイルエッジ!!」

 真空を切り裂く風の刃が死角からアルマの背後に控えるマリを襲う。回復と補助を抑えているマリがいる限り、アルマは無限に回復される。先にマリを倒すのは基本だ。

「……疾風の刃ゲイルエッジ

 更に、アルマの聴覚は、ミヒャエルの背後からフランチスカが、アレンジバージョンの風の呪文を使うのを聞き取った。ミヒャエルのものほど大きく威勢良くはないが、複数に分かれた細い風の刃が、見えない所からアルマを狙う。自分の存在に気づかれてなければ、アルマの魔法キャンセル技が使えないと思ったのかも知れない。

「そうはいくかよ!」
 アルマは、フランチスカの悪意を感じ取ると、豪快に閃姫せんひめでその魔力による風の刃を叩き斬った--ように見えた。

 力強い風に押しきられてしまえば、アルマの持ち前の機動力も破壊力も何割かは削がれてしまう。小声で呟くような呪文だったとはいえ、勢いよい風の力も真空かまいたちも、アルマに向けられた悪意は隠しようもない。アルマはその悪意ごと、風を切って魔法を無力化させる。

「聖なる光よ、我に力を与えよ!」
 短い詠唱を終えるマリ。物凄い勢いでマリに放たれた、ミヒャエルの疾風の刃ゲイルエッジは、マリの直前に現れた光の鏡のような輝きに阻まれた。暴風はかき消え、ただ静けさに満ちた夜の空気だけが感じられる。
 アルマが頷くと、マリは自信に満ちて笑って見せた。
 妹分の、イヴやアルマに負けている長女ではない。

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あとがきなど
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